奇妙な道案内
文字数 1,748文字
念願の採用通知が、メールで届いた。
『採用の本手続きは、来週開催する「新入社員防災講習会」にご出席いただき、そこで行います。会場までの道のりは次のとおりです。遅れないようご注意ください』
しかし、その後に続く会場への道案内の文章が、なかなか、奇妙だった。
『……を曲がったら、しばらく直進します。次には謎の交差点を左に曲がります……』
≪謎の交差点≫?
そんなおかしな場所が存在するのか、としばし考え込んでしまった。
いや、たぶん、そうじゃない。
これは、『次に「花園交差点」を左に曲がって』の、漢字変換ミスなんだろう。
ああ、びっくりさせる。
『……最後に、不死身のビルの横を通り過ぎたら、その先が会場となります』
≪不死身のビル≫?
なんだそれは。壊しても壊しても復活するビルのことだろうか。
いや、たぶん、そうじゃない。
これは、『「富士見野ビル」の横を』の、漢字変換ミスなんだろう。
ふたつも、だいぶおかしな誤りがあるなんて。
大丈夫なんだろうか、ここの組織は。
ちょっと心配になった。
★
そして、当日。
途中までの道のりは合っていると思うのだが、どうしても、例の「花園交差点」が見つからない。「花園」と表記の付いた信号なんて、どこにもない。
「どういうことだろう……?」
しばらく悩んでうろうろしていると、ふと、気が付いた。
道の左手に、注意深く意識しないと見落としそうな、狭い路地になった横道がある。
覗いてみると、両側は高い壁に囲まれたまま、グネグネと曲がりくねっているようで、先が見渡せない。
「もしかして、ここ、『謎の交差点』なのか……?」
半信半疑だったが、他にそれらしい道も見当たらない以上、行ってみるしかない。
しばらく、どこに抜けるともわからない細道を歩いていく。
見通しの悪いカーブを曲がった先で、ようやく、多少道幅が広がったところに出た。
しかし、そこには、腕の筋肉が盛り上がった逞しい体つきの白人男性が、腕組みをして、仁王立ちしている。
「よく来たな。しかし、ここはそう簡単には通さないぜ」
通さないぜと言われても、もう、集合時刻まで時間がない。
仕方ない。少し、本気を出すか。
ひとつ息を吐き、次の瞬間、一気に相手の間合いに踏み込む。
「なっ……疾い!」
とっさに捕まえようとしてきた太い両腕を潜り抜け、深い位置から、当て身を決める。
大男はうめき声をあげ、その場に膝から崩れ落ちた。
「お前、なかなか……やるじゃねえか。この高い防御力とスタミナを誇る俺様を、一撃とは……」
そんな言葉に付き合っている暇はない。
顔を歪めている男、おそらく『不死身のビル』の横を足早に通り過ぎて、会場を目指す。
★
「お待ちしていました。このアジトまでの秘密の道のりと、ビルによる腕試し、お疲れさまでした。改めて、あなたをわが国際スパイエージェントの一員と正式に認定します」
会場に着くと、受付の女性にそう告げられた。
つまり、スパイにふさわしい能力があるかどうかを判別する、最終試験を兼ねていた、ということか。
なるほど、納得がいった。
「案内メールに漢字変換ミスがあり、申し訳ありませんでした」
女性にそう謝られたが、これは合点がいかない。
道案内のことなら、さっきまでは奇妙な変換ミスだなあと思っていたけど、実際には、まったくもって書いてある通りだった。変換ミスではなかったはずなのだが。
「メールには『新入社員防災講習会』と記載してしまいましたが、正しくは『侵入者陰謀再考集会』の誤りでした」
≪侵入者・陰謀・再考・集会≫?
「このアジトでは、先日、侵入者を捕らえたのです。その侵入者の目的や背後にいる組織、その計画について、もう一度洗い直してみようという目的の集会です」
そうだったのか。
なるほど、納得がいった。
「では、会場に案内します」
女性はそう言って、身に着けていた腕時計に口を近づけて「会場」と囁いた。
すると、何の変哲もない雑居ビルのロビーの壁が音もなく二つに割れ、秘密の登り階段が現れる。
「さあ、ここを登った二階の部屋です。すぐにまた鍵を掛けますので、速やかにお入りください」
急かされて、秘密の階段に足を踏み入れながら、今の音声認識の合言葉は「会場」だったのか、それとも「解錠」だったのか、もしかしたら「階上」だったのか、などと余計なことが頭に浮かんだ。
『採用の本手続きは、来週開催する「新入社員防災講習会」にご出席いただき、そこで行います。会場までの道のりは次のとおりです。遅れないようご注意ください』
しかし、その後に続く会場への道案内の文章が、なかなか、奇妙だった。
『……を曲がったら、しばらく直進します。次には謎の交差点を左に曲がります……』
≪謎の交差点≫?
そんなおかしな場所が存在するのか、としばし考え込んでしまった。
いや、たぶん、そうじゃない。
これは、『次に「花園交差点」を左に曲がって』の、漢字変換ミスなんだろう。
ああ、びっくりさせる。
『……最後に、不死身のビルの横を通り過ぎたら、その先が会場となります』
≪不死身のビル≫?
なんだそれは。壊しても壊しても復活するビルのことだろうか。
いや、たぶん、そうじゃない。
これは、『「富士見野ビル」の横を』の、漢字変換ミスなんだろう。
ふたつも、だいぶおかしな誤りがあるなんて。
大丈夫なんだろうか、ここの組織は。
ちょっと心配になった。
★
そして、当日。
途中までの道のりは合っていると思うのだが、どうしても、例の「花園交差点」が見つからない。「花園」と表記の付いた信号なんて、どこにもない。
「どういうことだろう……?」
しばらく悩んでうろうろしていると、ふと、気が付いた。
道の左手に、注意深く意識しないと見落としそうな、狭い路地になった横道がある。
覗いてみると、両側は高い壁に囲まれたまま、グネグネと曲がりくねっているようで、先が見渡せない。
「もしかして、ここ、『謎の交差点』なのか……?」
半信半疑だったが、他にそれらしい道も見当たらない以上、行ってみるしかない。
しばらく、どこに抜けるともわからない細道を歩いていく。
見通しの悪いカーブを曲がった先で、ようやく、多少道幅が広がったところに出た。
しかし、そこには、腕の筋肉が盛り上がった逞しい体つきの白人男性が、腕組みをして、仁王立ちしている。
「よく来たな。しかし、ここはそう簡単には通さないぜ」
通さないぜと言われても、もう、集合時刻まで時間がない。
仕方ない。少し、本気を出すか。
ひとつ息を吐き、次の瞬間、一気に相手の間合いに踏み込む。
「なっ……疾い!」
とっさに捕まえようとしてきた太い両腕を潜り抜け、深い位置から、当て身を決める。
大男はうめき声をあげ、その場に膝から崩れ落ちた。
「お前、なかなか……やるじゃねえか。この高い防御力とスタミナを誇る俺様を、一撃とは……」
そんな言葉に付き合っている暇はない。
顔を歪めている男、おそらく『不死身のビル』の横を足早に通り過ぎて、会場を目指す。
★
「お待ちしていました。このアジトまでの秘密の道のりと、ビルによる腕試し、お疲れさまでした。改めて、あなたをわが国際スパイエージェントの一員と正式に認定します」
会場に着くと、受付の女性にそう告げられた。
つまり、スパイにふさわしい能力があるかどうかを判別する、最終試験を兼ねていた、ということか。
なるほど、納得がいった。
「案内メールに漢字変換ミスがあり、申し訳ありませんでした」
女性にそう謝られたが、これは合点がいかない。
道案内のことなら、さっきまでは奇妙な変換ミスだなあと思っていたけど、実際には、まったくもって書いてある通りだった。変換ミスではなかったはずなのだが。
「メールには『新入社員防災講習会』と記載してしまいましたが、正しくは『侵入者陰謀再考集会』の誤りでした」
≪侵入者・陰謀・再考・集会≫?
「このアジトでは、先日、侵入者を捕らえたのです。その侵入者の目的や背後にいる組織、その計画について、もう一度洗い直してみようという目的の集会です」
そうだったのか。
なるほど、納得がいった。
「では、会場に案内します」
女性はそう言って、身に着けていた腕時計に口を近づけて「会場」と囁いた。
すると、何の変哲もない雑居ビルのロビーの壁が音もなく二つに割れ、秘密の登り階段が現れる。
「さあ、ここを登った二階の部屋です。すぐにまた鍵を掛けますので、速やかにお入りください」
急かされて、秘密の階段に足を踏み入れながら、今の音声認識の合言葉は「会場」だったのか、それとも「解錠」だったのか、もしかしたら「階上」だったのか、などと余計なことが頭に浮かんだ。