ちび捨て山

文字数 1,289文字

むかしむかしのことじゃった。豊後の国に姥捨ての風習が残る村があった。
食い扶持を減らすために老人を山の中に捨てておったと。
だが、その風習も知恵の立つお婆さんのとんちでやめることになったと。
ここまではよくある「姥捨て山」のお話じゃ。

それから時代がくだって、また村が貧しくなった時があった。
時の名主は、今度は子どもを山に捨てるよう言いつけたと。
お父、おらを山に捨てれ。
できるか。今度のお触れはいくら何でもおかしい。
子どもを捨てて今はよくても、後はどうする。
いくら年寄りより子どもの方が飯を食うからといって。
いつまでも納屋にかくまってもらうわけにもいかねえ。見つかったらお父が危ねえ。
俺のことはいい。お前のためなら百ぺん死んだっていい。親子だからなあ。

こんな調子でかくまっている家があったと。

年の頃六つの弥平はもう何か月も納屋の中で人の目を避けておった。




そんな時、隣の大きな村から難題が出された。
隣の村は何かにつけては無理難題を言いつけて、答えられなかったら嫌がらせをしてきていたと。
解けたら高い褒美をやるとうたってはいたが、解けないだろうと高をくくってのことだった。
事実、まるで解けない難題ばかりで、たびたび村はひどい目にあっていた。
ずっと昔の姥捨ての時代にも同じように無理難題を押し付けてきていたとさ。
炭で縄をなえば米百俵をやるだと?しかも、縄を油漬けにして火をつけてはいけないだと!
うむむ、そんなことができるか。
まさか、姨捨ての頃と同じ問題を出してくるとは、それもその時の答えは使えない…。
弱ったなあ…。
さっそく村中にお触れが出された。
この問題を解いたものには隣村から百俵もの米が与えられる、と。
その噂は弥平親子の家にも入ってきた。
お父、お父。
どうした、弥平。
おらを山に連れて行ってくれ。
! お前を連れていくわけに行かねえって言ってるだろ。名主もいつか気が変わるかもしれねえ。それまでここにいろ。な?
捨ててくれって言ってんじゃねえ。あそこで炭の縄を作るんだ。
あんな硫黄だらけのところで何するんだ。
いいから連れて行ってくれ。
弥平は親父に背負われて山を目指したと。

翌日、名主の屋敷に届けられたのは、見事に真っ黒な縄だったそうな。
こ、これはいったい。
炭の縄です。おらが作りました。
おぬしのような子どもが。どうやって?
あの山は硫黄の吹き出すところ。
その硫黄が水に落ちてたまると、物を燃やす水ができあがるのです。

弥平は今でいう硫酸がその谷にあることを知っていたのだとよ。

硫酸につけると、紙や木がまるで燃やしたように真っ黒になるということだ。

おぬしは、なぜそのことを知っていたのじゃ。
子どもは遊び、駆けまわる中でいろいろなことを学ぶものです。
この炭の縄も遊びの中でたまたま発見しました。
遊びから新たな知識が生まれ、新しい世を作っていくのでございます。
早速炭の縄は隣村に届けられ、米百俵で村の中はたいそう潤ったと。
名主は自分の出した命令を悔いて、二度と子どもを捨てさせなかったということだ。
弥平は大きくなると、えらい学者さんとして藩に召し抱えられたということであるよ。
むかしむかしの話だと。
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