第1話

文字数 2,159文字

私はね、ずっと娘の頭上高く飛んでいたんですよ。
そうするとね、いつでも彼女を見守れたんです。
あらゆる外敵から子供を守ることは
親としては当然でしたからね。
そして、親だからこそ、私には頑丈なプロペラが与えられたのですよ。

この国では親になるとプロペラがもらえるんです。母子手帳を見せて出生証明書をだせば誰でもです。
素晴らしい国です。
子供達は安心して暮らせます。
ヘリコプターペアレントという言葉がありますが、もしかしたら私達を総称して呼ぶのかもしれません。
父親もプロペラを持って、子供達を見守る光景は当たり前でした。
少しだけプロペラの音がうるさくて、時々娘の声が聞こえにくかったんですけどね。
昔はもっと聞こえていたんです。
娘の行動範囲が広がって、高く飛ばなくては見失いそうになるから、それも仕方ありませんでした。大学を卒業する頃は、いよいよ就職先と結婚相手を考えていく時期でした。彼女がどんな仕事をするか、どんな彼氏を作るかは、親として注意深く見守る必要がありました。思えばあの時が一番プロペラを使っていた時期かもしれないです。

父親のプロペラが近くを通ったのだとわかると、いつも喧嘩になってしまうのが悩みの種でした。彼のプロペラは少し負荷がかかりすぎていたようで、飛ぶのがとても遅かったのです。
原因は太りすぎだってことも苛立つ理由の一つでしたね。
たまにそうして父親に気をとられていると
娘を見失う時があったんです。
ダメな親でしたね。

その日もほんの少し目を離したら娘を見失い、急いで娘を見つけなくてはと、方向を変えたんです。そうしたら、フッと身体が落ちていくのを感じたんです。バーンという衝撃とともに。
何が起きたのかわかりませんでした。
ただ、それまでいた景色がサッと姿を消して、私は大きな木の枝にひっかかり、そのあとスルッとそこから落ちてしまい地面に叩きつけられてしまいました。

落ちた場所に、娘が立って、手には小石のようなものがたくさんありました。プロペラには小石のようなものが下から当たるのを確かに感じました。
まさか、娘が、、、と思いましたよ。

娘は泣いていました。

私は驚きました。娘はついさっきまで楽しそうにショッピングを楽しんでいたのですよ。

遠くて、表情までは見えませんでしたし、声もプロペラの音がうるさくて聞こえませんでしたけど。

地面に落ちた私を娘は助けようともしませんでした。彼女はただただ震えていました。私は泣いている娘の顔を久しぶりに近くで見ました。
いえ、娘の顔をこんなに近くで見たのはいつぶりだったのでしょう。いつも見ていたはずなのに、ずっとプロペラを使っていたから、私は娘の表情など見ていませんでした。
ずっとこの子の行動だけしか見てこなかった。
もはや、私には娘が何を考えているのかすらわからなくなっていました。

落ちたプロペラに、使用期限と注意事項が書いてありました。
使用期限は、子供が物事の良し悪しを概ね判断できるようになるまで。
注意事項は、使用頻度が高くなると、親子の関係が悪くなる場合があるので、様子を見ながら子供とよく話し合うこと。と、ありました。
私は、この小さな記載を全く見ることなく、気がつけばいつもプロペラを使ってしまっていました。
夫は体重増加であまりプロペラを使えていなかっけれど、私はずっと体重を維持してきたのです。私には夫よりもずっと親としての自負がありました。

娘は落ちたプロペラを踏み潰してこう言いました。

「会いたかったよ、お母さん。もっと近くで、話したかった。」

私は久しぶりに娘の声を聞きました。

ああ、久しぶりに聴いた声が悲しくて震えていて、私はどうしようもない絶望感に苛まれました。
私は娘の声すら忘れていました。

ずっと聞こえていたプロペラの音が耳元でしなくなって、変な違和感を感じました。

この世界は、こんなにも静かだったのですね。

空は、親たちのプロペラの音がぶつかり、騒々しくて、イライラし、子供達を探し回り追いかけ回すことで忙しい世界でした。

空の下は娘の声がよく聞こえました。

でも、地上で久しぶりに会うことになった娘は泣いていました。
ずっと遠くから見ていたせいか、娘が、気がつけばとても大きくなっていることに気が付きました。
娘は、もう小さな娘ではなかったのです。

私はプロペラを国に返すことにしました。
修理代金ももちろんちゃんとお支払いをしました。

地上に降りた生活は娘の顔がよく見えて、
声もよく聞こえるようになり、快適になりました。娘は次第に笑うようになりました。
私も背中が軽くなりましたよ。
新型プロペラでしたけど、今考えてみたら重かったんですね。
肩凝りもなくなって、イライラもなくなりました。更年期かと思ってましたが、あのプロペラのせいだったんですね。

え?
娘は今どこかって?

さあ、友達と食事ですって。
大丈夫ですよ。
あの子はもう。
あの子の顔見たら、親ならわかります。
いつの間にか、親の知らぬ間に
強くなりましたよ。私が空を飛んでいる間にね。

お茶でもどうですか?
おいしいお茶を入れましょうね。
娘が出かけているうちに、
私達はもう少し、おしゃべりを楽しみましょうよ。
えっと、あなたになんて聞かれてたんですっけ?
そうそう、なんで空を飛んでいたんですか?だったわね。
うふふ。
さあ、

なんでだったのかしらね。





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