第2話 Eden(プロローグ・後編)

文字数 6,660文字

星はもっと美しいはずだ。
いや、そうではなくて。ここは空から遠い場所だからそう思うのかも知れない。
子供の頃に登った、この国の一番高い山の頂で、まだ暗い明け方に見上げた空。
そこに瞬く無数の星は、息を呑むほど美しかった記憶がある。



何も人生が終わったわけではないのだが。
どうしてこういう時、人は海を見たくなるのだろうか。
いや、みんながみんなそういうこともないのだろうけれど、少なくとも私はそうだった。
夕暮れに独り港に佇んで、なんというか…しんみり落ち込みたかったのよね。
だけど、タクシーに乗って、海に行ってと言っただけなのに、タクシーの運ちゃんに怪訝な目で見られて、焼き芋を奢られて、よくわからない身の上話を聞かされた挙句にはげまされて。
その後偶然見つけた、季節外れのお祭りをしている港の近くにおろされた。
なんなんだ。

私の名前はトワ。
永遠と書いてトワと読むの?といわれるけれど、なんか全然違ってて。
トワイライト。黄昏時に生まれたからだって聞いた気がする。
黄昏って、盛りを過ぎ、勢いが衰える頃の意にも使う。
明るい未来を想像できない。
そう言ったら
「逢魔時と言われるだけあるし出逢いもあるよ!」
ですと。何と出会うのよ。
怖いから。
全く。親のセンスを疑うね。

そんなこんなで海岸に着いた頃には辺りは暗く、空にはお星様がキラキラしていたわけなのだ。神々の黄昏、ラグナロクからの真っ暗な海(意味無し)。
これで天気が悪かったらホントに死にたくなっていたかも知れない。
遠くでお祭りの太鼓や笛の音が聞こえる。
ああ、でももう死んだも同然かも。
来たついでに死んでみるか?
だからといってまだ海は冷たそうだし、水で死ぬのは苦しいっていうし、死んで楽になる確証はないし、そもそもほんとに死んだら腐るし。
醜いではないか。
どうにかこのまま星になる方法とかないものか。
いや、星にならなくてもいいんだけれど、此処じゃない何処かに行きたいというか、行くべきだと思うというか。
…なんて。
それも人様の迷惑になるだろうなぁ。
しがらみってヤツは面倒なもんだ。
夢の国の住人は、夢を見続けてさえいればいつかは叶うというけれど、時は有限なのである。
ずっと昏睡していれば、白馬の王子がやって来るというのか?
いや、王子じゃないのだ。そんなものがやって来ても夢は叶わない。
これって所謂「逃げ」なのか。
遠くでサイレンが鳴る。
今何時なんだろう。
と、港の方向を見ると
むむ?
誰かいる?
目を凝らすと暗い防波堤に人影…女の子?がゆっくり歩いてないか⁈
なんかやばい!明日の新聞に載ったりしたら寝覚が悪いし!
でもいきなり声をかけて飛び込まれたら困るし!
とりあえずあそこまで行ってとめよう!
早足で駆け寄る。
とめよう!とめよう!とめ…
…様子が、そういう感じじゃないみたい。
踊ってるのか?これ。
なんか鼻歌みたいなのも聴こえてるし。
ほっといていいやつですか?
焦って来たのに拍子抜けだわ。
ん?何か言ってる?

「あーん!お腹すいたよぅ〜」



私たちは先程のお祭りに参加していた。
私たち、つまり先程の女の子と一緒にだ。
何故か私が奢る形で、たこ焼きとか綿飴とか食べている。
私としてはけっこう勇気を出して
彼女にさっき何をしていたのか聞いたんだけどよくわからない。
日本人離れした雰囲気で…いや、見た目は純日本人の女の子なんだけど。
私、彼女と何処かで逢った?
アイドルかなんか?テレビとかネットとかで…?
その彼女は鼻の頭に綿飴をくっつけながら言った。
「海岸に佇んでセンチメートルになりたかったの。」
ん?
センチメートルって言うんだよね?(違う)って、面白くて言ってるわけじゃなさそうだな。
なんなのこの子。
と思いつつ。
もしかして私と同じ感じで海を見に来たかったのかな?
彼女は、たこ焼きも綿飴も、知ってるけど食べたことがなかったという。
浮世離れしたお嬢様とかだったりして。
アレは何?と指を指された先にはレインボーアイスがあった。
カラフルなアイスだけど食べてみる?と聞くとソフトクリームの方が好きだからいらないそうだ。
ソフトクリームは食べたことあるんだ?
私もバニラ味が好きだなぁ。
ちょっとだけ話が合った笑。
彼女の周りには「のほほん」という文字が見える気がする。
そして、彼女について彼女に聞く前にどうもいろいろなことを想像してしまう私。
先入観を持たずに他人と接するのは難しいものだ。
この辺の子なのかと聞くと、この辺という範囲がわからないので答えられないという。
…ニュアンスでわかってよ。何処から来たのかってことよ。
何歳なのか?どこの学校に通ってるのか?挙句に親は何をしてる人なんだとか、根掘り葉掘り聞くオヤジのようになってしまい自己嫌悪。
なにより人には事情がある。
この子も何かあって家出でもして来たのかもしれない。
いろいろ聞いちゃってゴメン。
と言ったものの、結局何も答えてもらってない。
年齢は私と同じくらいに見えるんだけど。
「ねえ?名前くらい教えてくれる?私はトワ」
「トワ?troir?トワって呼べばいいのね?」
いいよ。他に呼びようもないし笑笑というと彼女はネコの鳴き真似をした。
…おーい。
もしかして…交番のお巡りさんの所に連れて行った方がいいパターンだった??
頭の中に「いぬのおまわりさん」の歌が流れてきたし。
「あたしはニャー。ニャーよ。ニャーと呼んで」


…違いました。
ゴメン!!だってそう聞こえたんだもん!
『ニア』でした。
だけど話から推測すると、どうやら彼女は迷子になってるみたい。
こりゃホントに交番行きかと思ったのだけど、人生の迷子になってる私は他人事じゃない。
…そうなんですよ。
多分私は迷子になっているんです。
でもとりあえずそれは置いといて。
本物の迷子の彼女をなんとかしなくては。
いろいろ聞いていくと一緒に来た男の子もいるそうで。
相変わらず要領を得ないけれどお兄さんか弟さんか誰からしい。
何処から来たのかについてははぐらかされて。
何処に行くのかと聞くと、とりあえずここに来たけど決めてないとか何とか。
むむむ。やっぱり交番に連れて行こうかな。
男の子も探さなくていいのか?
「あ…ねえトワ?ヨーヨーって?」
ん?
ニアが、すれ違った何処かのお父さんに肩車されている子供を見ている。
その子供の手には水風船、ヨーヨーがあった。
あれのことだよというと、ニアはヨーヨーが欲しいみたいだった。
しょうがないなあ。
あれって釣るんだっけ?やったことないんだよな。
金魚すくいなら得意なんだけど最近やってないし。
奥の方では盆踊りが始まっているようだ。


ヨーヨーをパシャパシャ弾きながら
ニアがポツリという。
「楽しいねぇ?」
ん?なにが楽しいんだろう?
これで楽しいのか?まあそれはいいんだけど。
何か私は他人の気持ちに寄り添うことができないのかもしれない。

ふと港の方向を見る。
街の灯りの中にいると遠くの海が暗いのがよくわからない。
私はそれが不安だ。
逆に暗い中にいると、周りがだんだん見えるようになってくる。
(棒細胞が機能してくるからだって習ったのを覚えている)
自分はその見える所にいるのが安心なのだが、明るい所にいたい気持ちもある。
お前の悩みは細かくてわからないよ!と言われたということは共感されにくいマイノリティだということか。逆に大きな悩みは当たり前過ぎて、周囲にまとわりついているのに自分の気持ちから遠いのだ。というか一見危機感に気づいていないのと同じなわけだ。
さらに彼女は言う。
「ここは天国みたいだねぇ?」
え?
えええ⁉︎
また高速でいろんな思いが頭をよぎる。
この状況を天国と言うとは、どんな生活をしていたのか。
そんなに過酷だったのか?それともそんなにつまらない日々だったのか?
てか、天国じゃないから!
あ、まさか歩行者「天国」って書いてあった?
紛らわしすぎるー!
さらに続けて彼女
「あたし天国に行きたかったの。そこにお父さんがいるんじゃないかって思うの」
は?なんですと⁈
何なの?その怖い発想は!やめてくれー!!
お、お父さんってしんじゃったの?と聞いてみたら、それはわからないって。
いかん。
あまり深く突っ込むとドツボにハマりそうだ。
しばらくモゴモゴしてたらニアに突っ込まれた。
「ねえ、もう聞きたいことないの?あたしがきいていい?」
そうか。
私ばかりがいろいろ聞いて失礼しました。
でも彼女が聞きたいのは私の事ではなく。
要約すると。
どうして生物は増えようとするのかとか(そうか?)、言葉があるのに駆使しないのかとか(したいものです。はい。)、自分の意思で変えたいものを変えるのはなぜかとか(そ、そうかなぁ?)…。
あれですか?
永遠のテーマみたいなことがそれこそ永遠に出てくるんですけど。
何なのこの子。
人の価値観とかによるんじゃないか?みたいなことしか言えず、答えなんて出せないという答えしか思いつかず。その話は何処に行き着くんですかと考えていた。
向こうの方で発情期のネコが鳴いてうるさい。




気がつくと。

もうとっくにお祭りも、その片付けも終わったようで街は静かだ。
そろそろ帰らないとシンデレラタイムになってしまう。
無駄話になってしまいゴメンね。
でもニアは答えを求めているわけじゃないのだそうな。
ひとりで考えるより誰かと考えることが大事なんだと。
それだけで悩みというのは軽くなると。
そういえば言えばそうかも。
てか悩んでたわけじゃないけど。
そもそも誰かと繋がって広がるのが楽しいそうで。
…そういうものなのかね?
「人は多い方が楽しいよ!」
それは賛成しかねるなぁ。
ん?まてよ?
人生の終焉にみんなで天国を目指したら、最終的にラッシュアワーじゃないか。
それはむしろ地獄でしょ!
私はどうせココロがせまいのよー!
「そうか〜でも地獄にひとりって辛いよねぇ?」
ぽそっとニアが呟いた。
うーむ。ラッシュの地獄にひとりという状況か…よくわかんない。
ニアは一緒にいた方がいい?と聞くけれど、それは痴漢に遭ったりしたら心強いでしょ?ということらしい。
それもいいや。むしろニアのことが心配になってしまう。
ニアは天国に居なよ?
って。
私たちは何を話してるのやら。
疲れた。いい加減帰らなきゃ。もう寝る時間だよ。
ワオーン…
何処かで犬が遠吠えしてるし。
ああ完璧に夜だよ。
「明けない夜は無いっていうじゃない?」
うん?
「別に明けなくてもいいのよ」
うん、明ける前に寝なくちゃな。
「大体その言い方だと夜が悪いみたいだよねぇ?」
いや、それは比喩表現というか…。
…うん。でもまあ、そうか。
確かに夜はそんな感じだな。
だけど、夜があるから星は輝くんだもんね。
と言ったらニアがそれだ!と。
瞳をキラキラさせて飛び付いてきた。
(かわいい…)
何がそんなに嬉しいのやら。
「ずっと夜で良いのにねえ?」
ん?
なにそれ。
朝日が怖い系?
もしかして貴女、吸血鬼とかなのでしょうか???
コレはやばい状態なのでしょうか〜⁈
せめてかわいい蚊の妖精くらいであってください〜!
(え?蚊が出るのはまだ早い?) 
とにかくこの子が、その辺にいる子じゃないのは一緒にいると感じるんですよ〜!!
なんかオーラが出てるんですよ〜っ!
ん?…別にいいのか。
だからって問題はないではないか。

いや、まてよ?
ある。あるじゃないですか。
ずっと夜だと光合成ができない!(そっちか)
植物が育たないと食物連鎖の頂点の食べるものが無くなる!たこ焼きも綿飴もソフトクリームも食べられないなんて、それは全然天国じゃないし!
むしろ地獄かも。
あら。私の価値観って簡単だな。
「でもね、気がつかなければ、わからなければ問題ないのよね?」
うむ。それも一理ある。
果たして知ることは幸せなのか。
知らなくていいことを知る場合もあるからなぁ。
「だけど…ねえ?ホントに知らなくていいと思う?」
うぐぐ…そ、それは…。
ソフトクリームを食べられない地獄にいる自分を想像してみる。
いや、でもその存在を知らないんだよ?
ふとみあげると空には月や星がシュルンと光っている。
アイスキャンディーや金平糖みたいに甘いかも?
いや、とてつもなく美味しいのかも。
ただ私が知らないだけなのかもしれない。
もしその味を知っていたなら食べたいと思うだろうな。
諦められない美味しさだったらどうしたらいいのか?
忘れられるものなのか?
うーむうーむ。

さっきからどこかでニャーニャー盛りのついたネコがうるさい。
もしくはその辺にネズミでもいるのかな。
野良でも、美味しくなくても食べるものがあるだけ幸せなのかも知れない。
自由があることを不幸だとは思わない。
それは幸せを知っているのか?何も知らずに幸せなのは不幸なのか?
いや、別に幸せを求めなくても良いじゃないか?
…そうなのかな?
夢は見続けていればいつかは叶う。
というのは夢の国の住人だ。
明日があるという夢を見続ける。
それはCOMA(コーマ)だ。人類は眠っているのかもしれないし。
しかし目覚めなければいけないはずなのだっ!
隣でパチパチと音がした。
ん?
焚き火の音に似ているそれは、ニアの拍手だった。
拍手?
あ、なんか思ってることがそのまま口から出ていたらしい。
演説すな私!恥!
「ネズミは美味しいのかしらねぇ?」
は?どうしてそうなる!ニア!食べちゃダメよ!
この子マジで食べかねないし!
と、彼女を見ると
そのまま防波堤に向かって走って行く。
その背後に何かが見えた。 

なにあれ?
イメージは…そう「死神?」
ヤバい!
脳内をよぎったストーリーは、彼女のお父さん!
ここはやっぱり彼女の言う天国で!何かわからないけど怖い状況になってるのかも⁈
ドラマの見過ぎかも知れないけどーーーっ!
言っておくけど私は足は早いのよ!
でもニアに追いつくのは難しくて先端に追い詰める形になってしまった。
彼女は振り向いて
「トワ、あたし行かなきゃ。呼ばれた!」
ぎゃー!こわいこわい!そーゆーのホントやめてー!!
何でそんな防波堤の端っこでそんなこと言うの⁈
もっとこっちで主張して!
そこから飛び込むとか言わないでよ⁈
「そろそろかえらなきゃね?」
脳内に夕方のチャイムというか音楽が流れて来た。やめて〜!
私は想像力もあるのよ〜っ!
なんでこういう旋律ってこわいのよ〜!!
そもそも帰るって、何処に?何処から来たのかわかってたの?何?わかるわけない?
てか絶対そこから飛び降りるつもりでしょ!
半分時間稼ぎに問いかけながら、そっと近づいて…
結局、ニアって誰なの?と。
ニアはニアだよって。そーゆーことじゃないよーっ!
ゆっくりと地面を蹴って(そう見えた)地上から足の離れたニアに飛びつくと、ニアの持っていたヨーヨーが割れて私の顔を直撃した。
目を開けると…真っ暗な水中が見えた気がして、そこには私たちを受け止めようとする死神?が見えた。死神って見た目怖くないかも。
…いや、違うな。あれだ。
ハクボノオウジサマ?(非常事態に何言ってるんだ私。やっぱりアレは死神かも)
何か喋ってる?…歌だ?
アイドルみたいで目の保養になるかもだけど、その眠くなる歌を歌うのやめて〜っ!
と目をつむって叫んだつもりだけど、声になっていたのかどうか。
薄目をあけると、周囲の重量のある黒いモヤがのしかかって来る。
ニアはまた逢おうね〜と相変わらずのほほんと言っていた気がする。
待って!そっち行くと死んじゃうよ!(と何となく思った)
あの世でまた逢おうなんて出来ないでしょ!
願望を言ってる場合じゃないでしょ!
何の確証を持って逢えると思うの!
脳が無くなったらこの想いは何処で保管されるの⁈
心だって身体が無くなったら何処にいくのよー!!
よーょーぉー…
…。




ドーン!ドーン!
はっ!と気がつくと
お祭りの喧騒の中、私は焼き芋の袋を持ってそこに立っていた。
花火があがっている。
夢?夢を見てた?
白昼夢…とは言わないか。
だけど一瞬寝ていた可能性は…ある?あるのか?
走馬灯がよぎった?…は死ぬ前に見る夢か?
夢の記憶は残っている。
彼女に逢ったことがあるような気がするのは夢で逢っていたのかもしれない。
…?
顔から水が垂れている?
水風船の水をかぶったから?
…ほんとに?現実だった?
何処に行っちゃったの?
天国…
天国って人生の最期にあるご褒美のような世界だと思ってたけど。
その先がないなら確かに天国とは言わないかも知れない。

ここは現実か夢の中か、判断の仕方が私にはわからない。
目を覚ますことが出来ないならそこは現実なのかな。
私は暗い海に向かって佇む。

やがて…朝の光で夜が白くなるだろう。
星が見えないけどあるように。
彼女も見えないけど何処かにいる気がした。


【プロローグ後編 END】
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