壱之話『常勝の姫と序章の始まり』

文字数 6,198文字


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ここは、よくある剣と魔法の世界。
ある時は魔族が世界を闇で覆い、またある時は凶悪な神話獣が世界を滅亡寸前まで追いやった。
そして、いかなる時代にも『英雄』と呼ばれる人物が現れ、世界に平和をもたらした。

ここは、よくある剣と魔法の世界。
ある時は暴力が世界を支配し、またある時は権力者たちの策略が世界を支配する。
そして、いかなる時代にも『救世主』と呼ばれる人物が現れ、世界に平穏を取り戻した。

ここは、よくある剣と魔法の世界。
永き年月に『叡智』は廃れ、魔術は徐々に衰退していった。
今では素質のあるごく少数が、人里を離れてひっそりと暮らしている。

ここは、よくある剣の世界。
永き年月に『武道』は廃れ、武術も徐々に衰退していった。
今では素質のあるごく少数が、小さな道場を開いて『技』を伝承している。

ここは、よくある平穏な世界。
『智』も『武』も、必要とされていない世界。

そしてまた、暴力が世界を支配する時代がやってくる…
そう、人はそれを『世紀末』と呼ぶ……




「フヒヒ……なぁお嬢ちゃん、お前の家は金持ちだろ?」
白昼のこと、しかも街のド真ん中だ。
明らかにゴロツキと思しき大男が、自前の身の丈の半分程度しかない少女の左手を掴んでそう言った。
「ちょっとでいいんだ。俺に恵んでくれねぇかぁ?」
こんな時間に酒でも飲んでいるのだろう。
酒臭い息を吐きながら、男はそのまま話し続ける。
「なぁに、抵抗さえしなけりゃ痛い思いはしねぇよ。」
男は、掴んだ左手を引き寄せようとするが、少女はそれに抵抗した。
その態度が気に障ったのか、男は顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
「てめぇ、ぶっ殺されてぇか!おとなしく銭出せばいいんだよ!」
少女の手を離し、男は拳を振り下ろした。
………………


「……はぁ。」
街の一角にある喫茶店『クローバーハーツ』
カウンター席に座った銀髪に黒服の男が、大きくため息をついた。
「ゲンジさん、どうしたんですか?いつにも増して元気が無いですねぇ~。」
向こう側からコーヒーを差し出しながら、馴染みの店員が声をかける。
「おぉ、ファルア殿。またいつもの『姫』の事ですじゃ……はぁ…」
ゲンジと呼ばれた執事風の男はそう言うと、テーブルに右頬をつけて話を続けた。


………………
「てめぇ、ぶっ殺されてぇか!おとなしく銭出せばいいんだよ!」
少女の手を離し、男は拳を振り下ろした。
が、少女はその拳を華麗にかわすと、男の腹に強烈な一撃を与えた。
苦痛の言葉を発する間もなく男は白目を向き、そのまま泡を吹いて倒れる。
「……あー、もう!つまらん!威勢がいいから、もうちょっと骨があるかと思えばっ!」
周囲の観衆も、これには驚いた。
まさか、こんな小柄な少女が大男を一撃で沈め、あろうことか「つまらん!」と言い出したのだ。
「おい!お前、どこのゴロツキだ!言え!吐け!こら!」
完全に伸びている男の腹を、これでもかというくらい蹴る。
「……ん?こら!見世物じゃないぞ!散れっ!」
その一部始終を呆然と眺めていた観衆は、その声を聞き一目散に逃げ出した。
「全く…これでは私が弱いものいじめしているみたいじゃないか……」



心労の種を、喫茶店の店員ファルアに話すゲンジ。
「あらら~。お姫様も相変わらずみたいですねぇ。」
「結局それだけでは飽き足らず、そのゴロツキのたまり場に乗り込んで、そこにいた3人を姫一人で半殺しにしてきたと自慢をされましたですじゃ……ワシはもう胃が……うぅ…」
もはや、ゲンジの目から涙が止まらない。
その姿を、苦笑いで見つめるファルア。
「あはは…でも、ほんとお姫様は強いんですね~。」
「強いなんてレベルではありませんぞ。あれは歩く災害ですじゃ、全く。」
「……誰が歩く災害だ、ゲンジ!」
その声を聞いて、執事がびくりと跳ね上がる。
「ひぃっ、姫!いつからそこにっ!」
「ゲンジさんがお姫様の雄姿を語り始めたあたりから…ですねぇ。」
「ファルア殿ぉ!知っていたなら教えてくれても…!」
ゲンジは大泣きしながらファルアに手を伸ばすも、首を掴まれ、後ろへ引き倒れる。
そのまま素早く馬乗りになり、ゲンジに拳を向けたまま少女は静かに問いかけた。
「さぁ、ゲンジ。お前の主は誰だ?」
「ひ、姫様です!セリフィアーナ・ジルエット様ですじゃー!」
「よろしい、では執行だ。」
そのまま無慈悲に執事の顔に拳を振り下ろす。
ゲンジはそのまま、気を失った。
「お姫様も、もうちょっと手加減してあげたらどうですか~?」
「これでもだいぶ加減しているぞ、ファルア。ゲンジが世話になったな、代金は置いておくぞ。」
「はいはい~。またのご来店を~。」
セリフィアーナは、背中にゲンジを担ぎ、半分引き摺るように店を出たのだった。
それを、遠巻きに眺めるグループがあった。



それから数日が過ぎた。
今日もまた、何事もなく一日が過ぎていくのだろうと思うと、私セリフィアーナは退屈で仕方なかった。
この前の件で、ゲンジからはきつく釘を刺された。
『姫!本当にっ!ほんっっっっっっっっっっとうにっ!!これ以上無用な騒ぎを起こすのはお止め下さいですじゃ!!姫の御身に何かあれば、ワシは死んでも死にきれませんですじゃ!』
……違った。思いきり泣き付かれた。
そんなわけで、しばらくは大人しくしていようと思っていた。
仕方ないから、喫茶店でファルアと雑談でもしようかと思っていた。
ああ、思っていた。ほんのちょっと前までは。
……ゴロツキだ。こないだの。
かなり人数が増えている。ざっと見積もって15人から20人くらいだろうか。
しかも、だいたい半数は武器持ちのようだ。
ここまで『お膳立て』されたら、私の闘争心を止めることはできない。ゲンジに泣き付かれても無理だ。
何だか長々と口上をほざいているが、今の私には聞こえていない。
「御託はいらんぞ。どいつからぶん殴られたいんだ?」
ついに口からあふれ出た。もう止まらんぞ。
見たところ、とりあえず頭数だけ揃えれば勝てると踏んだか。
何というか……まぁ、私を倒したい割には、発想が貧弱だ。
そんな事を考えていたら、敵集団の先頭が私の前まで迫っていた。
あとはもう、考える必要なんてない。
思うがまま拳を振るい、脚で蹴り、『戦場』を駆け巡るだけだ。
そう、いつもの通りだ。
そう、考えていた。
……甘かった。
私は、狭い路地の奥へ追いやられていたのだ。
場所が悪かった。というか、闘争心に駆られて周囲を全く見ていなかった。
三方を高い壁に囲まれ、正面はゴロツキどもが塞いでいる。
いつのまにか、奴らは全員が刃物や鈍器といった武器を持っている。危険だ。
「へへへ…お嬢ちゃん、年貢の納め時ってやつだぜぇ。」
冷静になった頭に、ゴロツキの声が届いた。
前にボコボコにしてやった酔っ払いのようだ。見覚えがある。
「見たとこ、お嬢ちゃん貴族みてぇだから、奴隷商にでも売り飛ばせばいい値になりそうだ。」
「そうでなくてもこの見た目だ。そっち系のオッサンどもにはたまらんぜ。フヒヒ…」
口々に汚い言葉が飛び交う。
「さぁ、俺たちと楽しく踊ろうぜぇ!」
言って、近くにいた男が刃物で斬りかかってくる。
「……っ!」
冷静になりすぎて反応が遅れた。腹に刃が当たる感触がした。
でも大丈夫!間一髪、服が破けただけだ!
武器を持ってるとはいえ、所詮はゴロツキ。
振り回せば良いと思っている辺り、やはり戦い方がド素人と言わざるを得ない。
だが、刃が私の服を掠めたことで、ゴロツキどもはいい気になっているようだ。
刃物持ちの男の顔面を、裏拳で殴り飛ばす。
そのすぐ後ろに鈍器持ちの男がいたのが見えたから、私は殴り飛ばした男を盾にした。
仲間に背中を強打される男。ざまぁみろ。
でも、そこで油断した。
まさか、男が落とした刃物が、私の足元に落ちていたとは思わなかった。
それを踏んづけて滑り、私は体勢を崩す。
悪いことは続くものだと知った。
木製バットを持った男が、仲間の屍(死んでないけど)を踏んづけて私にバットを振るう。
野球で例えるなら、さしずめ私の頭がボールで、相手は超一流の選手なのだろう。
そうはさせまいと、とっさに両腕で頭を守る。
でも、痛かった。
路地の途中まで戻りかけていた私の体は、その一撃でまた路地の奥まで飛ばされた。
辛うじて頭は守れたが、腕は駄目かもしれない。壁にぶつけた背中も痛む。
まだ敵の数はかなり残っている。
こうなったら、脚で戦うしかない……と。
そう考えていたときだった。
ゴロツキどもの向こう側から、誰かがこちらへ向かってくるのが分かった。
「姫っ!ご無事でしたか!」
ゲンジの声だ。どうして私がここにいると分かったのだろうか。
問いかけたいが、一瞬で色々ありすぎて声が出なかった。
男どもの隙間をすり抜けるように、ゲンジは私の前に現れたのだ。
「このような狭い路地にむさ苦しい男どもがたかるとは、ただ事では無いと思っておりましたですじゃ!それよりも、お怪我は…」
「何だ、銀髪兄ちゃん?年寄りみてぇな喋り方しやがって。」
一人の加勢では、まだ自分たちが有利だと思っているのか。気安くゲンジに話しかけるな。
「こいつ、確かクソ弱いはずだぜ。そこのお嬢ちゃんに殴られて気絶してたしな!」
「……ほぅ。お主にはワシが貧弱な人間に見えるか。」
あぁ、これでゲンジにもスイッチが入った。
確かにゲンジは年寄りみたいな喋り方をするし、私の前では無抵抗で倒されるけど…
「姫をこんな目にあわせたことといい、お主らは本気で痛い目を見なければ分からぬようじゃな。」
「ゲンジ!命令だ、一人残らず殲滅しろ!」
「御意ですじゃ、姫!」
ゲンジが戦闘態勢をとる。
「クソ弱えぇ年寄り小僧が!ぶっ殺してやらぁ!」
「残念じゃが、ここに辿り着くまでにお主への粛清は終わっておる。」
「何だと……ぅ、ぐばぁ!」
啖呵をきっていたゴロツキが、今度はいきなり血を吐いて倒れる。
そう、これがゲンジの『技』だ。
見渡すと、ゲンジの通ってきた場所にいたゴロツキが、同じようにばたばたと倒れる。
さながら、何とかの十戒か。海の割れる日というやつだ。
「奥義、幻影拳じゃ。龍宮(たつみや)が一子相伝の『無影空拳(むえいくうけん)』、お主らでは手も足も出ぬ。」
ゲンジはこの『無影空拳』という流派の伝承者だと聞いたことがある。
途中から話半分に聞いていたから細かいところまでは思い出せないが、そういうことらしい。
「ビビるこたぁねぇ!突撃だ!」
その声を合図に、残ったゴロツキどもが一斉に向かってくる。
「その拳、影無くして空を舞う也。龍宮源司、参る!」
ゲンジも構えの体勢から、向かってくる敵を迎撃する。
……こうして、遠くからゲンジの戦いぶりを見るのは、これで何度目だろうか。
そもそも、私が武術を始めたのも、これを見てしまったから……魅せられてしまったからだ。
流れるように舞い、徒党を組んで襲い掛かってくる悪党どもを簡単にねじ伏せる。
なのに、全く殴ったり蹴ったりしている様子はない。それがゲンジの『無影空拳』なのだという。
『ワシの一族が継ぐ流派の極意は、相手自身が何をされたか分からないうちに意識を刈り取ることですじゃ。』
曰く、そういうことらしい。ゲンジから武術を教わり始めた頃に聞かされた。
ただし、ゲンジの奥義は一子相伝。主従関係といえど、そう簡単に私には教えてくれない。
……それを無理に吐かせようと、一度本気でゲンジを締め上げ、気絶させたことがあるのは内緒だ。
とまぁ、それ以来は私の独学で武術を研究して、今に至るというわけだ。
もちろん、ゲンジにも一子相伝の奥義に触れない程度に教えてもらっている。
『姫は武術の才がおありのようですな。鍛錬を重ね経験を積めば、いずれワシなど足元にも及ばなくなる日が来るでしょうな。』
もちろん、ゲンジなりのお世辞なのだと分かっている。
現に、今も戦っているゲンジの拳を、私には捉えることができない。
荒く武器を振り回すゴロツキどもの横をすり抜けては、暫くしてゴロツキが倒れる。
気付けば、敵は残り一人を残すのみとなっていた。
「ひぃ…コイツ、バケモンだぁ……」
素手でゲンジと対峙している奴は、戦意を喪失しているのか、震えているようだ。
やはり、この手の悪党は群れていないと何もできないらしい。
「……姫。」
と、突然ゲンジが私の方を向く。
「最後に一人だけ残したのには、ちゃんと意味がありますじゃ。よく見ていて下され。」
と言って、ゆっくりゴロツキの方へ歩いていく。
「く…来るなぁ!もうやめてくれぇ!」
しかし、願いも虚しくゲンジの技の餌食となる。
普通に見ていれば、ただゲンジがゴロツキの横を通り過ぎただけだろう。
だが、私の目には一瞬だけ、ゲンジは相手に手のひらを向けていた風に見えた。
「……分かりましたかな?」
「うむ。今のは掌打で倒した…のか?」
「流石ですじゃ、姫。正確には掌打にて敵の体内に気功を放ったのですじゃ。」
そうして内側にダメージを与えるのが『無影空拳』の真実なのだと付け加えた。
「人間、外は鍛えることができても内を鍛えることは難しいですじゃ。ワシの流派は目に見えぬ程に素早くそこを…人間の弱所をつくことで敵を倒すのですじゃ。」
「なるほど……それを教えてくれたということは、私に『無影空拳』を伝授してくれる気になったのか?」
「それとこれとは別ですじゃ!姫のように気性の荒いお方に気功という繊細な技を使えるはずが……はっ!」
言い終えてから、ゲンジの表情が私に分かるほど変わった。
そうか……それがお前の本音なのか。偏見は良くないな。
「ふふふ……よぉく分かったぞ、ゲンジ。技の伝授は冗談だったが、お前の私に対する評価は改めねばならんな。さぁ、辞世の句を詠む時間はくれてやる。覚悟が出来たら言え。」
「姫!それが横暴だと…冗談ですじゃ、お止め下されぇぇぇ!」
「お前は悪党が止めろと言っても攻撃した。つまり、止める必要は全くない!」
腕がまだ痛むので、脚を上手く使って締めてやった。
でも、ここでゲンジが倒れたら運んで帰れないので、ある程度で我慢してやった。私は親切だからな。
そんな感じで、今日という一日が過ぎていった。


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2020/04/13時点で公開中の話は

2話『表の顔と裏稼業』
3話『最強の姫と足りないもの』

となります。
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