第1話

文字数 1,331文字

 むかしむかし、ある小さな村に、美しい娘が住んでいました。気立てが優しくて、よく笑い、よく人を笑わせたので、村人たちはみんな彼女のことが大好きでした。
 ある日のことです。いっぴきのさかなが、娘の家にやってきました。肘から指のさきまでくらいの大きさの、すらりと美しい魚でした。光の具合で、みどり色にも、青色にも、はたまた黄金きん色にも見えました。
「もしもしお嬢さん。雨の神さまの娘さん。どうかわたしを食べてください」
 娘はびっくりして言いました。
「まあお魚さん。どうしてあなたを食べるなんてできるでしょう。あなたはこんなに美しくて、優しい声をしていらっしゃるのに」
 するとさかなはこう申しました。
「あなたが食べてくださらなくては、わたくしはどなたの血にも肉にもならずに、むなしく死ぬのです」
 そして魚は、その場で死んでしまったのです。
 娘は悲しみました。せめて魚のさいごの願いを叶えてやろうと、彼女は美しい魚を焼いて食べました。食べ終えると、娘はぱたりと倒れてしまいました。
 ところへひとりの若者がやってきて、娘が床に倒れているのを見つけました。彼は驚き慌てて、娘を寝床にそっと横たえました。娘は高い熱を出して、ひどくうなされていました。若者は胸を潰されるような心地がしました。彼は、いつも穏やかで優しい娘のことが好きだったのです。
 娘はそれから三日三晩熱にうなされ続けました。彼女のもとにはひっきりなしに見舞い客が訪れました。
「娘さん、早く元気になってね」
「あなたの笑い声がないと、毎日が味気なくてねえ」
「僕が風邪をひいたとき、たくさん楽しい話をしてくれたんだ」
 どの声も、娘には聞こえていないようでした。
 そうして四日目の朝、娘はぱっちりと目を開きました。その美しい透明な瞳は、どこか遠くを見ていました。
「気分はどうだい」
 若者は心配そうに尋ねました。
「喉が痛いの」
 娘は言いました。
「お魚さんの骨は、きっと純金だったのね。喉に詰まっているの。硬くて、今にも喉を食い破って飛び出してくるわ」
 若者は胸を痛めました。可哀想に、この女ひとはきっと、熱でぼうっとしているのに違いないと思ったのです。
「大丈夫だよ。きっとすぐにもと通りに治るからね」
「もと通りになんて、ならない」
 娘は急にさめざめと泣き始めました。
「私の喉を掻き切って、詰まっているものを取ってください」
 若者は肝を潰して叫びました。
「ぼくたちのたいせつなひと、なんてことを言うんだい!」
「取ってくれなくては、わたしはむなしく死ぬんだわ」
 娘が烈しく言った瞬間、彼女の喉から黄金きん色に輝く小さなものが飛び出してきました。それは胡桃のようにかたい黄金きんの小鳥でした。それが家じゅうをもの凄い勢いで飛び回るのを、若者は呆然として見つめました。
 娘は小鳥を見て、急に愉快そうに笑いました。彼女は病気が嘘のようにぴょんと寝床から立ち上がると、こう言いました。
「甘ったれのくそったれ、あんたたちは一生ここで腐ってるが良いわ。可哀想な、あわれなひとたちね!」
 娘はからからと笑うと、黄金きんの小鳥とともに、踊るように家を出て行きました。
 嵐のように村を去った美しい娘は、二度と再び姿を見せませんでした。


おしまい
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