生きた証を

文字数 4,073文字

 例えば、明日世界が崩壊するなら。――なんか駄目だ気取り過ぎに感じる。
 例えば、明日人生が終わるなら。――なんか無味無臭。まだ最初の書き出しのほうがいい?
 例えば、僕という花が散る――だめだめだめ。鼻につきすぎて鼻がもげる。
 うーん、やっぱり、最初のを書き出しにしようかな。

 ● ● ●

 例えば、明日世界が崩壊するなら。
 僕は、自分が生きた証として、木をたくさん植えると思う。理由は簡単かつロマンチック! 全部が終わってしまった世界に、僕の植えた木が育ったら、すごく素敵に思うから! それを僕の生きた証としようとして、たくさんたくさん、植えると思う。
 その世界の崩壊が超極小のミクロサイズ――つまり、僕の人生の終わりを言っているのだとしたら。
 僕は、生きた証として何を残せるんだろう? ……と、この疑問が浮かんだことによって、高端(たかはし)くん、君が今まさに読んでいるこの手紙ができたんだよ。
 高端くんって決めつけておいて、もし違う人だったらごめん。でも、君くらいだと思うんだ、この手紙を見つけるの。だって君は何度も僕の隠れ家に押し入ろうとしたもんな。特に笑えたのは、放課後、いつもの集まりのために菓子を持って空き教室に行ったら、棚の下段から君が生えていた時だ。背の高い君は棚の下段、もとい、僕この隠れ家に入るのは無理だって何度言えばわかるんだよって言いながら、多奈加(たなか)くんとゲラゲラ大笑いしたのをよく覚えてるよ。
 さて、本題に入ろうと思う。
 高端くん、君もご存知の通り、僕は小説が好きだ。読むのも、書くのも好きだ。じゃなきゃ小説愛好会を作って、高校三年間――しかも受験シーズンまで!――入り浸ることもなかったさ。君は「先輩、ほんとに本ばっかり読んでて大丈夫なんですか?」なんて心配してくれたよね。
 大丈夫だったよ! ……と、言えているといいんだけど。いや、なにぶん、今の僕は大学の発表前の僕だから、これは予想になるんだ。ま、大丈夫だろう。
 ああ、駄目だな。僕の悪い癖だ。書いてるうちに、どんどん道を逸れちゃう。本題に入るって書いてから、何文字使ったろう? まあいいや。
 今からが本題だと思って読んでくれると嬉しい。
 冒頭で僕は『世界が終わるなら木を植える』と書いたね。『僕が生きた証として何を残せるだろう』とも。それをね、君に託そうかと思っている。ああ、この『君』というのは高端くんに限定したわけではないよ。まあ、今これを読んでいる君だね。いや、多分、高端くんだろうけど。
 僕が托そうと思ってるのは、僕の書いた紙媒体の小説だ。僕は、これを『木』としたいと思っているんだ。ああでも、託すって書いたからって、これから自殺をするとかそういう話ではないよ。
 例えば、僕が布団の上で死んだときとか、もしくは、不慮の事故で異世界に転生したときとか、そういうときにね、僕の小説を、ネットに公開してほしいんだ。ネットに公開したところで、誰も読んでくれないかもしれない。それは重々承知の上だ。どこかしらのサイトに僕の小説が載れば、僕はそれだけで満足なんだ。
 それくらい自分でしろ、と思うかもしれないけど、僕にはそこまでの勇気がなかった。だから、僕の死後に、ひっそりと電子の海に放流してほしいんだ。それが、僕という人間が生きた証になると、『世界が滅んだあとの木』になると、僕は心からそう思っている。
 ここまで読んでくれた君なら、きっと僕の願うようにしてくれると信じてるよ。
 僕が書いた小説は、僕の部屋の――うん、隠れ家に、同じように隠してあるからね。頼むよ。

二〇十八年 二月
出伊豆高校 小説愛好会 
初代会長 筆山房文 
 

 ● ● ●

 俺は今すごく……すごく、驚いている。

 仲良しだったジイちゃんが死んで、忌引き明けで学校に来たは良いがどうにもやる気が出なくて。で、授業を抜け出しいつもの空き部屋でオサボリしていたら、先生方の声が近づいてきた。
 慌てた俺は、古い古い棚の下の引き戸の奥に潜り込んだわけだ。代々背の低い俺の家系に、このときばかりは感謝して、暫くそこに潜んでたんだが、暇ばっかり持て余すのに先生方の声が遠のかないもんで、俺はスマホを取り出し弄りはじめて――そして、ふと顔を上げたら、棚の上と下とを仕切る板に、手紙が貼り付けてあるのを見つけた。
 ――それが、じいちゃんが高校生の頃に書いた手紙だったもんだから、俺はびっくりしたわけである。

「じいちゃんの字だ……ちょっと下手くそだけど、うん、コレはじいちゃんの字だ……」

 俺は読み終えた手紙の文字をなぞり、泣きそうになってしまった。目が熱いがなんとか踏みとどまって、手紙を大事に大事にポケットに入れた。そして、棚の下段――高校の頃のじいちゃんの隠れ家から這い出して……待ち構えていた先生にとっ捕まった。

 ● ● ●

 思ったよりも短かった先生の説教のあと、俺は残りの授業にちゃんと出て、そしてホームルームの終わりとともに、じいちゃんの家にダッシュした。

 電車に揺られて三十分。そこからバスで十分。
 景色はすっかり田舎になっていて、あぜ道を歩くこと五分。そうすると、じいちゃんの家に着く。
 純和風のじいちゃんちは、家主がいる頃は庭も整えられていたんだけれど、ばあちゃんが死んで、じいちゃんが施設に入ってからは、すっかり荒れてしまっていた。伸び放題の草を踏みしめて、俺は鍵のかかった玄関の前に立ち、右を見る。そこにある鉢植えは、誰に動かされることもなかったようで安心する。俺は鉢植えを少し持ち上げて、じいちゃんちの合鍵を取り出し、玄関の鍵を開けた。

 埃っぽい匂いのなかに、懐かしい香りがある。それを嗅ぎ分けて泣きそうになりながら、俺は迷わず、じいちゃんの部屋に向かった。

 和風の中にある、洋風の一間。ここがじいちゃんの部屋だ。天井いっぱいまで伸び上がる本棚は、かつては本に溢れていたんだけど、形見分けでところどころ穴が空いている。
 その本棚の向かい側。こちらにあるのは、おしゃれな棚で――下段は、人ひとり入れるくらいのスペースのある、収納になっている。そこの引き戸をなんとか開き、俺は、きっとじいちゃんがそうしていたのと同じように、そこに潜り込み仰向けに寝た。そして、上との仕切りをスマホで照らせば……。

「あった」

 手紙。高校の棚にあったのと似たような、ただし透けて見える文字はそれよりも達筆な、手紙が貼り付けてあった。四隅を貼っているテープなんか、劣化して今にもハゲそうだ――と思っていたら、タイミングを見計らったように手紙が俺の顔に落ちてきた。
 なんとなく、じいちゃんがいつもの朗らかさで笑っている声を聞いたような気がして、俺はちょっぴり泣きながら、棚から這い出て、手紙を開いた。

 ● ● ●

 この手紙を開いてるのは、きっと、高端くんじゃないんだろう。マサはこういう遊びを嫌がったし、由紀子もそうだった。てことは、ゆう坊だな? きっとそうだろう。だって、ゆう坊はじいちゃんとたくさん遊んでくれたもんなぁ。
 ゆう坊。もしかして、お前、高校で手紙でも見つけたかい? だから、じいちゃんちに来てくれたのかな? お前は優しい子だから、きっと、じいちゃんの願いを叶えに来てくれたんだね。
 ということは、きっとじいちゃんはもうこちらの世界にはいないってことかもしれないな。もしも、じいちゃんが生きてるときにこれを読んでるなら、じいちゃんが死ぬまで、『手紙読んだよ』ってのを秘密にしておいてくれると嬉しい限り。
 さて、本題だ。
 高校生の頃は、小説が生きた証だー、なんていってたけどね、一番の証は、マサに由紀子に、それから、こんなじいちゃんに何年も付き合ってくれたばあちゃん。そして――ゆう坊、お前なんだ。お前たちが健やかに生きてくれることが、何よりの生きた証なんだよ。
 だけどま、高校生の頃のじいちゃんの願いも叶えてやらなきゃ、ってのも思ってるんだよね。ああ、誓ってお前たちが一番の宝物で、一番の生きた証だよ。でもね、二番目の生きた証も、残しておけたら嬉しいなってのも本心さ。じいちゃんは欲張りだからなぁ。
 てなわけで、ゆう坊。ここからは宝探しの時間だ。
 じいちゃんが高校生の頃――いや、大学、社会人、そして、じいちゃんになってからも書き綴ってた小説の隠し場所はだね。よく、お前と隠れん坊した場所だよ。ほら、怒ったばあちゃんや由紀子から隠れるのに使った場所だ。
 ゆう坊ならわかるだろう。
 頼んだよ。

お前のじいちゃんより

 ● ● ●

 手紙を読み終えて、俺は『ああ、あそこか』とすぐにわかった。じいちゃんの部屋を出て、廊下をずっといって――納戸の扉を開ける。納戸の中には、さらに棚があって……よく、じいちゃんとここに隠れたもんだ。じいちゃんは凄く背が低かったし痩せてて、俺は今よりずっと小さかったから、余裕で二人収まったんだ。
 俺は、その棚の中を覗き込み――そして、宝物を見つけた。

 俺は見つけた宝物を大切に大切に抱えて、家に帰った。そして、家族に「ただいま」を言う間も惜しんで、パソコンに向かった。
 じいちゃんの字がだんだん綺麗になるのを一通り辿り読む。それから、俺は一番の古い原稿用紙を横に置き、パソコンでそれをカタカタ打ち込んで――泣きながら、打ち込んで。

「……よし、取り敢えず、高校生のじいちゃんの書いた小説は写し終えた」

 階下から聞こえる母親の「ご飯よー」の声に返事をして、俺は、画面に映る文字の群れを撫でてから、『投稿』ボタンをクリックした。
 こうして、じいちゃんからの最後の手紙に書かれた願いのとおり、じいちゃんの生きた証は、電子の海へと放流されたのである。
 自室を出て扉を閉める音に混じって『ありがとう』が聞こえた気がした。
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