膝に7つのキズのある男

文字数 2,181文字

 私は『出張専門』の鍼灸師(はり・きゅう師)として働いている。
 6年以上この仕事をしていると、面白い患者さんにもたくさん出会う。
 出会うと言っても、HPも作ってないし患者さんはすべて口コミで拡がったので、店舗を構えて『いつ誰がいつ来るか分からない』という状況はあまりない。
 その代わり、ある家にご近所の人同士で集まり、順番に鍼灸施術を受けるなんて状況はよくある。田舎に行けば行くほど、そういう傾向は強いかもしれない。
 
 私がある高齢のご夫婦宅に訪問した時、そのご夫婦の紹介で『膝が痛い』というおじいちゃんの山田さん(仮名)が一緒に施術を受けに来られた。
 山田さんはかなりのご高齢だった。施術中、思い出話として昭和の初期は大丈夫(?)でも、令和の今では「それ、まずいですよね?」という話をたくさんしてくれた。
 特にびっくりしたのがこんな話。

「ワシは子どもの頃、親に鍼や灸をしてやっとったんよ」

 『鍼灸師』は現在は国家資格化したものの、以前は各都道府県での資格だったと聞く。
 『もぐさ』を山型にして載せて使うお灸も、今でこそ一般家庭で行われることはほとんどないが、昭和の初期~中期には民間に普及していた療法だったらしい。
 当時のおじいちゃんやおばあちゃんは、子どもが悪戯をすると「お仕置き」の名目でこんもりと盛ったもぐさを肌の上に直接据え、燃やしきることがよくあったそうだ。
 当然のことだが、体の上でもぐさを焼ききればやけどする。おまけに非常に熱い。そのため子どもは『悪戯をすると痛い目に合う』ことを学び、悪戯をやめる。それが『お灸を据える』という言葉の由来と聞いている(諸説あり)。
 もちろん、世の中は広く、6年の間に『頭が良くなるお灸』の話や、訳あってここでは書けない『お灸の達人』の話も聞いたことがある。

 さて、そんな『お家の中でお灸が普通に流行っていた』時代、このおじいちゃんは子供(当然無資格)なのにお灸を親にしてやけどさせ、あまつさえどこからか入手した鍼で親を刺していたというのだから驚きだった。
 どうやらこの方が施した鍼治療は、幸い大きな事故もなく、むしろ親から『よく効いた』と褒められていたらしい。私が膝を鍼と灸で施術している間、ずっと自慢気に話して聞かされた。

 今の時代には、『やけど防止のシール』や、間接熱で治療する『台座灸』などもあり、正しく行えばやけどせずに安全なお灸施術を受けることができる。
 もちろん私の施術はやけどさせることなく、この日の鍼灸施術は無事に終了した。
 毎日のケアとして、「『台座灸』をドラッグストアで買って、一日一回以上、油性マジックで×印をつけた『4ヶ所』に毎日お灸してくださいね」と伝えた。
 やけど防止の為、買うお灸の種類も紙に書いて細かく伝え、本人も快諾していた。膝の痛みもその日はとれたようで「楽になった。台座灸も毎日やりますよ!」と言っておられた。
 二週間後に次の施術の予定を作り、その日は帰っていった。認知症も無いようだし、ちゃんとお灸してくれるだろうと思い、山田さんにまた会うことを楽しみにしていた。
 しかし、どことなく『嫌な予感』もあった。やたらと自分の鍼灸の腕を自慢し続けていたから。

 そして二週間後、山田さんが訪ねて来たとき、その嫌な予感は的中した。
 挨拶をして迎えると、彼は目を合わせるのを避けるというか、何か隠しておられるようだ。おまけに歩くとどうも膝が痛そうだ。どこか新たに痛めたのだろうか?
「それがね、先生」
 そう言ってズボンをめくりあげ、出てきた膝には某有名漫画に登場する『北斗神拳伝承者の胸のキズ』のような、穴状にえぐれた7つのやけど痕があった。『この膝はもう死んでいる』と聞こえないのが幸いだ。
 私が山田さんの顔を見ると、照れたように頭を掻きながらこう言った。
「いや、台座灸じゃ絶対物足りないと思ったんで、自分でもぐさ買ってやってみたんですわ。そうしたらこの通りやけどしちゃって・・・・・・今日の治療できます?」
 私はその反省の色が全く示されない顔を見て、思わず
「治療できます?じゃないっすよ!だから言ったじゃーん!台座灸でしてねって!やけどするって!しかも何で!?私が指示したポイント一箇所も当たってないじゃーん!」
と、心の中で叫んだが、声に出すことは堪えきった。
 ただ「あらら~大丈夫ですよ」とできるだけの笑顔で伝えた。たぶん。
 山田さんは『膝に7つのキズを持つ男』になっていたが、良くも悪くも施術に必要な4ヶ所は全くの無傷だったので、その日の施術は無事に行われた。

 そして、山田さんの施術はこの日をもって終了となった。
 理由は簡単で、私の施術では『治るけど刺激が足りない』ということだった。
 彼はその後、さらに強い刺激の治療を求めて、私が紹介した別の先生の所へ行った。
 別れ際に『俺より(刺激が)強い奴に会いに行く』というセリフが聞こえてきたわけではなかったが、その背中は楽しそうだった。戦争を経験して生き抜いた山田さんにとっては、やけどもせず傷跡も残らない安全な治療は、少し物足りなかったのかもしれない。

 この経験は、私にとっても勉強になる出会いだった。
 山田さんが満足のいく治療に出会えるようにと心の内で願いつつ、次に似たような方とお会いする時に備え、自分の腕を磨くことにする。
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