「ILLUST DAYS」で公募中のコミカライズ作画担当募集コンペの原作小説です

文字数 20,632文字

第1章 ダンジョンテスターを引き受けてみました


朝というのは絶対にやってくる。
人間の事情など無視してその姿を輝かせ、その日の始まりを伝える。日本のサラリーマンがそれをもっとも自覚するのは、出社し、タイムカードを押した瞬間だろうか。
それはおれも一緒だが、おれの場合はそれに加え、ちょっとした常識はずれな行動が挟まる。
手袋のハメ具合、籠手の位置合わせ、そして武器の確認。
平和な日本はいったいどこへと消えたのやら。普通に考える仕事とはかけ離れた格好をしている自覚はある。
「さぁて、おまえら仕事の時間だ」でも仕方ないと思う。

それがおれの仕事なのだから。
最後に同じように点検していた同僚に向けて確認の言葉を向ける。
「今日のノルマは各自、頭に入っていると思う。サボるなよ、手を抜くなよ、怪我するなよ、以上三点を守って行くぞ」
最初の常識を疑うような日本人特有の曖昧な笑みは消え去り、代わりにいっぱしの仕事人が浮かべるような力強い笑みがおれの言葉に応えてくる。
おれの仕事はダンジョンの攻略だ。
「よし。今日も気合を入れて、全力でダンジョンの洗い出しを始める」勇者が攻略できないダンジョンを作る。
これは、平凡な日常から湧き出てきたファンタジーにめぐりあったサラリーマンたちの物語だ。

* * * *

田中次郎 二十八歳 独身 彼女いない歴七年職業 なし(現在ニート)

「自由だァァァァ 」
近所迷惑だなんて気にしない。ベッドに大の字になっておれは叫ぶ。
そしておれがこんな雄叫びに似た叫び声を上げているのにはワケがある。
月の残業時間百二十時間オーバーなんて当たり前のブラック企業に勤めて早六年。休日出勤もいつものこと、残業手当は絶対満額出ない。
人員の入れ替わりなんて、数えるだけで無駄になるくらい見てきた。
そんなことが日常となり、仕事のストレスでイライラする気持ちをタバコでごまかしていたとき、喫煙室に入ってきた上司の言葉がきっかけだった。
「おまえ、タバコ吹かしている暇なんてあるのか ? そんなに暇ならもっとやることがあるだろう ?昨日の報告書、さっさとあげろよなぁ」
そのときのおれは、締め切り間近の仕事を終わらせるために会社に泊まりこみ、徹夜したあとだった。
いつもならヘラヘラして、スンマセンとひとこと謝って仕事に戻るのだが、その時はついイラッときて、ため息を吐きながらおれを注意する上司を睨みつけてしまった。
「あ ? なんだその目は。嫌ならやめちまえ。おまえの代わりなんていくらでもいるんだよ」
定時上がりの残業知らずが何を言うと心の中で叫び、同時に人間の堪忍袋って、本当にブチって切れる音がするのだとそのとき知った。
上司は、黙って喫煙室を出ていったおれが仕事に戻ったと思ったのだろう。
胸ポケットからタバコを取り出す上司に思いっきり舌打ちを聞かせて、自分のデスクに事務所経由で戻って最初にしたのは、ダンボールの中に私物を詰めこむ作業だった。
当然会社の資料にはいっさい手をつけず、私物だけ手当たりしだいに詰めこめば、十分もあれば作業は終わる。
「主任、おれ、今から会社辞めますわ」
それだけ言って立ち去ろうとするおれを引きとめようとする声なんて、完全に無視だ。スタスタとロッカーの中身も含めて私物を全部車に詰めこみ、キーをまわし帰宅する。そうして、ニートが一人誕生する。
そのニートが自宅の安アパートに戻ってまずやったことといえば、ベッドに腰かけてタバコに火をつけることだった。
「これからどうすっかなぁ」
カッとなって飛び出すように会社を辞めたが、後悔はしていない。むしろよくやったと、自分を褒めてやりたいと思うのは、不満を溜めこみすぎたせいだろうか。無職となったにもかかわらず、不思議と胸がすっきりとしていた。
そんな気持ちに水を差されないように、携帯の電源は切っている。

今ごろ、会社からおれの携帯に電話をかけているだろうが、知ったこっちゃない。無責任だとののしられようが、気にするつもりもない。
加えて皮肉なことに、休みの日は寝るか仕事をしていたので、貯金も二、三カ月どころか一年くらい働かなくてもいいぐらい蓄えてある。
すぐに飢え死にするような状態でもないおれは、今後のことをのんびりと考える。
仕事は、やらないといけないだろう、嫌だけど。貯金があるから慌てる必要はないが、
一生食っていけるわけではないのだ。
幸いある程度休んだら、仕事をしようと考える程度には気力はある。
まぁ、あの会社に戻る気だけは欠片もない。

「うわ、郵便受けが大惨事に」
部屋から出て入口の郵便受けを見にきてみたら、もうどうやって郵便屋さんがいれたのかわからないくらいパンパンになっていた。
寝に帰ってくる、もしくは着替えに帰ってくる以外にここ最近使っていない部屋だから、当然といえば当然なんだが、せめて郵便受けくらい片づけろよと自分に言いたくなる。
どっこらしょとオヤジ臭いかけ声をわざとあげながら郵便物に手をやる。
「うわ、抜けねぇ」
見た目どおりのビッシリ感は伊達ではなかった。それを証明するかのように、チラシの束を引いてもわずかに動くだけで、それ以上抜けない。
「ったく、仕方ねぇな」
一人暮らしになってから増えた独り言をこぼしながら、玄関口にしゃがみこみ、抜けるまでチラシを小分けにしながら引き抜き、最後は全部引っこ抜いて、部屋へと帰った。
「あ、破けちまってるか……って、宗教勧誘かよ、ならよし。それでこれが近所のスーパーのチラシで……って三週間前か、ん ? なんだこりゃ」
そして部屋の中の元の位置に戻ったおれはタバコの灰の量を気にしながら、一回灰を灰皿に落としてチラシの仕分けをし、その中の妙に気が惹かれた一枚のチラシをのぞきこむ。
「テスターの募集 ? え~と、なになに」

ダンジョンテスター募集!

募集人員 百名!内 訳
正社員 三十名 アルバイト 七十名
年 齢 十六歳~三十五歳
寮完備! 駐車場完備!
武道経験者優遇!給 与
正社員 月給三十万+危険手当+歩合制 賞与 年二回アルバイト 時給三千円+危険手当+歩合制
勤務時間
正社員 一日五時間以上 週休二日+祝日
アルバイト 一日三時間以上(最低週三日出勤できるかた)仕事内容
われら魔王軍が設計したダンジョンが勇者に対して有効か、みなさまにテストしてもらいます!!
実際にダンジョンに挑んでモンスターと戦い、宝を捜索し階層を突破してください。なお、怪我等危険があるため、同意書を作成するので以下のものをご用意ください。

「……くだらねぇ、イタズラかよ」

じっくり読んだことを後悔するようにタバコの煙を吐き出して、読むのをやめる。
チラシの構成としてはかなりの力の入れようだ。
目を引くように写真や文字配列にも気を配っているし、紙の材質も悪くない。明らかにプロが作ったチラシだ。
だが、内容がいただけない。明らかに悪質なキャッチだろうとたかをくくる。電話番号も書かれ、住所どころか地図も書かれている。
しかもその住所が──
「となり町かよ」
車はもちろん、電車、バス、がんばれば徒歩でも行ける距離だ。
「釣りにしては、手のこんだイタズラだよな」
おれの中では九割がたイタズラだと思いこんでいるが、心の隅で何かに惹かれる。給与面は破格、休日もかなり魅力的だとは思う。
「やめだやめだ。こんなくだらないいたずらにかまってられるか」
それでも現実的ではないとおれの中の常識が訴え、体がそれを示すかのようにテーブルにチラシを投げて、灰皿に押しつけるようにタバコの火を消す。
「こんな都合のいい会社があってたまるか」
ゲームのテスターにしても、こんな怪しい求人広告など見たことがない。

ベッドに倒れこむように横になって意図せずして見えるのは、テレビとその前に山積みになっているゲームの数々。これでも学生のころにそれなりにゲームはこなした。
仕事のせいで最近まったく手をつけず積みゲーになってしまっているが、昔も今もRPG系が好きだったから、こんなチラシの内容でももし本当ならおもしろいとは思ってしまう自分がいる。
「武道って、剣道もありだよな ? 」
そしてもうひとつ目に映るものがあった。それは部屋の片隅にある使いこまれた剣道道具。体のサイズが変わったり、単純に壊れるたびに道具を交換してきた代物だ。
仕事が忙しく最近は行けなくて、最後に行ったのは半年も前だが、それでも子供のころから続け、今も近くの道場に顔を出して続けてきた。
九割がたイタズラだと決めこんでいるのに、残りの一割が興味を刺激して、自分にあっていそうな条件を提示してくる。
「あ~、どうせ暇だし、イタズラならイタズラでいっか」われながら言いわけがましい。
もしあるなら、そんな場所で仕事をしてみたい。そんな願望を抱いてしまっている自分がいる。
「携帯携帯っと……ってうげ、なんだよ、この着信履歴」

もう少し素直になれよ、と自身に向けて苦笑しながら電源を入れたスマホに映ったのは、
着信件数十数件というあまり見たくない現実、その大半が会社からだった。いくつかは先 輩である主任からの連絡だが、無視してチラシに書いてある番号を打ちこみ、一瞬悩むも、発信する。
『はい、魔王軍ダンジョンテスター募集係、スエラです』
「え、えっとチラシを見たのですが、まだ募集していますか ? 」
てっきりいたずらなので、〝現在使われておりません〟というアナウンスが流れると思っていたが、想像以上にはっきりとした女性の受け答えに、ついどもってしまう。
名前からして間違いなく外国人なのだが、流暢な日本語だと思ってしまった。
『はい、ご連絡ありがとうございます。現在、正社員、アルバイト共に募集しておりますが、どちらのご希望でしょうか ? 』
「正社員です」
勤労意欲は萎えていたのでは ? と考えるが、まだ残っていたのだろうと割り切り、さすがにこの年でアルバイトはきついと思って、給与面と休日で正社員を選択する。
『正社員ですね。うけたまわりました。つきましては、面接を実施したいのですが、ご都合のよろしい日はございますでしょうか ? 』
「えっと、いつでも大丈夫です」
『……かしこまりました。でしたら、お名前と年齢、電話番号をうかがってもよろしいでしょうか ?本日中にこちらから日程をお知らせします』
「わかりました。名前は」
そこからの話はとんとん拍子で進んでいった。
名前と年齢、そして携帯電話の番号を伝えたら、軽く武道の経験の有無と必要書類を教えられ、それだけで通話は終了した。
『お話は担当スエラがお受けいたしました。では、失礼します』
「イタズラじゃない ? 」
最後の挨拶がすみ、何も言わなくなったスマホを見ながら、ついこぼれてしまう。それとも、ヤバイ系のチラシだった ? と思ってしまう。
ならすなおに電話番号など教えず、さっさと切ったほうがよかったかもしれない。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
「次の電話の主がヤバそうだったら警察に行こう」
うん、絶対にそうしよう、と身の危険を感じながらも、そわそわと落ち着きなくチラシを二度見してしまう。
そして、タバコに手を伸ばす。
落ち着くために一服しようと思った矢先に鳴り響くスマホ──
「なんだよ、会社か ? ってこの番号」
口にくわえていたタバコがポロリと落ちる。
「はははは、早すぎだよ」
携帯に表示されていたのは、辞めたばかりの会社の番号ではなく、チラシに書かれた番号であった。

「うわ、でけぇ」
いちおうスーツにアイロンをかけて、ワイシャツも新品のものを用意した。
ヒゲも剃り、しっかりとスーツを着て身だしなみを整えたおれを出迎えたのは、二十階建ての巨大なビルだった。
しかも複合企業のように各階にテナントが入っているわけではなく、そのビル丸ごとが応募した会社のビルだ。
「〈MAO Corporation〉って聞いたことがないぞ」
これだけでかい会社なら、さすがに聞いたことがあるはずなのだが、近所に住んでいる
くせにかけらも聞いたことがない。
「MAOで魔王ってか ? ダジャレにもなってねぇぞ」
車を駐車場に停めてしばし見上げていたが、このままこうしているわけにもいかない。
玄関口らしき入口に向けて、履歴書等の必要書類が入った茶封筒を片手に移動する。そして、自動ドアを抜ければ──
「ん ? なんかあたった ? 」
なにか柔らかい、そう、カーテンを潜ったような感触に立ちどまるが、当然あるのは玄関がわりの自動ドアだけだ。カーテンらしき布のようなものは、当然ながら存在しない。
「気のせいか……って」
いつまでも違和感を気にしてここでじっとしていても仕方ない、受付らしいカウンターが見えたからそこに向かおうとするが、またもや足を止めることになる。
「コスプレ ? 」
いや、正確には、ハリウッドとかの特殊メイクと言えばいいのだろうか。
おれが立っているのは、清潔感あふれる白とグレーを基調とした配色の玄関ホールだ。そんなセンスあふれる一階フロア、その奥にあるグレーの光沢を放つ石でできたカウンターの向こうには、受付嬢らしき女性が二人いるのだが、そのどちらもが普通の女性ではない。
「耳の長い外国人っていたっけ ? 」
アニメとかゲームに出てきそうな種族、はっきり言えばエルフ、もっとくわしく言えば褐色の肌に銀髪青目のダークエルフと呼ばれる種族が、女性物のスーツを着て受付カウンターにすわっていた。
それぞれ左がショートで右がロングと髪の長さに差はあるが、容姿は会社の顔である受付嬢を担えるどころか、そこらのグラビアアイドルに負けないほど整っている。
だが、そんな人種、ゲームの中でしか存在しないはずだ。
疲れで幻覚症状を引き起こしているのでは、と心配になった。おかしな人と思われるかもと思いながら、目をつぶり、一回深呼吸をして再度見てみるが、結果は変わらない。
「おれが疲れているってわけじゃない、よな ? 」
心を落ち着けても変わらぬ現実。あの電話から三日たった今日は土曜日。さすがにブラック企業で溜まった体の疲れも取れている……はず。
帰ろうかなと悩むも、ダンジョンにたずさわる仕事だと豪語する会社だ。もしかしたらこういった方針の会社かもしれないと割り切り、腹をくくる。
「あの、すみません。テスターの面接に来たものなんですが」
念のために携帯電話の位置を確認しなおして、男は度胸と自分を励まし、恐る恐るカウンターに向かい、髪が長い受付嬢に声をかける。
「はい、お名前と担当の者の名前をうかがってもよろしいでしょうか ? 」
声まで美人だ、とこの場ではいっさい関係ないことを考えながら、凜とした声に対して、つい背筋が伸びる。
「田中次郎です。担当のかたはテスター募集係のスエラさんですが」
「はい、田中さまですね。お話はうかがっております。いま担当のスエラを呼びますので、あちらの席におかけになってお待ちください」
ダークエルフに微笑まれて顔が熱くなる経験など、一生に一度あるかないかじゃないだろうか ? たとえそれが特殊メイクのたぐいでも、そんな経験はまずできないことは確かだ。
顔が日差しとか以外で熱くなったのはいつぐらいぶりだろうかと思い出しながら頷き、待ち合わせ用であろう席にすわる。
手持ち無沙汰ではあるが、携帯をいじる気にはならない。ならばと、忘れ物はないか書類の確認をする。
「よし、忘れ物はないな」
といっても確認なんてすぐに終わってしまう。五枚程度の書類の確認など、前の仕事を考えれば一分もあれば充分だ。むしろ五分もかけるほどゆっくり読んだのなんて久しぶりだった。
さてこれで改めて手持ち無沙汰に逆戻りしたわけなのだが……
「ん ? 」
どうするかと悩む心配はないようだ。ハイヒールの踵で床を叩くような音が聞こえ、ついそっちを見てしまう。
そして確信する。
この会社は何かおかしい、おもにファンタジー的な方向で。
「お待たせしました。田中次郎さまでよろしいですか ? 」
「は、はい! 田中次郎と申します」
「今回、面接を担当します、スエラです」
軽く会釈する女性は、受付嬢とはまた違った感じのダークエルフだ。
そしてさっきの受付嬢とは多少距離があったから細かいところはわからなかったが、目の前にいる女性は間違いなく本物だと思える。
むしろ、本物だと思わせるほどの特殊メイクだとしたら、ここは映画スタジオか何かだとしても驚かない。
長い銀髪を結い上げ、シルバーフレームのメガネをかけた知的なダークエルフ、できる女性、それがスエラと名乗った女性の第一印象だ。
「では、こちらにお願いします」
「はい!」
そして好みの問題かもしれないが、さっきの受付嬢たちよりも美人だ。
容姿的には二十歳くらいかな、と思うが、仕事ができると思わせる雰囲気のせいで、年下には見えない。
あまりにも現実離れというか、ダークエルフとスーツという現実とファンタジーがごちゃまぜな取り合わせに、もう、この会社はこういうものだとあきらめて納得することにした。そこに、失敗とか後悔といった感情が浮かばないのが不思議だ。
案内するように先導してくれるスエラさんについて行くと、一階の小会議室のような部屋に通される。
「おかけください。コーヒーでよろしいでしょうか ? 」
「はい、大丈夫です」
さっきから、〝はい〟しか言ってない気がするが、面接ならこんなものだろう。
アピールするときはアピールしないといけないが、それ以外は必要最低限の受け答えが重要だ。
と、面接のコツを思い出しながら席に着き、姿勢を正す。
「は ? 」
だが、おれはこれから面接をするであろう女性の前で、間抜け顔をさらすのであった。
「やはり、見えるのですね」
「え ? すごいですね、手品ですか ? 」
そのおれの返答に納得するように頷いていないで、できれば次から次へとやって来るファンタジー的な現実に対してオーバーヒートしそうなおれに、落ち着く時間を与えてほしい。
コーヒーが載ったお盆が宙を浮いてやってきたら、誰でも同じ反応をするはずだ。
「魔法です」
おれの気持ちなどお構いなしによけいに混乱するような回答を淡々とするスエラさんは、宙に浮いているお盆を受け取ると、カップをひとつおれの前において、自分は対面になる ように向かいの席にすわる。
「〝魔法〟ですか……」
オウム返しのように答えている今のおれはどんな表情をしているのだろう、と考えるが、少なくとも面接向きの表情はしていないのは確かだ。
魔法と言われて思い浮かぶのは、あの魔法だろう。だが、会社の面接に何か関係してくるのか ? 入社条件に魔法が使えないといけないのか ?
やめてくれ。さすがにどこぞの動画みたいに、大魔法を特技と断言できるような度胸はない。宴会芸程度の手品なら、練習すればできるかもしれないが……。
「それでは面接を始めますが」
って、そんなことを考えている場合じゃない。
しっかりと質問に答えなければ! 背筋に力をこめて姿勢を正す。
「田中次郎さま、あなたにはわたしや受付の女性たちはどのように見えましたか ? 」
「……」
〝しっかりと質問に答えなければ〟ってできるか!!
こんな質問されれば、黙りこむしかない。そして、表情を取り繕うしかない。
「ええと」
多少の雑談を想定し、正直、志望動機は ? とかのオーソドックスな質問を想像していたおれにとって、これは正直に答えていいものか判断に困る。
だが、悩んでいるおれを気にせず、目の前でじっとこちらを見る彼女は、先を促すようにおれの返答を待っている。
これは、答えないといけないのか ? そう、だよな、面接だし、答えないと、コミュニケーション能力に難アリだと思われてしまう。
よしここは無難にどうにかごまかす方向で──
「ダークエルフですかね ? 」
──無理でした。 そして、終わった。
視線に負けて、正直に答えたおれの頭の中は、〝やってしまった〟のひとことに尽きた。正直、ドッキリ大成功の看板は出てこないのかなと期待したが、いっこうに出る気配はない。
会社の面接でおれが面接官だったら、おれを見て〝ダークエルフです〟なんて答えるやつを採用するわけない。
現実逃避をしたいが、それをするわけにいかない。
おれって、ゲームと現実が区別つかなくなるくらい疲れているのか、帰りに絶対病院に行こう、そうしよう、絶対。
このさい、精神科だろうが眼科だろうが脳外科だろうがすべてひっくるめて、精密検査を受けるのもありかなと思う。さぁ、面接終了のお知らせをおれに聞かせておくれ。
冷や汗全開、愛想笑いをキープしながら、宣告を待ち受ける。
「合格です」
「へ ? 」
いいかげん間抜けヅラをさらすのはよせと言いたくなるが、ここまで予想を裏切られ続けたおれに、表情を取り繕うことなんてできない。
「今、なんと ? 」
「合格だと言ったのです」
どうやら、〝お帰りください〟と聞き間違えたわけではないらしい。
おれが聞き返しているあいだもスエラさんは淡々とおれが用意した書類を流し読んでいる。
「え ? でも、面接は ? 」
質問ひとつで決まる面接など聞いたことがない。
しかも、〝わたしの姿はどう見えますか〟って社会人なめてるのかって質問だ。
「魔法であなたの記憶を読ませてもらいました。表層のみですが、人格的には問題ありませんし、不祥事を起こした経歴もありません。武道の経験もある」
なにより、と彼女はメガネの位置を人差し指でなおし、言葉を重ねる。
「魔力適性があります」
ああ、魔法なら仕方ないなぁ、すげぇ、頭のなか読まれたのか、それなら納得できるかな ? そうか、それにおれにも魔力があるのかぁ、やばい、いろいろあって混乱してきたぞ……って。
「魔力!? 」
「はい、魔力です」
おれ、童貞じゃないんだけど、なんて言葉がとっさに浮かんだが、頭を振って追い出す。まさかのこの面接は大魔法が特技じゃないといけない面接だったとは!
「魔力って、あの魔法を使う ? 」
「はい、その源の魔力です」
そう言って、スエラさんは軽い動作で指先に炎を灯してくれる。
「おれ、生まれて二十八年たちますけど、魔法なんて使ったことありませんよ ? 」
「正確には魔力適性、要は魔力を受け入れられる器があるということです」
「……すみません、話についていけないんですが」
「大丈夫です。今まで合格を出した人の大半は、あなたのような反応でしたよ」それは、ちょっと安心できる。
どうやら、現状は異常だが、おれと同じ反応をしてくれる人がいる程度には、おれの考えは正常らしい。
ダークエルフの受付嬢に、手品のような魔法、いっきに終了した面接、急展開すぎておれの思考はついていけない。
「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着いてください」
たとえいま飲んでいるコーヒーが毒入りでも、混乱している今のおれではその言葉には逆らえなかっただろう。
促されるまま落ち着くためにコーヒーを飲む。ミルク少なめ砂糖は二杯、それがおれのコーヒーだ。
「では順を追って説明します」
ひと息つき、おれが落ち着き始めたのを見はからい、スエラさんはさっと手を振る仕草を見せた。
すると室内は暗くなり、おれの正面に新入社員のプレゼンのような画像が、スクリーンに映し出された。
「飲みながらでよろしいので、説明を聞いてください」
ダークエルフの教師、そんな場違いの考えを押し出す暇もなく、指し棒を片手に立ったスエラさんは、スライドショーで映る資料を説明する。
「まず、この募集の採用基準は魔力適性です。もちろん、先ほど話したとおり、魔法で記憶を読み取り採用基準に加えますが、多少の人格不良には目をつぶります」
もちろん注意は払いますが、と付け加えたスエラさんの指す先に映し出されているのは、デフォルメされた人体像だ。
「その主となる採用基準である魔力適性ですが、あくまで魔力に対して適性があるだけで、決して今のあなたに魔力があるわけではありません」
タンと小刻みな音とともに、人間のお腹付近をスエラさんはさす。当然そこには何も入っていないことを示すように空っぽだ。
「この世界、正確にはこの会社内を除いて、この世界には魔力というものは存在しません。なので、その魔力適性は本来魔力のない環境であれば自然と退化していくのですが、中に は退化せずに魔力を受け入れることが可能な体質を持つ人間が存在します」
それが魔力適性です、と紫色の波動のようなものが表示され、デフォルメされた人間が二人に増えると、魔力と思われる波動が染み渡っていく人間とすり抜ける人間にわかれる。
「魔力適性にはランクがあり、全十段階、数字が大きくなればなるほど適性が高いということになります。魔力適性の資質は生まれつきで、一生訓練しても変わることはありえないと言われています。例外はもちろんありますが、今はいいでしょう。そして正確な検査はこれからになりますが、次郎さまには最低でも合格基準である四程度の魔力適性はあるかと思われます」
「なんでわかるんですか ? 」
「まず第一にチラシを読めたこと。これは適性一程度の数値があれば読めるようになっており、適性がなければそもそも白紙にしか見えません。次に玄関の入口の結界。ここで二以下の適性者は中には入れず、また面接という記憶が曖昧になり、はじかれます」
あっさり記憶操作をできると宣言して、適性が低ければおれもそうなってた可能性があると言う彼女が怖くなった。
「そして、受付の姿がダークエルフに見えること。彼女たちは低級の隠蔽魔法を使って姿を変えています。まず間違いなくこの世界の人間では見きわめることはできません。ですが、魔力適性が三以上あれば見破ることができます。最後にわたしも似たような魔法を使っていますが、内容は一緒です。魔力適性が四ほどあれば本当の姿が見えます」
ここまでよろしいですか、と聞いてくれるスエラさんに、おれはおれの中でまとめた内容を確認することにする。
「えっと、すなわち、わたしに魔力をぶちこめば魔力が宿るのが魔力適性で、その宿る量がランクってことで、少なくともわたしは合格基準に達していた、ということですか ? 」
「そうです」
画像はデフォルメ画像からコップに変わり、水の量で魔力適性の基準を教えてくれる。
「それと安心してください。魔力適性によりますが、精神干渉系の魔法は魔力適性の上位のかたには効きづらく、また、現在魔力がゼロである次郎さまには身体的影響は出ません」
おれの恐怖を感じたのか、安心させるように微笑んで補足説明をしてくれる。それだけでおれは多少安心できる。美人って得だな。
「採用基準についてはよろしいでしょうか ? 」
「大丈夫です」
これがいかつい男性だったらまだ混乱していただろうが、男とは単純みたいで美人の前では見栄を張ってしまう。
だからといって、多少落ち着いてきたのも事実であるが。
「では、業務内容を説明させていただきます」
これからが本番だ。
聞いてきた話がファンタジーすぎるが、なによりも仕事内容が重要だ。前みたいなブラック企業はゴメンこうむりたい。
なので、さらに気合を入れて話を聞く体勢を取る。
「現在われわれ魔王軍は敵対している世界、イスアルと魔王城をつなぐ通路ダンジョンを制作し、全部で七つのダンジョンを作りました」
内容は完璧にファンタジーだが、プレゼン資料はしっかりと作られている。
世界の概要、ダンジョンの説明、そして写真資料が添付されている。
「イスアルとは、われわれ魔王軍と敵対している神々が構築している世界です。次郎さまの知識でいう剣と魔法の世界で、獣人やエルフといった亜人が存在します。われわれ魔王軍はこの世界に侵攻、領土拡大を目的として通路となるダンジョンを作成しました」
資料が本物なら、そしてこの話が映画とかのストーリーでなくて現実なら、彼女が話している内容はかなりやばいのでは ?
要は、異世界同士の戦争に巻きこまれそうになっているということだ。
しっかりと事前説明をしてくれているので、誠意は見えるが、それでも内容が内容のため、わずかにあった興奮も冷めて、正直尻ごみし始めている自分がいる。
「ですが、次郎さまに求めているのは、決して侵攻のために戦力になってほしいというわけではありません」
「え ? 」
おれの不安を察し、タイミングよくそれをぬぐうように話す彼女は、絶対プレゼンテーションがうまい。
「これはあとでくわしくご説明いたしますし、契約でも誓いますので、今はお話をお聞きください。われわれ魔王軍とイスアルとの攻防は、さかのぼること五千年ほど昔から繰り返されています。歴代の魔王さまはさまざまな方法をとって侵攻していますが、いずれもダンジョンを経由してからの侵攻になります。そして、このダンジョンは通路であると同時に砦でもあるのです」
さらに切り替わって表示されたのは塔のような画像だ。
「今代の魔王さまは非常に慎重なかたです。歴代の魔王さまが勇者と相打ちになるなか、攻めることより防衛という観点を非常に重く見られています」
それは、そうだろうな。
たいていのRPGはラスボスのいるダンジョンを攻略して、最深部にいるラスボスを倒すわけだ。モンスターを配置し罠を張るのは当然として、幹部級の中ボスを配置したり、迷路にしたり、通路に仕掛けを施したりもするだろう。
一直線の通路の何も考えていないダンジョンなんて、ただ攻略してくださいと言ってるようなものだ。
「七将軍のみなさまにダンジョンの制作を命じ、あとは世界との扉を開通する段階までこぎつけたのですが、再びイスアルとダンジョンをつなげても過去の二の舞になるだけであると魔王さまは考え、とある策を考えました」
「どんな ? 」
話し上手な彼女に、ついつい相槌をうってしまうおれ。しょうがないと思うが、ここまで現実離れした話になると、逆に最後まで聞きたいと思ってしまう。
「策を話す前に、少しそれますが、勇者の大半はこの地球という世界の出身です」
「……マジ ? 」
「事実です」
あれってフィクションの話じゃないのかよ。もしそれが事実って言うなら、拉致問題どころの話じゃないぞ。神隠しやアブダクションの正体は、異世界召喚だったのか
「そして、大半のダンジョンは勇者によって攻略されています」あれ、この流れってもしかして──
「魔王さまは考えました。勇者が攻略するなら、勇者が攻略できないダンジョンを作ればいいのでは、と」
なにそのマリーなんとかさん的な発想。
「それなら、最初から幹部級を入口に待機させれば ? 」
悪い予感と興奮が入り混じった感情に任せて、レベルの低いうちに勇者を倒す方法をおれはつい提示するが、スエラさんは残念そうに首を振る。
「詳細は機密ゆえ話せませんが、大まかに言えば、神々の影響でダンジョンの入口はどうしても魔王さまの力が弱まってしまいます。加えてわれわれの力も弱まるのです。侵攻して領土を確保し、魔王さまの影響を増やせば条件は変わるのですが、それには時間がかかります。そんな場所に貴重な戦力である将軍さまがたをお送りするわけにはいきません」
まぁ、ダンジョンをつなげても、すぐその場が侵攻してきた軍勢のものになるわけではないからな。魔力という謎物質をその場に広げて、ようやく陣地になるわけか……。
それまでの期間、どれくらいかかるかはわからないが、ダンジョン側は弱体した状態になり、向こうは強化された勇者が攻めこんでくるわけだ。これだけでも勝てる要素は減るな。
ファンタジー要素は入っているが、話の内容は納得はできる。
「ですので、まずはしっかりとした拠点を確保する必要があります。そしてそのためには、現状われわれにはない着眼点を持っている地球人のかたをダンジョンテスターとして招き 入れ、ダンジョンの改善強化を行ないたいのです」
話は見えた。

要点をまとめると、異世界の勇者は強く、魔王軍発想のダンジョンでは攻略される可能性が高い。なので、同じ強さを持つ異世界人を招き入れ、ダンジョンのダメな部分を指摘してもらい、改善強化するのだ。
「って、言われてもなぁ」
異世界とはいえ、これは明確な人間族への敵対だ。
すぐにわかりましたと返事をするには、いささか抵抗がある。
「要はダンジョンアタックをして、レポートを提出すればいいのですか ? 」
「そうなります。付け加えて、これは魔王軍の強化も兼ねています。さすがに七将軍以上のかたたちは参加いたしませんが、それ以下の魔族たちは全力であなたがたに襲いかかりますので、命の危険も当然あります。もちろん可能なかぎりサポートは、われわれダークエルフ族ほか魔王軍で行ないます」
仕事はいたってシンプル。だけど内容は命の危険を伴う完全なブラック企業だ。
あれ ? これって、仕事を承諾したら魔王軍とやらがいる世界に連れていかれるのでは ?
「これって、もし仮に仕事を受けたら、この世界からおさらばするパターンじゃぁ」
「いえ、ダンジョンにはこの会社から移動してもらいます」
「つながってるのかい !! 」
「なんのための会社ですか。それと勤務時間ですが、正社員は一日最低五時間の攻略を義務づけられますが、別に連続で五時間というわけでもなく、しっかりとレポートさえ提出してくれれば、小分けにしても構いません」
レポート内容が賞与に関わってきます、というスエラさんの説明に思わず脱力しそうになる。
まぁ、懸念事項である、〝異世界行きましたが帰れません〟ってパターンはないようだからよかった。
「契約魔法で社外口外禁止にしていただく必要がありますが、施設の見学もできますけど、いかがですか ? 」
「危険は ? 」
「わたしが同伴しますのでありません。ダンジョン内も見学できますし、魔族も襲ってきませんし、罠も発動しません。今後の対応の問題となりますので、見れるのはダンジョンの一階入口付近と、各衣食住施設、そして武器庫のみとなります」
「行きます」
危険がないならたとえ見れる箇所が限定されても行くべきだ。こんな経験は、二度とできないだろう。
もはや、現実にファンタジーが混じっていることなんてお構いなしだ。
「ではこちらに」
迷いなく立ち上がり、先導してくれるスエラさんのあとに続く。

最初に案内されたのは、七種類のダンジョンの一階につながる地下施設だった。
今は誰もいないが、ズラリと並ぶエレベーターのような扉、そこは監視カメラで監視されている以外は、体育館のような広さを誇るだだっ広い空間であった。
「ここは、ダンジョンへの入口です。次郎さまが正社員になられましたら、ここでパーティを組むか、ソロでダンジョンへと挑んでもらいます」
「あのエレベーターの扉みたいなのが入口ですか ? 」
「そうです、各扉がそれぞれ七将軍さまのダンジョンにつながり、一層ずつ攻略すれば、そのぶんだけ自由に階層が選択できます」
「へぇ、ということは、誰かについていって上の階層にも ? 」
「行けます。ですが、その場合ですと階層記録は行なわれません。あくまで自分の足で行けた場所だけ選ぶことができます。そして、これがダンジョンです」
迷いなく左端のダンジョンエレベーターに近づき、数字を打ちこみ扉を開く。
「うわぁ、これまたオーソドックスな」
「ここは、鬼王将軍のダンジョンです」
見た感じは完全な洞窟タイプのダンジョンだ。洞穴を広げて迷路にし、いかにもって感じだ。
「配置内容等は、研修のさいに教えますが、残念ながらこれ以上は採用が決まってからになります。ほかのダンジョンも見ますか ? 」
「お願いします」
「かしこまりました」
絶対に映画のセットとかではない、自然な雰囲気のダンジョンに圧倒されながら、興奮する気持ちを抑えられないまま、ほかの扉ものぞきこんでいく。
時には森であり、時にはレンガ造りであり、ホラー映画のようなステージもあり、断崖絶壁の渓谷のようなダンジョンもあった。
「合計七つのダンジョンになります」
「うん、これが本物じゃなかったら、今後の映画業界は安泰だと思います」どのダンジョンにも言えることだが、迫力が半端ない。
「そう言ってもらえるなら光栄です。続きまして寮に行きます」
「はい」
いまだ興奮が抜けないおれに微笑んで先導してくれるスエラさん。
営業スマイルだったとしても惚れてしまいそうなおれの心臓を抑え、あとについていく。
「寮は、関係者専用となっています。正社員、アルバイト問わず、関係者なら利用できる
ようになっています。ですが、関係者以外の立ち入りは原則できません。連れてこようとしても、結界によってはじかれます」
地球の警備会社が聞いたら泣きたくなるような警備体制だな。
「部屋は個室、もしくは、ルームシェアもできる二人部屋です。部屋代は個室のほうが高いです。料金に関しましては基本給料より天引き。電気、ガス、水道等のライフライン代金も同様です」
結界だけではなくしっかりとした現代科学のセキュリティが入った自動ドアを通り、見せてくれたのは一階の個室と二人部屋だ。
間取りは個室が1LDK、トイレと浴室付き。もちろんその二つは別個だ。二人部屋のほうは2LDK。設備は似たりよったりだ。
「ベッドと冷蔵庫、テレビ、洗濯機は備え付けています。あと、連絡事項用の携帯端末も貸与されます」
「インターネットは ? 」
「情報漏洩防止のため監視がつきますが、基本使えます。ですが、情報を漏洩した場合、それ相応の対処が行なわれるので覚えていてください」
「ぐ、具体的には ? 」
「最悪の場合は解雇はもちろんのこと、会社に関係する事象のすべての記憶の操作、それと漏れた先への対処のため、冗談だと思わせるための偽装工作です」
「徹底していますね」
「ここはわれわれにとって死地ですので」
「え ? 」
「わたしたちダークエルフは、魔族の中でも数少ない人間に近い姿をしています。そんなわたしたちはなんの備えもせず外に出ても死にはしませんが、それでも魔力のないこの世界は非常に息苦しく感じます。社内は問題ありませんが、社外に出れば常時貧血のような軽いめまいに襲われます」
なかには倒れ、命の危険におちいる場合もあるとスエラさんは語る。
「そんな世界で、この世界の国々にわれわれの存在を悟らせるわけにはいきません」
魔王軍は拠点以外動けず、向こうは包囲殲滅できる。
そして、ここは勇者誕生の地だ。敵対組織で社内に入ってきた人の中に、万が一勇者並みの適性を持ったものがいたら、弱っているスエラさんたちは無事ですむだろうか。
「それならどうして ? 」
身の危険を冒してまでここまでやるのか、と疑問をつい口に出してしまった。
「それほどわれわれ魔王軍が真剣だとお考えください」
今までも真剣であったが、今の彼女の表情はさらにも増して真剣に見える。
「無理を言っているのは承知しています。わたしもこの世界については調べました。この世界、特に日本という国は平和です。過去はともかく、今の人たちは争いとは無縁です。加えてあなたがたにとって、われわれの争いは蚊帳の外の出来事で無関係です。そんなかたがたに、高額とはいえ金で命をかけろと言っているのはおこがましいと思います」
彼女の真剣な言葉で興奮が冷めていくのがわかる。さっきまではしゃいでいた自分が恥ずかしい。
これは仕事で、彼女はお遊びでおれを勧誘しているわけではない。
「ですが、これだけは言わせてください。イスアルの連中は自身の都合を優先し、大義名分を振りかざして召喚という形でこの世界の人々を無理やり巻きこんでいますが、われわれは誠意を持ってお願いする立場にいます。立場がありますので情報漏洩を許すわけにはいきませんが、次郎さまの選択を尊重いたします。どうかそれだけはお忘れなきようにお願いします」
真摯に頭を下げるスエラさんの姿を見て、記憶操作やらダンジョンアタックなど恐ろし
いと思うことは多々あったが、騙されていると感じた箇所は今のところはない。
おれが気づかないだけかもしれないが、少なくともこの姿勢を見せる彼女は信じていいと思えるのは甘い判断だろうか。
「話がそれました。ほかの施設もご案内します」
ゆっくりと頭を上げる彼女を見て、そんなことを考えながら、彼女のあとをついていく。

それから見せてもらったのは、ほとんどのものが取り寄せ可能な売店、社員割引の効くファミレス顔負けの品数を誇る社員食堂、そして──
「銃刀法違反、どこにいった!」
「ここは治外法権ですので」
──ファンタジーお約束の鎧やら刀剣類だ。それが、棚にずらりと並ぶ。
竹刀とか木刀程度しか触ったことのないおれにとって、本物の武器とは恐ろしくもあり圧巻でもあった。
「ここにあるのはすべて、鉄製の武器や革鎧など初心者向けの装備ばかりですね。ほかにも次郎さまの想像するような魔剣なども存在しますが、危険なので別の場所に保管しています」
「へぇ、そうなんですか、ちなみに銃はないんですか ? 」
「次郎さま、われわれの世界、ひいては魔王さまの影響下にあるダンジョンで、銃などただの豆鉄砲ですよ ? 小鬼ならともかく、それ以上になると痣を作れればいいほうです」
異世界無双のお約束である銃の有無を確認したら、〝ファンタジーなめるなよ、現代〟
と暗に言われたような気がするのは、おれの気のせいだろうか。
魔銃とか憧れていたが、すなおに魔力這わせて剣で切ったほうが早いとスエラさんは言う。
「研修のさいに初期装備は支給します。ですが、あくまでそれは最低限の装備です。それ以後の装備に関しましては、基本こちらで用意した店で購入していただくか、素材を調達して社内にいる巨 人に依頼し作ってもらうかの二択です。もちろん、どちらも社員割引での価格になります」
「ジャイアント ? 」
「ドワーフのダークエルフのような存在だと思ってください。体躯は大きいですが非常に器用で、鍛冶が得意な種族です。選抜はしていますが、非常に血の気が多い種族なので気をつけてください」
お金かかるのか、と、そして日本円で買えるのか異世界装備、と疑問に思う部分は多々あるが、これで施設の説明をひととおり聞いたことになる。
会議室に戻ってきたおれは、最後に給与面と休日、そして規約について説明を受けるが、これはたいしたことはない。
おれが守る規約は、ダンジョン攻略の義務、週一の中間報告書、月一の月末報告書の提出義務、あとは社外への情報公開の禁止だ。
そして魔王軍は、おれたちを異世界の戦争には強制参加させない。医療福祉を絶やさない。
ほかはおれのいた会社とあまり大差なかった。
社員旅行はどこに行くのだろうと疑問に思ったのだが、触れないでおいた。正社員の給与は、基本給三十万+危険手当+歩合制だ。
基本給は言わずもがな、危険手当は月の給与の二割、そして歩合制とは──
「魔族または魔物を倒したさいの素材は、武器防具にする素材及び保管する素材を除き、こちらで買取ります」
「というと ? 」
「魔族を倒せば倒すほど、価値ある部位をこちらで買取り、現金で支払われます」買取りごとにレシートのようなものももらえるらしい。
しかしそれって──
「それって魔王軍に恨まれません ? 」
「軍全体には通達ずみです。そして、われわれ魔王軍は弱肉強食、弱い者は淘汰されます」
あとはわかりますね、と恨みを気にする必要はないようだが、非常にシビアな魔王軍事情におれの給料が関わっていると思うと、なんとも言えない。
少なくとも努力すればするほど上限なく給料が増えることが約束されているのは確かではあるが。
「休みに関しては週休二日ですが、正確には月八日に加え祝日になります。テスターの体調に合わせ、各パーティあるいは各個人でスケジュールを組んでもらうことになります」
最悪八日休んで、あとは一カ月ぶっ通しで働くというのも可能ということだ。
「ほかにも有給を年に二十日間用意します。体調不良に合わせ、各種保険も用意しています」
そして最後に、とスエラさんは契約書のほかにもうひとつ書類を取り出す。
「同意書です。この仕事は非常に危険です。それこそ命の危険につながるほどに。こちらもできるかぎり命の保証をいたしますが、過度の期待はなさらぬようお願いします。死にかけや明らかに戦闘のできない状態でしたら、魔王軍側も助けてくれる可能性はありますが、基本敵だと思ってください。われわれもあなたがたを敵だと思い襲いかかります」
これで説明は終えたのだろう。
スエラさんは、何か質問はございますか、と聞いてくる。
「もし、おれがこの仕事を断ったら ? 」
「記憶の操作はありませんが、情報漏洩防止のため、ここでの内容の口外を封じる措置と、記録する行動を封じる措置をとらせてもらいます。それが嫌でしたら、今日の記憶のみを別の内容に変えることも可能です」
「そうかぁ」
怒濤の展開に、もはや体面を繕うのにも疲れて、椅子にもたれかかる。
「一服、していいですか ? 」
今のおれには考える時間が必要だと思って言った言葉だが──
「どうぞ」
──まさか目の前に灰皿が差し出されるとは思わなかった。
「普通なら、姿勢を崩した段階でお帰りくださいになると思うのですが ? 」
ここまできたのだから、もうどうとでもなれ、だ。たとえそれでこの話がなくなっても仕方ない。遠慮なくタバコに火をつけて深く吸いこむ。
「イスアルの連中に比べれば、こちらのかたがたは礼儀正しく可愛いものです」
「そうですか……」
と、軽く答えているが、頭の中はごちゃごちゃだ。いろいろな要素が複雑に入り乱れて、受けるか受けないかの判断がつかない。
「スエラさん」
「はい」
「なんで、魔王軍は戦争しているの ? 」
「…‥帰りたいからです」
「帰りたい ? 」
なにか判断材料を、と思って聞いた質問で、てっきり利権やらなにやらの話が出てくる
と思ったがまたもや予想を覆された。
「もう、五千年も昔になります。今ではすっかり魔王軍という名前が定着していますが、われわれ魔王軍は、もとはイスアルの出身だったのですよ ? 」
スエラさんが語ったのは、魔王軍なら誰もが知るおとぎ話だという。
太陽を司る神と月を司る神、これらは兄弟で、仲は良くもなく悪くもなく、その眷属たちも似たようなものだったという。
だが、災いというのはいきなり訪れるという。
ちょっとした小火で広がる争いという名の種は、あちこちで芽を出し、やがて戦争という大輪を咲かす。
「わたしたちの主神ルイーネさまは、滅びそうになったわれらの祖先を、その身を犠牲にして、ひとつの大陸ごと別の世界に隔離し匿ってくれたのです」
それが魔王軍の根源。
「一度距離を置きそれから元に戻そうと、はじめは対話によって和睦を求めたみたいですが、できた溝はそう簡単には埋まらず。時間がたつにつれ話は歪み、ルイーネさまは邪神とされ、われわれは夜の眷属から闇の眷属へ」
月の神ルイーネは、その大陸とイスアルをつなぐ術を与え、スエラさんたちの祖先はかくして〝 道 〟を作った。
それが、ダンジョンの始まり。
「あとは泥沼です」
戦って、戦って、戦って、戦って、たがいの意見を通すためにただひたすら戦って、その中でイスアル側に異世界召換という魔法が生まれ、魔王と異世界から召喚された勇者の戦いの決着が終戦の鐘になり始めたのは二千年も前の話らしい。
「はるか昔のことはわたしたちには関係ないかもしれません。今のわたしには、あの月明かりしかない大陸が生まれ故郷で居場所なのです。ですが、それでも感じてしまうのです」
わたしたちには故郷があるのだと。
「求めてやまないのです。古里に帰り、そこで生き、風を感じ、匂いを感じ、温もりを感じ、そこで果てる。魔王軍でこれを求めない部族はいません」
その思いが一番強い部族の長が魔王になるとのことらしい。
「なんというか、スケールのでかい話だなぁ」
タバコは吸わずに大半が灰になっていた。どうやらスエラさんの話に聞き入ってしまったらしい。
灰皿に押しつけ火を消す。
「正直言えば、おれにその感情は理解できないし、それが真実だと判断できない」天秤は確かに傾いた。
「そもそも、この会社自体がとんでもないドッキリじゃないかと、今でも疑っている部分がある」
よくよく考えれば、昔のおれはここまで細かいことを考える性格ではなかったはずだ。
心に従い欲望を抑えず、ただ我武者羅だった。それが、歳くって、いちいち理屈こねくりまわして、リスクを計算するようになった。
「あと二年もすれば三十だし、もう無理は利かないし、三十を超えれば就職にも響く。こんな危険でいっぱいな仕事なんて、本当だったら即答で断らないといけないんだと判断できる程度には怖いと思っている」
そもそも体が無茶できるものではない。死んでしまったらこの先の人生を棒に振るようなものだ。
「だけどな、これでも体育会系の剣道部出身だ。根性はあるつもりだ」
でもな、おもしろいと思ってしまったんだ。もう一度我武者羅に走りたいと思ったんだ。
「そんなおれを」
ブラック企業で鍛え上げた為せば成るのではという開きなおり根性のもと、たまには何も考えずに、夢中になるのも悪くないと思ってしまったんだ。
「雇ってくれるかい ? 」
「田中次郎さま、われわれ魔王軍はあなたさまを歓迎いたします」

田中次郎、二十八歳独身、彼女いない歴七年、そして──ダンジョンテスターになりました。


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