01-ダストヴィル
文字数 3,388文字
獣人族によって人類が滅んで数百年。更にその獣人族と、人類が残した軍事用グライアとの戦いが終戦を向かえてから百年と少しが経過した。戦後大量の汚染物質や廃棄物により、地上の生物は見なくなり、グライアは人類が残した地下都市、ダストヴィルをホームタウンとして新生活を始めた。
時々考えることがある。戦うために造られた僕たちは、今、生きていていいのだろうか。戦後目的を失った僕たち軍用グライアは皆新たな役割を持ち始める。修理をする者、地上を開拓する者、新たな生物を生み出そうと研究する者。……皆、自分たちの創造主である人類と同じような生き方を気づかぬうちになぞっていた。
「戻りました」
「おかえり、アルフレッド君」
ダストヴィルの一角。自分の仕事場である事務所へ帰宅すると、奥の部屋から聞き慣れない渋い声が小さく聴こえる。この事務所は僕と、もう一人のグライアが活動拠点としている。仕事の内容は、記憶の無くなったグライアのケアといったもの。記憶の欠落している時期の当事者の行動や、今後のアドバイスなどを僕ともう一人で行っていた。所謂"レトロオタク"の彼は、いつの時代のものだか分からないような声帯パーツを使っているせいで常に話し声にノイズが走る欠陥がある。
「……誰」
しかし、出迎えの言葉を発したのはノイズなど微塵もないクリアな音声。自分の患者? 空き巣? 軍用グライアを狙った事件が多発しているなんて噂もどこかで聞いたな。
――最近物騒なんですから。
二時間前に自分の発した言葉が脳裏をよぎり、咄嗟に腰の銃に手をかける。銃を所持しているのは軍用グライアのみだ。相手が軍用でない限り、少しのメモリ消費で倒すことができるだろう。
今日の大尉の話を忘れるのは不味いな。すぐにメモをしてから進むべきか、などと接敵後のことを考えながら銃を構える。だがもしものことがあった場合そんな暇は無いだろう。慎重に、奥へ繋がる扉に手をかける。意を決してドアノブを思い切り――
「待って待って待って!」
逆に扉を思い切り開けられ、引き戸は見事自分の身体を吹き飛ばした。
中から出てきたのは軍用の黒いローブに身を包み、身体本体も黒で塗装されたグライア。人間社会で言うならば、この人は僕の社長、といったところだろうか。
「レジナルドさん、また声帯取り替えたんですか」
「いいでしょ、渋くて」
楽観的すぎる彼はレジナルド。元軍用だがだらしないといった言葉が当てはまるようなマイペースなグライアだ。
「――大尉は?」
「頭部が半壊。記憶が三ヶ月分なくなっているみたいです」
床に横たわる身体を起こしながら、今日の大尉の様子を伝える。
「半壊、ねぇ。アルフレッド君はどう思う?」
黒尽くめの軍用ロボットは椅子をくるくる回しながら、僕に問う。ふふん、と鼻を鳴らしながら回答を待つレジナルドさんを尻目に、大尉との面談後一人で考えていた仮説をもう一度掘り起こす。
半壊された頭部に、銃使用の疑い。誰かと交戦したのか、と少し前の僕ではこう考えていただろう。しかし、今のダストヴィルでは別の選択肢が有力だ。
「……自壊、ですかね」
「だよねぇ」
正直、ありえないと思っている。同じ戦場でずっと戦っていたからこそ、大尉はそんなことをしないと分かる。戦時中の逞しさを見た者なら、誰だって同じ考えのはず。
「大尉が今、何をしているか知ってる?」
「え?」
「……戦争が終わった今、大尉が何のタスクを抱えているのか、知ってる?」
落ち着いたトーンで語るレジナルド。更に慣れない音声だからか、普段は落ち着いた部屋に緊張が走る。
「それぞれ今後の自分たちが豊かに暮らせるよう、自分の役割を見つけて動いているけど、最近俺思うんだよね。人間みたいだなって」
人間が獣人に対抗する手段として創られた僕達 が、人間に近づこうとするという皮肉。この現象が起き始めたのは、恐らく僕たちが感情を持ち始めた頃。
「大尉は今、インプラントを取り締まるタスクを持っている」
「取り締まる、というと?」
ここはダストヴィルで、かつて人間によって定められた法律といったものは存在しない。だが、グライア同士の破壊行為、インストールにリスクが生じるインプラントの製造は禁止されている。
「製造されたインプラントに危険性はないか、インストールによって考えられる懸念はないかなどの判断をするのが大尉だ」
「その仕事中に何者かとトラブルがあったと?」
「第三者なんていないかもしれない」
第三者のいない線。やはりそれは今の状況では必ずしも上がってくる選択肢だ。
「……大尉の損傷の原因は、見たところ銃で間違いないかと。もし他者と争ったなら、その相手は銃を使っているはずです」
「もし第三者がいるなら頭部を半壊させる程の威力。かなりのメモリを消費しているはず。撃った瞬間から数週間の記憶がなくなったら僕たちのとこに来るでしょ」
「かなり前から計画的に大尉を狙っていたか、大尉の自壊か……」
「レジナルドたちの元へ行かない、とかのメモを残してから大尉を撃ったら直近の記憶が無くなっていても僕たちに相談には来ないよね」
正直、第三者が絡んでいた場合を考え出すとキリがない。記憶をメモする、メモリが消えない程の過去から計画する、複数人での犯行……。駄目だ、情報が少なすぎる。
「俺は大尉の三ヶ月の行動をできるだけ調べてみるよ。アルフレッド君は――」
「誰かコイツを止めてくれ!」
レジナルドの指示を遮り、外から叫び声が飛び込んでくる。声色から感じ取れるのは焦りと驚き。すぐに僕とレジナルドは外に駆ける。
ドアを開き、一番最初に視界に入ったのは床に押さえつけられた青い塗装のグライアと、それを拘束する黄色い塗装のグライアだ。青いグライアは何があったのか、床に転がった自身の銃を拾おうと必死になっている。
「何があったんですか」
「知らねえよ! 突然走ってきたと思ったら銃で自壊しようとしていたから、慌てて抑えたとこだ」
完全に動きを封じられているグライアに目をやる。何かに取り憑かれたかのような、何かの使命を果たすかのような、それほどまでの覚悟を感じられるこのグライアに少しの同情を覚えてしまう。
「頼む、離してくれよ! もう戻れないんだ、生きてちゃ駄目なんだ!」
「何だって?」
突如口を開くグライアに、レジナルドが聞き返す。懇願、諦め、怒り……感情というものはここまで行動に出てしまうものなのだろうか。自分の首の横、インプラント挿入口を無意識に撫でる。
「このままってわけには行かないし、拘束したまま君は俺達の事務所についてきてもらうよ」
「……ッ」
「何があったのか、その後聞かせてね」
そこにいたのは、普段僕が見ない仕事姿のレジナルドだった。優しい話し方で、焦る相手に冷静な判断を求める。僕にとっても新鮮で、学べる箇所が多い行動だった。
レジナルドは日頃からあまり自分の仕事を他人に見せない。一度仕事のコツを聞いたことはあったが、自分の好きなようにやればいいと一蹴された。ただの自由人かと思えば、誰よりも当事者のことを考え、行動する。本当に掴めないし、頼もしい人だと実感する。
「僕、通報しておきます」
「一応、元軍のグライアも呼んでもらっていいかな? 暴れられたら困る」
「あの、俺はどうしたら……」
「ああ、抑えてくれてありがとう。君は――」
黄色いグライアは跨ったまま、レジナルドに次の指示を求める。見たところ軍用でも無さそうなのによく一体で押さえることができたな、なんて考える。軍用とそれ以外のグライアでは、銃所持の有無の他にもそもそもの身体の作りが違うため、力も後者のほうが劣ることが多い。その為、元軍用は力を求められる仕事をすることが多いのだ。
偶然居合わせたグライアと、レジナルドの機転により一件落着。そんな雰囲気にこの場にいる全員の意識が一瞬、ほんの一瞬だけ緩んだ。
刹那、鈍い金属音が足元から発される。
「えっ」
少しの静寂と、カン、と金属同士がぶつかる音。僕の足にネジが一つ転がってくる。僕、拘束していたグライア、レジナルド、緩んだ全員の意識が青いグライアに向き、この音の正体を目にする。
そこには頭部が地面に衝突し、完全に機能停止したグライアが一体、転がっていた。
時々考えることがある。戦うために造られた僕たちは、今、生きていていいのだろうか。戦後目的を失った僕たち軍用グライアは皆新たな役割を持ち始める。修理をする者、地上を開拓する者、新たな生物を生み出そうと研究する者。……皆、自分たちの創造主である人類と同じような生き方を気づかぬうちになぞっていた。
「戻りました」
「おかえり、アルフレッド君」
ダストヴィルの一角。自分の仕事場である事務所へ帰宅すると、奥の部屋から聞き慣れない渋い声が小さく聴こえる。この事務所は僕と、もう一人のグライアが活動拠点としている。仕事の内容は、記憶の無くなったグライアのケアといったもの。記憶の欠落している時期の当事者の行動や、今後のアドバイスなどを僕ともう一人で行っていた。所謂"レトロオタク"の彼は、いつの時代のものだか分からないような声帯パーツを使っているせいで常に話し声にノイズが走る欠陥がある。
「……誰」
しかし、出迎えの言葉を発したのはノイズなど微塵もないクリアな音声。自分の患者? 空き巣? 軍用グライアを狙った事件が多発しているなんて噂もどこかで聞いたな。
――最近物騒なんですから。
二時間前に自分の発した言葉が脳裏をよぎり、咄嗟に腰の銃に手をかける。銃を所持しているのは軍用グライアのみだ。相手が軍用でない限り、少しのメモリ消費で倒すことができるだろう。
今日の大尉の話を忘れるのは不味いな。すぐにメモをしてから進むべきか、などと接敵後のことを考えながら銃を構える。だがもしものことがあった場合そんな暇は無いだろう。慎重に、奥へ繋がる扉に手をかける。意を決してドアノブを思い切り――
「待って待って待って!」
逆に扉を思い切り開けられ、引き戸は見事自分の身体を吹き飛ばした。
中から出てきたのは軍用の黒いローブに身を包み、身体本体も黒で塗装されたグライア。人間社会で言うならば、この人は僕の社長、といったところだろうか。
「レジナルドさん、また声帯取り替えたんですか」
「いいでしょ、渋くて」
楽観的すぎる彼はレジナルド。元軍用だがだらしないといった言葉が当てはまるようなマイペースなグライアだ。
「――大尉は?」
「頭部が半壊。記憶が三ヶ月分なくなっているみたいです」
床に横たわる身体を起こしながら、今日の大尉の様子を伝える。
「半壊、ねぇ。アルフレッド君はどう思う?」
黒尽くめの軍用ロボットは椅子をくるくる回しながら、僕に問う。ふふん、と鼻を鳴らしながら回答を待つレジナルドさんを尻目に、大尉との面談後一人で考えていた仮説をもう一度掘り起こす。
半壊された頭部に、銃使用の疑い。誰かと交戦したのか、と少し前の僕ではこう考えていただろう。しかし、今のダストヴィルでは別の選択肢が有力だ。
「……自壊、ですかね」
「だよねぇ」
正直、ありえないと思っている。同じ戦場でずっと戦っていたからこそ、大尉はそんなことをしないと分かる。戦時中の逞しさを見た者なら、誰だって同じ考えのはず。
「大尉が今、何をしているか知ってる?」
「え?」
「……戦争が終わった今、大尉が何のタスクを抱えているのか、知ってる?」
落ち着いたトーンで語るレジナルド。更に慣れない音声だからか、普段は落ち着いた部屋に緊張が走る。
「それぞれ今後の自分たちが豊かに暮らせるよう、自分の役割を見つけて動いているけど、最近俺思うんだよね。人間みたいだなって」
人間が獣人に対抗する手段として創られた
「大尉は今、インプラントを取り締まるタスクを持っている」
「取り締まる、というと?」
ここはダストヴィルで、かつて人間によって定められた法律といったものは存在しない。だが、グライア同士の破壊行為、インストールにリスクが生じるインプラントの製造は禁止されている。
「製造されたインプラントに危険性はないか、インストールによって考えられる懸念はないかなどの判断をするのが大尉だ」
「その仕事中に何者かとトラブルがあったと?」
「第三者なんていないかもしれない」
第三者のいない線。やはりそれは今の状況では必ずしも上がってくる選択肢だ。
「……大尉の損傷の原因は、見たところ銃で間違いないかと。もし他者と争ったなら、その相手は銃を使っているはずです」
「もし第三者がいるなら頭部を半壊させる程の威力。かなりのメモリを消費しているはず。撃った瞬間から数週間の記憶がなくなったら僕たちのとこに来るでしょ」
「かなり前から計画的に大尉を狙っていたか、大尉の自壊か……」
「レジナルドたちの元へ行かない、とかのメモを残してから大尉を撃ったら直近の記憶が無くなっていても僕たちに相談には来ないよね」
正直、第三者が絡んでいた場合を考え出すとキリがない。記憶をメモする、メモリが消えない程の過去から計画する、複数人での犯行……。駄目だ、情報が少なすぎる。
「俺は大尉の三ヶ月の行動をできるだけ調べてみるよ。アルフレッド君は――」
「誰かコイツを止めてくれ!」
レジナルドの指示を遮り、外から叫び声が飛び込んでくる。声色から感じ取れるのは焦りと驚き。すぐに僕とレジナルドは外に駆ける。
ドアを開き、一番最初に視界に入ったのは床に押さえつけられた青い塗装のグライアと、それを拘束する黄色い塗装のグライアだ。青いグライアは何があったのか、床に転がった自身の銃を拾おうと必死になっている。
「何があったんですか」
「知らねえよ! 突然走ってきたと思ったら銃で自壊しようとしていたから、慌てて抑えたとこだ」
完全に動きを封じられているグライアに目をやる。何かに取り憑かれたかのような、何かの使命を果たすかのような、それほどまでの覚悟を感じられるこのグライアに少しの同情を覚えてしまう。
「頼む、離してくれよ! もう戻れないんだ、生きてちゃ駄目なんだ!」
「何だって?」
突如口を開くグライアに、レジナルドが聞き返す。懇願、諦め、怒り……感情というものはここまで行動に出てしまうものなのだろうか。自分の首の横、インプラント挿入口を無意識に撫でる。
「このままってわけには行かないし、拘束したまま君は俺達の事務所についてきてもらうよ」
「……ッ」
「何があったのか、その後聞かせてね」
そこにいたのは、普段僕が見ない仕事姿のレジナルドだった。優しい話し方で、焦る相手に冷静な判断を求める。僕にとっても新鮮で、学べる箇所が多い行動だった。
レジナルドは日頃からあまり自分の仕事を他人に見せない。一度仕事のコツを聞いたことはあったが、自分の好きなようにやればいいと一蹴された。ただの自由人かと思えば、誰よりも当事者のことを考え、行動する。本当に掴めないし、頼もしい人だと実感する。
「僕、通報しておきます」
「一応、元軍のグライアも呼んでもらっていいかな? 暴れられたら困る」
「あの、俺はどうしたら……」
「ああ、抑えてくれてありがとう。君は――」
黄色いグライアは跨ったまま、レジナルドに次の指示を求める。見たところ軍用でも無さそうなのによく一体で押さえることができたな、なんて考える。軍用とそれ以外のグライアでは、銃所持の有無の他にもそもそもの身体の作りが違うため、力も後者のほうが劣ることが多い。その為、元軍用は力を求められる仕事をすることが多いのだ。
偶然居合わせたグライアと、レジナルドの機転により一件落着。そんな雰囲気にこの場にいる全員の意識が一瞬、ほんの一瞬だけ緩んだ。
刹那、鈍い金属音が足元から発される。
「えっ」
少しの静寂と、カン、と金属同士がぶつかる音。僕の足にネジが一つ転がってくる。僕、拘束していたグライア、レジナルド、緩んだ全員の意識が青いグライアに向き、この音の正体を目にする。
そこには頭部が地面に衝突し、完全に機能停止したグライアが一体、転がっていた。