消えたお年玉事件
文字数 2,308文字
「そっちはどうだ?」
「異常なしです、パ……隊長」
「よォし」
台所の入り口に並べた段ボールの『バリケード』の隙間から、カズマがコタツ部屋の様子をそっと覗き込んだ。その隣で、お揃いの迷彩服を着たユイが、寒そうにぶるるっ、と体を震わせた。
「あのぅ……パパ」
「パパじゃない。隊長と呼びなさい」
「隊長。いつまでこうしていれば良いんでしょうか?」
ユイが、グツグツと煮えたつお雑煮の鍋を不安そうに見上げそう呟いた。カズマはスナイパーライフルのスコープを覗き込んだまま、険しい顔で娘の動向を探っていた。
「決まっているだろう。アイツが、我が娘・アイが、お年玉を諦めるまでさ」
「お年玉くらい、素直に渡してあげれば良いのに」
ユイが口を尖らせた。
「アイのお友達だって、もらってるだろうし……ウチの子だけ取り上げるなんて、かわいそうよ」
「取り上げるんじゃない! ”一時預かっておく”と、そう言っているだけだ!!」
カズマが眉毛を太くしながら唾を飛ばした。
「今子供に大金を預けては、使い方を誤ってしまう恐れがある。アイツら何もわかってねえ! もっと有意義なことに……例えば大学の学費とか、一人暮らしの資金とか……使えるようになるまで、預かっておくだけさ!」
「何十年後の話ですか。まだアイは小学生よ」
「俺が子供の時だって、同じことをされたのさ」
カズマは床に寝そべったまま、ガンとして譲らなかった。
「”お前が大きくなるまで預かっておく”と……そう言って毎年、お年玉が消えて行った! フ……騙されてたのさ。俺がバカだった! 実際は、毎年そうやって、大量のお年玉が俺たち親 連合に流れてっていたんだ!!」
「敵 連合みたいにいうのやめてください」
「ここで我々だけ引いてしまっては、全国で戦っている親同志たちに示しがつかない。何としても、娘のお年玉だけは死守するんだ!」
「お年玉をあげないって時点で、大人として示しがつかないような気もするけど……」
『われわれのー』
ユイが納得いかない表情で首を傾げていると、コタツ部屋から、雑音 混じりのスピーカー音声が台所まで届いた。
『われわれがー、じぶんが、こどものころやられてイヤだったことをー、われわれにおなじことするのかー!』
アイだった。眠たそうな顔を浮かべたアイが、段ボールのバリケードの向こうに語りかけて来た。
「か……」
「きゃー! かわいい!!」
「……コラ! 頭を下げろ! 写真を撮るんじゃない。可愛さにやられて、敵に絆 されてしまうぞ!」
「パパだって『かわいい』って言いかけてたじゃない。あぁ〜ん。アイってば、世界一!」
パシャパシャとフラッシュが光る横で、カズマが段ボールの壁の向こうに銃口を向けた。
「騙されるな! 本当に純粋な子供が『われわれ』なんて言うか。あれはきっと、宇宙人に精神支配されているに違いない」
「なんでこんなひねくれた人と結婚したんだろう……」
「やむを得ん。発射!!」
カズマが照準を天井に合わせ、トリガーを引いた。すると、
ぽん! ぽぽんっ!!
と音を立て、ライフルの銃口から袋詰めのこんぺいとうが発射された。途端にアイは目を輝かせ、床に散らばった七色のこんぺいとうをせっせと拾い集め始めた。
「フフフ……見ろ。アイのやつ、こんぺいとうに気を取られて、お年玉のことをすっかり忘れているぞ」
「きゃー! くぁ〜わ〜い〜い〜!!」
「そうじゃなくて!」
横で輝くフラッシュに目を細めながら、カズマは唸った。
「今のうちにお年玉を、おばあちゃんからもらった一万円を、さも『最初っから五千円しか入ってませんでしたよ?』と言った具合に偽装するんだ!」
「じゃあ、こう言うのはどう?」
ユイが撮った写真をInstagramにアップしながら(『ハッピーニューイヤー!』)、カズマに耳打ちした。
「まずこの五千円で、家族三人、外食に行くの」
「何ぃっ」
カズマが目を丸くした。
「五千円も……!? 一人頭、一体いくら使えるんだ……!?」
「それから残りの二千円で、アイの欲しがってたプリキュアのおもちゃを買ってあげる。それで三千円残る」
動揺が隠しきれないカズマに、ユイはニンマリと笑って見せた。
「それでアイのやつ、騙されるかな……アイツ、読解力は毎年下がってるくせに、札束だけは数え間違わねえからな」
「数字には滅法強いのね。あの子の未来は明るいわ」
「それで、余った金は……」
「それはもちろん、私が預かっておくわ。毎年、毎年貯めて行って……来たるべき時が来たら、我々のために『解放』しましょう」
「そうか。こんな日だから言うわけじゃないが……俺は滅法数字に弱いからな。ユイが居てくれて助かったよ」
「ふ……くく。私もよ。見て、日が昇るわ……」
ユイがコタツ部屋の向こうの、窓ガラスを指差した。それでカズマは、妻の含み笑いには気付かずに、今年初めて顔を出した朝日に目を細めた。ユイが、コタツの側で寝そべる娘を指差した。
「見て。あの子、こんぺいとうを食べながら寝ちゃったみたい……」
「ああ……本当だ。やっぱりかわいいな。あ! あけましておめでとう」
「こちらこそ。今年もよろしくね、パパ」
それから二人はバリケードを解いて、娘を抱えてコタツへと潜り込んだ。外食は、混んでいたので結局行かなかった。その代わり六千円で、アイにちょっと豪華なおもちゃを買ってあげた。残りのお金がどうなったかは、不思議なことに、誰も知らない。
「異常なしです、パ……隊長」
「よォし」
台所の入り口に並べた段ボールの『バリケード』の隙間から、カズマがコタツ部屋の様子をそっと覗き込んだ。その隣で、お揃いの迷彩服を着たユイが、寒そうにぶるるっ、と体を震わせた。
「あのぅ……パパ」
「パパじゃない。隊長と呼びなさい」
「隊長。いつまでこうしていれば良いんでしょうか?」
ユイが、グツグツと煮えたつお雑煮の鍋を不安そうに見上げそう呟いた。カズマはスナイパーライフルのスコープを覗き込んだまま、険しい顔で娘の動向を探っていた。
「決まっているだろう。アイツが、我が娘・アイが、お年玉を諦めるまでさ」
「お年玉くらい、素直に渡してあげれば良いのに」
ユイが口を尖らせた。
「アイのお友達だって、もらってるだろうし……ウチの子だけ取り上げるなんて、かわいそうよ」
「取り上げるんじゃない! ”一時預かっておく”と、そう言っているだけだ!!」
カズマが眉毛を太くしながら唾を飛ばした。
「今子供に大金を預けては、使い方を誤ってしまう恐れがある。アイツら何もわかってねえ! もっと有意義なことに……例えば大学の学費とか、一人暮らしの資金とか……使えるようになるまで、預かっておくだけさ!」
「何十年後の話ですか。まだアイは小学生よ」
「俺が子供の時だって、同じことをされたのさ」
カズマは床に寝そべったまま、ガンとして譲らなかった。
「”お前が大きくなるまで預かっておく”と……そう言って毎年、お年玉が消えて行った! フ……騙されてたのさ。俺がバカだった! 実際は、毎年そうやって、大量のお年玉が俺たち
「
「ここで我々だけ引いてしまっては、全国で戦っている親同志たちに示しがつかない。何としても、娘のお年玉だけは死守するんだ!」
「お年玉をあげないって時点で、大人として示しがつかないような気もするけど……」
『われわれのー』
ユイが納得いかない表情で首を傾げていると、コタツ部屋から、
『われわれがー、じぶんが、こどものころやられてイヤだったことをー、われわれにおなじことするのかー!』
アイだった。眠たそうな顔を浮かべたアイが、段ボールのバリケードの向こうに語りかけて来た。
「か……」
「きゃー! かわいい!!」
「……コラ! 頭を下げろ! 写真を撮るんじゃない。可愛さにやられて、敵に
「パパだって『かわいい』って言いかけてたじゃない。あぁ〜ん。アイってば、世界一!」
パシャパシャとフラッシュが光る横で、カズマが段ボールの壁の向こうに銃口を向けた。
「騙されるな! 本当に純粋な子供が『われわれ』なんて言うか。あれはきっと、宇宙人に精神支配されているに違いない」
「なんでこんなひねくれた人と結婚したんだろう……」
「やむを得ん。発射!!」
カズマが照準を天井に合わせ、トリガーを引いた。すると、
ぽん! ぽぽんっ!!
と音を立て、ライフルの銃口から袋詰めのこんぺいとうが発射された。途端にアイは目を輝かせ、床に散らばった七色のこんぺいとうをせっせと拾い集め始めた。
「フフフ……見ろ。アイのやつ、こんぺいとうに気を取られて、お年玉のことをすっかり忘れているぞ」
「きゃー! くぁ〜わ〜い〜い〜!!」
「そうじゃなくて!」
横で輝くフラッシュに目を細めながら、カズマは唸った。
「今のうちにお年玉を、おばあちゃんからもらった一万円を、さも『最初っから五千円しか入ってませんでしたよ?』と言った具合に偽装するんだ!」
「じゃあ、こう言うのはどう?」
ユイが撮った写真をInstagramにアップしながら(『ハッピーニューイヤー!』)、カズマに耳打ちした。
「まずこの五千円で、家族三人、外食に行くの」
「何ぃっ」
カズマが目を丸くした。
「五千円も……!? 一人頭、一体いくら使えるんだ……!?」
「それから残りの二千円で、アイの欲しがってたプリキュアのおもちゃを買ってあげる。それで三千円残る」
動揺が隠しきれないカズマに、ユイはニンマリと笑って見せた。
「それでアイのやつ、騙されるかな……アイツ、読解力は毎年下がってるくせに、札束だけは数え間違わねえからな」
「数字には滅法強いのね。あの子の未来は明るいわ」
「それで、余った金は……」
「それはもちろん、私が預かっておくわ。毎年、毎年貯めて行って……来たるべき時が来たら、我々のために『解放』しましょう」
「そうか。こんな日だから言うわけじゃないが……俺は滅法数字に弱いからな。ユイが居てくれて助かったよ」
「ふ……くく。私もよ。見て、日が昇るわ……」
ユイがコタツ部屋の向こうの、窓ガラスを指差した。それでカズマは、妻の含み笑いには気付かずに、今年初めて顔を出した朝日に目を細めた。ユイが、コタツの側で寝そべる娘を指差した。
「見て。あの子、こんぺいとうを食べながら寝ちゃったみたい……」
「ああ……本当だ。やっぱりかわいいな。あ! あけましておめでとう」
「こちらこそ。今年もよろしくね、パパ」
それから二人はバリケードを解いて、娘を抱えてコタツへと潜り込んだ。外食は、混んでいたので結局行かなかった。その代わり六千円で、アイにちょっと豪華なおもちゃを買ってあげた。残りのお金がどうなったかは、不思議なことに、誰も知らない。