雪友

文字数 1,085文字

 はぁ、疲れた。明日のプレゼンの資料、ようやく作り終えた……ってもう深夜0時50分!? あと数時間でまた会社に来ないといけないのか。さっさと帰って寝よう。
 やっぱこの時間、外は寒い。雪も降ってやがる。俺が東京に来て初めて見るなぁ、雪。
 雪を見ると、俺は、あいつを思い出す。
 中学で出会った雪太(ゆきた)は今もどこかにいるのかなぁ。

 俺が雪太と出会ったのは中学2年生のとき。12月から3か月間、俺は北海道の中学校に通っていた。内気な性格で、父親の仕事の都合で頻繁に転校を繰り返していた俺には、親友どころか友達と呼べる人はいなかった。
 ある朝、雪の降り積もった慣れない通学路を歩いていると、どこからか、自分の名前を呼ぶ声がした。後ろを振り向くと、自分とは違う制服を着ている男の子が立っていた。
 なぜ俺の名前を知っているんだろう。
 そう思っていると、”yukimasa”とアルファベットの刺繍入りの見慣れたハンカチを彼が差し出した。
 こいつ、俺が落としたハンカチを拾ってくれたのか。
 彼は雪に太いと書く雪太(ゆきた)だと名乗った。
 驚いた。俺は雪に正しいで雪正(ゆきまさ)。俺と同じく名前に『雪』がついている人がいるとは。彼もそのことに気付いて「今日から雪友(ゆきとも)だね」と言ってくれた。こんなにもあっさり友達ができたのが初めてで嬉しかった。
 その日から、俺たちは一緒に学校に行くことになった。
 ところが、雪太には不思議なところが3つあった。
 1つ目は、彼の手が雪のようにものすごく冷たいこと。これは、彼からハンカチを返してもらうときに気づいた。
 2つ目は、彼がいつも俺の学校までついてくること。彼とは制服が違うから学校も違うはずなのに、いつも校門まで一緒についてきてくれた。
 そして3つ目は……。
 彼が俺の学校までついてきて、校門前で「また明日」と別れ、雪の降り積もる道を彼が走り去っていくとき、俺は気づいた。
 彼の不思議なところの3つ目は、彼が通る道に足跡がつかないこと。自分の足跡は、雪の上にしっかりと残っているのに。
 俺は、この3つのことは雪太には聞かなかった。聞いたらもう彼に会えなくなってしまうような気がしたから。
 結局、中学3年生になる前に俺はまた引っ越したから、彼が一体何者だったのかは未だにわからないが、雪太が俺の初めての親友であることに変わりはない。誰が何と言おうと俺たちは『雪友』だ。

 雪太と出会ったのはもう8年前か。俺は今、東京で働いているけど、雪太は何してるのかなぁ。
 また、会えるよな。
 俺は、ポケットから取り出した“yukimasa”の刺繍入りのハンカチを、そっと、足元に落としてみた。
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