第1話
文字数 2,108文字
二人はお互いが許せない。
僕は今日も、彼女に僕の作った特別な紙を渡した。彼女は「いつもありがとう」なんて言いながら、この紙を受け取った。この紙にはちょっとした秘密があるのだ。そしてついでに、お決まりのように愚痴も聞いておく。
許せない。
昨日もそうだった。
何度言っても同じこと。
あの人は「ごめん、ついうっかり」なんて言葉で事を済ませようとする。
せっかく書いたのに。
今日も、せっかく書いたのに!
私はいつも長文を綴るの。時間もかかるんだから、ちゃんと読んで欲しいのに。
ため息をつきながら、澄み渡った青い空を見上げる。
違う場所の同じ空の下。私の気なんて知らないで、あの人は今日も手紙を食んでいるのだろう。
「手紙は食べ物じゃありません!」
もう一人にも、僕は紙を渡した。彼女は「いつもごめんね」なんて言いながら、この紙を受け取った。そうしてやっぱり、愚痴を聞いておく。
許せない。
毎日頭でも打ってるわけ?
何度言っても分かってくれない。
あの子は「ごめーん、またやっちゃった」なんて可愛い子ぶって、電話をかけてくる。
いい加減、ちゃんとしなさいよってたしなめても、「ごめんごめん」って軽く謝っちゃう。
仕方ないからまた会う約束を取り付けて、私は電話を切る。
電話の向こう。私の気なんて知らないで、あの子は今日も手紙を食んでいるのだろう。
「手紙は読む前に口に含むな!」
そんなやり取りを、幼馴染みでもある僕はどちらからともなく聞かされる。きっと二人にとって丁度真ん中にいるから話しやすいのだと思う。だからたまには二人に理由を聞いてみる。
「許せないっていうのなら、なんで書いてあることを口頭で伝えないの?手紙なんてまどろっこしい方法とらなくても、どうせ毎日会うわけじゃん?」
一人は困ったように答える。
「約束が、欲しいの。会うための口実が。こうやって私たちが毎日会うためには、理由がいるの。約束をして待ち合わせをして顔を会わせて、まずは手紙に対する不満をぶちまける。そのあとはカフェに行って、パフェを食べて、最後には手紙を渡して別れるの。そしたらその夜『ごめん、ついうっかり食べちゃった』なんて電話が来る。仕方ないから、次に会う約束をするのよ」
その人は、恋い焦がれるように笑った。
もう一人は不貞腐れたように答える。
「手紙にいつもなんて書いてると思う? 私の方は決まって、簡素な二文字。言葉足らずで、申し訳ないとは思ってる。けど不器用だから、あんまり自分の気持ちを長い言葉で書けないのよね。ストレートな言葉でしか表現出来ない。
私たちはお互いの気持ちを知ってるのに、享受しちゃいけないから手紙にして食べちゃう。読んでしまって、返事をしたらこの関係は終わるのよ。だから食べるの。食べて、飲み込んで、身体では受け入れるけど頭では受け入れない。本当は受け入れちゃいけないから。禁断の関係なんて言ったら少しは聞こえも言いかもしれないけど、そんなのは本来虚構の上でしか成り立たない。現実は優しくない。
お互いに自立した今、こんな関係でも毎日会ってたらおかしいじゃない。一般的に、そんなに頻繁に会うものではないはずよ。それにきっと理由無く会っていたら私たち自身ももっと色々なことを求めてしまう。だから私たちは毎日理由を作るの。理由を作って、会いに行く。馬鹿みたいって思う? 二人とも不器用って? ごめんね。似た者同士、似た者姉妹だから、そこは許して」
その人は、愛おしそうに笑った。
「わざわざ過食ペーパーを使ってまですること?」
僕は素朴な疑問を姉の方にぶつけた。可食ペーパーとは食べられる紙のことだ。デンプンを主原料にしていて、普通は専用の可食性インクを用いて文字や絵を書いたり、ペーパークラフトのように花を折ったりして、ケーキやお菓子の上を彩るのだ。
僕は製菓店で働いていて彼女達に頼まれてその紙を提供するのだけれど、なんだかまどろっこしいなと見ていて思うことはある。約束を作るのであれば、他にも方法はあると思ったのだ。
「黒ヤギさんと白ヤギさんになればいいんじゃない? って言ったのは妹の方なのよ。素敵な提案でしょう? 私はその提案に乗ってヤギになることにした。ヤギになれば何度も何度もお互いに催促し続けられるの。『さっきのてがみのごようじなぁに?』って。ねぇ、そもそもあのヤギ達って本当にお手紙は読んでいないのかしら? 本当は、読んだ上で食べるんじゃないかしら? ……ね? 他に適当に理由を作って会うよりも、素敵な方法だとは思わない? それにね、食べちゃえば痕跡も残らないから、もしも何かあったときに言い訳も出来る。完璧なのよ」
手にしている一枚の紙は、彼女がまた二文字を書いて妹に手渡され、きっと明日には食べられる。読まれるか読まれないかは僕の知るところではないけれど、彼女と彼女は互いの気持ちをしっかり最後まで、余すことなく紙ごと食べる。そして会えば「許せない」なんて言って笑いながら、また二人でパフェを食べに行くのだろう。
僕は今日も、彼女に僕の作った特別な紙を渡した。彼女は「いつもありがとう」なんて言いながら、この紙を受け取った。この紙にはちょっとした秘密があるのだ。そしてついでに、お決まりのように愚痴も聞いておく。
許せない。
昨日もそうだった。
何度言っても同じこと。
あの人は「ごめん、ついうっかり」なんて言葉で事を済ませようとする。
せっかく書いたのに。
今日も、せっかく書いたのに!
私はいつも長文を綴るの。時間もかかるんだから、ちゃんと読んで欲しいのに。
ため息をつきながら、澄み渡った青い空を見上げる。
違う場所の同じ空の下。私の気なんて知らないで、あの人は今日も手紙を食んでいるのだろう。
「手紙は食べ物じゃありません!」
もう一人にも、僕は紙を渡した。彼女は「いつもごめんね」なんて言いながら、この紙を受け取った。そうしてやっぱり、愚痴を聞いておく。
許せない。
毎日頭でも打ってるわけ?
何度言っても分かってくれない。
あの子は「ごめーん、またやっちゃった」なんて可愛い子ぶって、電話をかけてくる。
いい加減、ちゃんとしなさいよってたしなめても、「ごめんごめん」って軽く謝っちゃう。
仕方ないからまた会う約束を取り付けて、私は電話を切る。
電話の向こう。私の気なんて知らないで、あの子は今日も手紙を食んでいるのだろう。
「手紙は読む前に口に含むな!」
そんなやり取りを、幼馴染みでもある僕はどちらからともなく聞かされる。きっと二人にとって丁度真ん中にいるから話しやすいのだと思う。だからたまには二人に理由を聞いてみる。
「許せないっていうのなら、なんで書いてあることを口頭で伝えないの?手紙なんてまどろっこしい方法とらなくても、どうせ毎日会うわけじゃん?」
一人は困ったように答える。
「約束が、欲しいの。会うための口実が。こうやって私たちが毎日会うためには、理由がいるの。約束をして待ち合わせをして顔を会わせて、まずは手紙に対する不満をぶちまける。そのあとはカフェに行って、パフェを食べて、最後には手紙を渡して別れるの。そしたらその夜『ごめん、ついうっかり食べちゃった』なんて電話が来る。仕方ないから、次に会う約束をするのよ」
その人は、恋い焦がれるように笑った。
もう一人は不貞腐れたように答える。
「手紙にいつもなんて書いてると思う? 私の方は決まって、簡素な二文字。言葉足らずで、申し訳ないとは思ってる。けど不器用だから、あんまり自分の気持ちを長い言葉で書けないのよね。ストレートな言葉でしか表現出来ない。
私たちはお互いの気持ちを知ってるのに、享受しちゃいけないから手紙にして食べちゃう。読んでしまって、返事をしたらこの関係は終わるのよ。だから食べるの。食べて、飲み込んで、身体では受け入れるけど頭では受け入れない。本当は受け入れちゃいけないから。禁断の関係なんて言ったら少しは聞こえも言いかもしれないけど、そんなのは本来虚構の上でしか成り立たない。現実は優しくない。
お互いに自立した今、こんな関係でも毎日会ってたらおかしいじゃない。一般的に、そんなに頻繁に会うものではないはずよ。それにきっと理由無く会っていたら私たち自身ももっと色々なことを求めてしまう。だから私たちは毎日理由を作るの。理由を作って、会いに行く。馬鹿みたいって思う? 二人とも不器用って? ごめんね。似た者同士、似た者姉妹だから、そこは許して」
その人は、愛おしそうに笑った。
「わざわざ過食ペーパーを使ってまですること?」
僕は素朴な疑問を姉の方にぶつけた。可食ペーパーとは食べられる紙のことだ。デンプンを主原料にしていて、普通は専用の可食性インクを用いて文字や絵を書いたり、ペーパークラフトのように花を折ったりして、ケーキやお菓子の上を彩るのだ。
僕は製菓店で働いていて彼女達に頼まれてその紙を提供するのだけれど、なんだかまどろっこしいなと見ていて思うことはある。約束を作るのであれば、他にも方法はあると思ったのだ。
「黒ヤギさんと白ヤギさんになればいいんじゃない? って言ったのは妹の方なのよ。素敵な提案でしょう? 私はその提案に乗ってヤギになることにした。ヤギになれば何度も何度もお互いに催促し続けられるの。『さっきのてがみのごようじなぁに?』って。ねぇ、そもそもあのヤギ達って本当にお手紙は読んでいないのかしら? 本当は、読んだ上で食べるんじゃないかしら? ……ね? 他に適当に理由を作って会うよりも、素敵な方法だとは思わない? それにね、食べちゃえば痕跡も残らないから、もしも何かあったときに言い訳も出来る。完璧なのよ」
手にしている一枚の紙は、彼女がまた二文字を書いて妹に手渡され、きっと明日には食べられる。読まれるか読まれないかは僕の知るところではないけれど、彼女と彼女は互いの気持ちをしっかり最後まで、余すことなく紙ごと食べる。そして会えば「許せない」なんて言って笑いながら、また二人でパフェを食べに行くのだろう。