三話
文字数 1,403文字
「ふーん……誰?」
「いや、その、なんだ……大翔?」
「大翔さんじゃないはずだ。部活がある日は、いつも大量にパンを買い置きしてるから」
よく知ってるなと感心する半面、いいわけに詰まって脂汗がにじみだす。どもりながら何かいい案はないかと画策する。だがその時……。
「もしかしてさ、好きな人にでもあげんの?」
それがあったかと、天の救いに飛びついた。
「そう!好きな奴にあげんの!そいつがいつも腹減らしててさ!よくわかったな、わた……ひぃ!」
上手いいいわけが出来たと話に乗ろうとしたが、腕を掴んだまま立ち上がった彼の冷徹な視線に、口を閉ざす。今までこいつは怖い顔しかしないと思ってきたが、これほど冷たい眼差しで見つめられたのは初めてだ。恐怖のあまりその場に尻もちをついてしまう。
渉は高い位置から見下しながら威圧してくる。
「へぇ、鳴海さんに好きな人がいたんですね。それってどなたですか?この学校?同じクラス?性別は?おみしりおきになりたいなぁ。ねぇ、そいつのこと教えてくださいよ。事細かに、細密に……ねぇ」
いや。教えた時点で殺されるぞ、そいつ。
俺は高圧的なまなざしとそれに不釣り合いのさわやかな笑顔の二重苦に耐えきれず、悲鳴をあげて腕を振り払う。その場を全速力で逃げ出した。
追われるかと思っていたが、教室近くまで来て背後を振り返ると誰もいない。教室について大翔をみたとたん、次の授業が始まろうとしているのに涙を流して生還したことを喜んだ。
◇
「そもそもお前のせいで、今日は酷い目にあったんだぞ」
恨めしそうな声で言ってやれば、リュックに入っていた弁当を喰っていた幼い野良犬が顔を上げて不思議そうな顔をしてくる。それに笑って頭を撫でてやれば、子犬は気持ちよさそうに目を細めた。
リュックにもう一つ入っていた弁当は、好きな相手のために作ったものではない。俺が渉から逃げている際、校舎裏で見つけたこの痩せた子犬のためだ。
放課後あんな別れ方をした彼に、当初は殺されると覚悟していた。しかしいつもはチャイムが鳴ると同時にやってくる奴が、今日は姿を現さなかった。とうとう俺を虐めることに飽きて彼女でも作ったのだと歓喜した俺の横で、部活に行く準備をしていた大翔。「いや、それはないな」と言っている。
校舎裏に来る間一度も遭遇しなかったので、おそらく俺の予想が正しいことは明白だ。
「まぁ、あいつから逃げられたのはお前のおかげかもしれないし、ありがとな」
犬にはまったく関係ない事情ながら、俺は荷物をおろして犬をこれでもかと愛撫する。動物特有の癒しに、つい口元がほころんでしまい笑いだしてしまった。犬を飼うことができないので、こいつのために毎日弁当を作っている。
大翔が心当たりを見つけてくれると言っていたので、飼い主が見つかればいいなと思う反面。見つからなければいいなと思う。犬がじゃれてきたついでに耳の後ろをくすぐれば、指を舐めてくる……あぁ、癒し。
ほのぼのとした気持ちになっていたその時。携帯のメール着信音が鳴った。画面を見れば大翔からだ。この前貸した経済の教科書を持っていないかというものだった。
俺はまだ飯を食っている野良犬から弁当箱を取り上げるほど野暮ではなかったので、一度彼に借りていたモノを返しに行ってから取りに戻ろうと算段を立てる。
最後に子犬をもうひと撫でし、リュックを持って大翔のいる校舎の方へ向かった。
「いや、その、なんだ……大翔?」
「大翔さんじゃないはずだ。部活がある日は、いつも大量にパンを買い置きしてるから」
よく知ってるなと感心する半面、いいわけに詰まって脂汗がにじみだす。どもりながら何かいい案はないかと画策する。だがその時……。
「もしかしてさ、好きな人にでもあげんの?」
それがあったかと、天の救いに飛びついた。
「そう!好きな奴にあげんの!そいつがいつも腹減らしててさ!よくわかったな、わた……ひぃ!」
上手いいいわけが出来たと話に乗ろうとしたが、腕を掴んだまま立ち上がった彼の冷徹な視線に、口を閉ざす。今までこいつは怖い顔しかしないと思ってきたが、これほど冷たい眼差しで見つめられたのは初めてだ。恐怖のあまりその場に尻もちをついてしまう。
渉は高い位置から見下しながら威圧してくる。
「へぇ、鳴海さんに好きな人がいたんですね。それってどなたですか?この学校?同じクラス?性別は?おみしりおきになりたいなぁ。ねぇ、そいつのこと教えてくださいよ。事細かに、細密に……ねぇ」
いや。教えた時点で殺されるぞ、そいつ。
俺は高圧的なまなざしとそれに不釣り合いのさわやかな笑顔の二重苦に耐えきれず、悲鳴をあげて腕を振り払う。その場を全速力で逃げ出した。
追われるかと思っていたが、教室近くまで来て背後を振り返ると誰もいない。教室について大翔をみたとたん、次の授業が始まろうとしているのに涙を流して生還したことを喜んだ。
◇
「そもそもお前のせいで、今日は酷い目にあったんだぞ」
恨めしそうな声で言ってやれば、リュックに入っていた弁当を喰っていた幼い野良犬が顔を上げて不思議そうな顔をしてくる。それに笑って頭を撫でてやれば、子犬は気持ちよさそうに目を細めた。
リュックにもう一つ入っていた弁当は、好きな相手のために作ったものではない。俺が渉から逃げている際、校舎裏で見つけたこの痩せた子犬のためだ。
放課後あんな別れ方をした彼に、当初は殺されると覚悟していた。しかしいつもはチャイムが鳴ると同時にやってくる奴が、今日は姿を現さなかった。とうとう俺を虐めることに飽きて彼女でも作ったのだと歓喜した俺の横で、部活に行く準備をしていた大翔。「いや、それはないな」と言っている。
校舎裏に来る間一度も遭遇しなかったので、おそらく俺の予想が正しいことは明白だ。
「まぁ、あいつから逃げられたのはお前のおかげかもしれないし、ありがとな」
犬にはまったく関係ない事情ながら、俺は荷物をおろして犬をこれでもかと愛撫する。動物特有の癒しに、つい口元がほころんでしまい笑いだしてしまった。犬を飼うことができないので、こいつのために毎日弁当を作っている。
大翔が心当たりを見つけてくれると言っていたので、飼い主が見つかればいいなと思う反面。見つからなければいいなと思う。犬がじゃれてきたついでに耳の後ろをくすぐれば、指を舐めてくる……あぁ、癒し。
ほのぼのとした気持ちになっていたその時。携帯のメール着信音が鳴った。画面を見れば大翔からだ。この前貸した経済の教科書を持っていないかというものだった。
俺はまだ飯を食っている野良犬から弁当箱を取り上げるほど野暮ではなかったので、一度彼に借りていたモノを返しに行ってから取りに戻ろうと算段を立てる。
最後に子犬をもうひと撫でし、リュックを持って大翔のいる校舎の方へ向かった。
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