第1話 プロット

文字数 1,740文字



 一人の人間に対して一人の使者が憑く世界。
 使者の仕事は二つある。一つ目、人間(憑かれ人)を背後から見守り、その人生を記録すること。二つ目は『調整』すること。
 養成学校を卒業したての新米使者のポストムは、初めての仕事に浮き足立っていた。
 卒業時に神事《じんじ》命令書と一緒に授かった憑かれ人の資料には、簡単なプロフィールと『頭脳明晰、スポーツ万能、人当たりも良いのでクラスで人気者な男子』の紹介文と共に、イケメンな高校生の写真が添付されていた。同期からは出世コースだと羨望の眼差しを向けられながら人間界にやってきたポストムだったが、憑かれ人は『不登校で部屋に引きこもり、社交性ゼロの野暮ったい男子』だった。




 業務を始めて二週間。憑かれ人の速水陽太は殆ど部屋に籠もっている。そのお陰でポストムの報告レポートはほとんど白紙であるし、経験を積んでいく同期に対して劣等感と焦りが募る毎日だ。
 配属十五日後、暦は四月十五日。初めて陽太宛に客がきた。クラスメイトの安土と名乗る男が一人。母親が部屋の前まで連れてきたが、陽太は対応せず安土を追い返した。ポストムは少しの好奇心から、陽太の背後を離れその客人を見た。そこに居たのは『頭脳明晰、スポーツ万能、人当たりも良いのでクラスで人気者な』男子高校生だった。そしてポストムの気配を察して隠れるように姿を消した使者の、一瞬見えた姿には見覚えがあった。





 安土の訪問以降、陽太は今まで以上に部屋に籠もるようになった。食事も一日一、二食、風呂にも入らず、布団に籠もっている。かといって眠ってるわけではなく、ただ天井を見上げどこかを見ている。
 ポストムの頭の中は、陽太の心配と安土のことで埋め尽くされていた。日に日に窶れていく陽太に対して、ポストムは見守ることしかできない。干渉しようと思えばできるはずだが、陽太が心を閉ざす限りポストムの姿は認識してもらえない。
 もう一つの問題。ポストムの憑かれ人は安土だったのか。しかし大御神の采配に誤りなどありえない。いろいろな推測をしても、ポストムにはどうしようもなかった。陽太がこの部屋から出ない限り、調査にいくこともできない。
 ポストムはただ必死に陽太の快復を祈った。
 ポストムの祈りが通じたのか、陽太は少しずつ布団から起き上がることが増えてきた。長時間身体を動かす体力はまだないが、机に向かって参考書を開いたり、スマートフォンで日記をつけ始めたり、陽太なりに前に進もうとしていた。
 陽太の変化と時を同じくして、ポストムのもとに神事連絡が来た。『調整』だった。
『調整』はごく稀に起こる時空の歪みや、悪鬼により故意に『弄られた』人間や状況を正常な流れに戻すことで、使者の大事な仕事だ。
 今回の原因は後者。ポストムの出世を妬んだ先輩使者が自分の憑かれ人だった安土と陽太の人生を『弄った』のだ。
 ポストムの担当は速水陽太で間違いはなかった。ただ速水陽太は、安土が歩むはずだった『不登校で部屋に引きこもり、社交性ゼロの野暮ったい男子』の人生を上書きされ、本来あるべき『頭脳明晰、スポーツ万能、人当たりも良いのでクラスで人気者な男子』の人生を安土に奪われた。
 だが、安土の器には陽太の『頭脳明晰、スポーツ万能、人当たりも良いのでクラスで人気者な男子』の人格は合わず、徐々に歯車が狂い始めたらしい。それを先輩使者が修正するために、更なる『弄り』を重ねたことでバグは大きくなり、定期パトロールに引っかかり、真相が露見した。
 ポストムは陽太の日記を覗いた。
『調整』は巻き込まれた人間の使者、全員が合意して実行される。実行されると全てがなかったことになる。
 血判を押す手が震えた。
 
 


 
 数年後。
『調整』は実行されることはなかった。
 ポストムが同意しなかったからだ。
 安土は本来の『不登校で部屋に引きこもり、社交性ゼロの野暮ったい男子』に戻ってしまったらしい。
 ポストムはこの決断は正しかったと思っている。安土のことは気の毒に思うし、この選択によって、様々な先輩使者たちから反感を買ってしまったが。
 あれから自分の力で歩き始めた陽太は、毎日明るく元気に笑っている。
 その姿を見ると、やはり後悔する気持ちは微塵もなかった。

 
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