第1話 殺し屋とのディナータイム
文字数 1,701文字
「ユキ・コダカさんをお願いします」
フリー・カメラマンである私のオフィス兼アパートに電話があったのは一週間前。
電話の向こうの相手は自分のことをプロのヒットマン、殺し屋だと告げた。
「当然、信じてくれないと思う。明日から数日新聞をチェックしてくれるかな。五十代の白人男性の遺体がハドソン河沿いの何処かで見つかる筈だ。じゃあ、また」
いたずら電話で片付けるのは簡単だった。
しかし、直感がそうではないことを教えてくれた。
二日後、沿岸警備隊の船が男性の水死体をチェルシーの埠頭近くで発見した。
午後遅く再び電話がかかってきた。
男はロイ・ブレイカーと名乗った。
私たちは夕食を一緒にすることを約束した。
性質の悪い冗談に騙されているなら、それはそれでいい。
もし、デートの相手が彼の言うとおり本当のヒットマンだったとしても、それはそれでいい。
少なくとも刺激ない日々を救うオアシスになるだろうから。
私はそう考えた。
レストランには約束の十五分前に着いた。店内に入るとすぐ向こうのテーブルで男性が立ち上がった。
あなただった。
電話で話した時の印象通り、まだ年若くて二十代半ば。
カジュアルな薄手のジャケットにジーンズ。大学を卒業してまもないIT企業に勤めている青年のような外見だった。椅子から立ち上がったまま、私が近づくのを礼儀正しく待っていた。それを見て微笑む中年のウエイターの顔に私は気づいた。
この好青年は自称ヒットマンなのよ、と彼に教えたらどうなるか?
相手の呆然とした顔を想像して少し笑ってしまった。
「何を笑っているのかな?」
私の突然のリアクションに、あなたは不思議そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい、思い出し笑い。失礼だったわね。どうして私が分かったの?」
二年前に出版された私の写真集をテーブルから持ち上げた。
ニューヨークに住む日系人をテーマにして撮ったものだった。私と同じような一世、そして二世、三世、四世。雑貨店主、ヘア・デザイナー、料理人、スポーツ選手。卒業制作のために着手したテーマをその後も追い続けた四年の歳月の結集だ。
あなたは本の裏表紙をめくった。
著者紹介の欄。ほんの少し若い私がカメラと少女を抱えていた。
三世のサラという名前の少女。バイオリンの演奏で将来を期待される逸材だった。この写真を撮ってから一年ほど後、急死した。自動車事故だった。
私はサラの笑い顔を改めて見つめた。
「座りませんか?」
「え?」
「立っていても何だから座ろう」
サラの写真に気を取られてしまったのだ。
後ろではウエイターがさしでがましくない程度の存在感で控えていた。彼にお店のお薦めを聞いて一通りのオーダーを終えた。
**********
ワインで乾杯した後、改めて店内を見渡した。
「良い店ね」
「うん、気に入っている。寛げるから。ところで・・・」
あなたは先程のサラと私の写真を指差した。
「この子は亡くなっているんじゃないか?」
飲みかけのワインを吐き出してしまうところだった。
「な、何故?」
「分かるんだよ」
悲痛に満ちた顔だった。
「死の影のようなものをね、その人の背後に感じるんだ。病気でも事故でも同じ。分かってしまうんだ」
気まずい沈黙がテーブルに落ちた。
「私と会いたかった理由は?」
「写真を撮ってくれないか?僕のポートレートを?」
「何故、私なの?」
「僕は写真のことなど何も知らない。だが、君に才能があるのは分かる。だから撮って欲しい。それで十分じゃないか?」
あなたは考えてみてくれと言った。
そして明日また電話をかけると。
**********
翌日、アルコールの抜けた醒めた頭で昨夜のことを考えた。
ロイはサラの死を言い当てた。
だが写真集には彼女の名前が書いてあった。
バイオリンの奏者だったことと一緒に。
図書館やインターネットで調べれば亡くなったことを知るのは難しくない。
理由は見当もつかないが、そんな風にインチキをした可能性はある。
ヒットマンという肩書きにしても完全に証明されたわけではない。
どうして?自分のことを印象づけるため?新手のナンパ作戦?
だが私は彼が嘘をついたとは思えなかった。
コーヒーを飲んでいると電話が鳴った。
私たちは撮影の場所と日時を決めた。
フリー・カメラマンである私のオフィス兼アパートに電話があったのは一週間前。
電話の向こうの相手は自分のことをプロのヒットマン、殺し屋だと告げた。
「当然、信じてくれないと思う。明日から数日新聞をチェックしてくれるかな。五十代の白人男性の遺体がハドソン河沿いの何処かで見つかる筈だ。じゃあ、また」
いたずら電話で片付けるのは簡単だった。
しかし、直感がそうではないことを教えてくれた。
二日後、沿岸警備隊の船が男性の水死体をチェルシーの埠頭近くで発見した。
午後遅く再び電話がかかってきた。
男はロイ・ブレイカーと名乗った。
私たちは夕食を一緒にすることを約束した。
性質の悪い冗談に騙されているなら、それはそれでいい。
もし、デートの相手が彼の言うとおり本当のヒットマンだったとしても、それはそれでいい。
少なくとも刺激ない日々を救うオアシスになるだろうから。
私はそう考えた。
レストランには約束の十五分前に着いた。店内に入るとすぐ向こうのテーブルで男性が立ち上がった。
あなただった。
電話で話した時の印象通り、まだ年若くて二十代半ば。
カジュアルな薄手のジャケットにジーンズ。大学を卒業してまもないIT企業に勤めている青年のような外見だった。椅子から立ち上がったまま、私が近づくのを礼儀正しく待っていた。それを見て微笑む中年のウエイターの顔に私は気づいた。
この好青年は自称ヒットマンなのよ、と彼に教えたらどうなるか?
相手の呆然とした顔を想像して少し笑ってしまった。
「何を笑っているのかな?」
私の突然のリアクションに、あなたは不思議そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい、思い出し笑い。失礼だったわね。どうして私が分かったの?」
二年前に出版された私の写真集をテーブルから持ち上げた。
ニューヨークに住む日系人をテーマにして撮ったものだった。私と同じような一世、そして二世、三世、四世。雑貨店主、ヘア・デザイナー、料理人、スポーツ選手。卒業制作のために着手したテーマをその後も追い続けた四年の歳月の結集だ。
あなたは本の裏表紙をめくった。
著者紹介の欄。ほんの少し若い私がカメラと少女を抱えていた。
三世のサラという名前の少女。バイオリンの演奏で将来を期待される逸材だった。この写真を撮ってから一年ほど後、急死した。自動車事故だった。
私はサラの笑い顔を改めて見つめた。
「座りませんか?」
「え?」
「立っていても何だから座ろう」
サラの写真に気を取られてしまったのだ。
後ろではウエイターがさしでがましくない程度の存在感で控えていた。彼にお店のお薦めを聞いて一通りのオーダーを終えた。
**********
ワインで乾杯した後、改めて店内を見渡した。
「良い店ね」
「うん、気に入っている。寛げるから。ところで・・・」
あなたは先程のサラと私の写真を指差した。
「この子は亡くなっているんじゃないか?」
飲みかけのワインを吐き出してしまうところだった。
「な、何故?」
「分かるんだよ」
悲痛に満ちた顔だった。
「死の影のようなものをね、その人の背後に感じるんだ。病気でも事故でも同じ。分かってしまうんだ」
気まずい沈黙がテーブルに落ちた。
「私と会いたかった理由は?」
「写真を撮ってくれないか?僕のポートレートを?」
「何故、私なの?」
「僕は写真のことなど何も知らない。だが、君に才能があるのは分かる。だから撮って欲しい。それで十分じゃないか?」
あなたは考えてみてくれと言った。
そして明日また電話をかけると。
**********
翌日、アルコールの抜けた醒めた頭で昨夜のことを考えた。
ロイはサラの死を言い当てた。
だが写真集には彼女の名前が書いてあった。
バイオリンの奏者だったことと一緒に。
図書館やインターネットで調べれば亡くなったことを知るのは難しくない。
理由は見当もつかないが、そんな風にインチキをした可能性はある。
ヒットマンという肩書きにしても完全に証明されたわけではない。
どうして?自分のことを印象づけるため?新手のナンパ作戦?
だが私は彼が嘘をついたとは思えなかった。
コーヒーを飲んでいると電話が鳴った。
私たちは撮影の場所と日時を決めた。