Lovefool

文字数 1,983文字

 10代の頃、夢中になっていたレオナルド・ディカプリオ。今では容姿がすっかり変わってしまったけれど、ついた脂肪も味わいのある芝居の道具になっているようだ。久しぶりに見た彼の映画は、やはりすっかり大人になった私を満足させるものだった。

 中学生の時に見た「ロミオ+ジュリエット」から、ディカプリオは私のアイドルだった。そして、高校に入って、私は私のディカプリオを見つけた。

 中学からの仲良しは、1年女子に人気のサッカー部のキャプテンに夢中だった。一学期の期末テストの最終日、放課後の校庭でサッカー部の引退試合があり、見学する彼女に付き合わされた。試合に退屈した私は、応援している人たちばかり見ていた。3年生のグループの中に、私のディカプリオがいた。サラサラの髪の毛、色白の童顔、目の色が薄く、唇が赤い。胸板が薄くて、夏服の開襟シャツが浮いている。目が離せなくなった。

 不思議なことに、それからは学校でも通学路でも、彼のことがすぐに見つけられた。

 夏休みになると、友人はサッカー部のキャプテンが通い始めた予備校の夏期講習に行きたがった。パンフレットを貰いに行った時に、ディカプリオの姿を確認した私は、友人に付き合うことにした。でもなぜか、友人にディカプリオのことは話さなかった。たぶん、友人の評価(似てないよ、とか、背が高くない、とか…)や、余分な情報(彼女のこととか、成績のこととか…)が邪魔だったのだろう。だから、知りたいことは、密かに自分で調査した。

 彼と友人同士の会話に耳をすまし、名前を知る。予備校の帰りに同じ車両に乗って、乗降駅を知る。地域の地図を買うと、夜中にこっそり電話帳を部屋に持ち込み、彼の苗字と地図で確認した町名を探す。あっさりと、彼の住所と家電が判明した。ドキドキしながら住所と電話番号を書き写し、その紙の置き場所に悩んだ。

 りっぱなストーカーだ。けれど、それで何をするわけでもなかった。彼という人間が、自分と同じ世界に生きていると確認したかったのかもしれない。映画スターのディカプリオは、架空の存在と紙一重だから。

 学校の廊下で、校庭で、駅で、電車の中で、見つめるだけの追っかけは、誰にも知られずにひっそりと続いた。やがて、年が明けると、3年生は学校にめったに現れなくなった。

 バレンタインデーには、3年生が学校に来るという噂が立った。最初で最後のバレンタインデー。小さなチョコを、ディカプリオの下駄箱に入れても罰はあたらない気がした。事前に下駄箱の場所を確認しておこうと、人気のない3年生の下駄箱に一人で近づいた。

 彼が、いた。すらりとした髪の長い3年生の女子と一緒に。ぴったりと寄り添って、小声で話す二人が、ただの友人でないことは誰にでもわかっただろう。激しく打つ心臓の音が二人に届く前に、急いで、けれど音を立てないように、その場を離れた。

 チョコは買わなかった。私は、バレンタインデー用の特設チョコレート売り場を通り過ぎて、CDショップに向かっていた。チョコの予算では、DVDには手が届かなかったけれど、「ロミオ+ジュリエット」のサントラ盤のCDを買った。

 バレンタインチョコで劇的なことが起こると夢想していたわけではない。けれど、究極の片思いが、そこから1ミリも動かずに終わるのは、地味にきつい。部屋にこもって、ヘッドフォンをつけて、買ってきたCDを繰り返しガンガン聞いた。だんだんと、押さえつけていた気持ちが、彼のことが好きだという気持ちが、奔流のように心の中に渦を巻き、荒れ狂った。

 Love me love me say that you love me…♪

 遠くから見つめる視線に込めた気持ちを、思い切り口にした。何度も何度も繰り返して歌い、たくさん泣いた。

 その後、卒業式まで、ディカプリオを見かけることはなかった。

 3年生の進学先は噂になっていた。彼と髪の長い彼女が同じ東京の大学に進むことも、知りたくなくても耳に入る。因みに、サッカー部のキャプテンは、体育大学だ。同じ大学は無理だと、私の友人は嘆いていた。

 卒業式の日、久しぶりに彼を見つけて、やっぱり私の胸は小さな疼きを感じながらもときめいた。在校生として、静かに彼を送り出そう。先に体育館を退場する3年生に、一生懸命拍手を送った。私の横を通り過ぎる時、あの色の薄い瞳が私を見た。フリーズして見つめ返す私に、一瞬あの赤い唇が開き、白い歯を見せてにっこりとした。後ろの友人に押されるように、すぐに行ってしまったけれど。
 彼の後ろ姿を目で追いかける私の頭の中に、リズミカルなイントロが流れ出し、声に出さずに歌っていた。

Fool me fool me(私をだまして)…♪

 そうしてはくれなかったけれど。
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