第4話 Nintendo Switch(有機ELモデル)

文字数 3,085文字

 四十一歳の秋。俺は新しい相棒を迎えた。

 最新中の最新ゲーム機「Nintendo Switch(有機ELモデル)」である。

 昨今の洗練されすぎたゲームに馴染めないままに、レトロゲームという温かく心地よい沼にどっぷりと糠漬けのように浸っていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。抽選販売で当選したことをきっかけに、俺はここから、新たな人生を歩み始めるのだ。

 実を言えば、Switch自体は前々から購入を考えていた。『オクトパストラベラー』は発売当初から気になっていたし『リングフィットアドベンチャー』はRPG要素もあるらしいので、今度こそ痩せられるのではないかとも思っていた。

 それでも手を出さなかったのは、ひとえにこの「新型発売」の噂が絶えなかったためである。せっかく買うのであれば、新型がいいに決まっている。そのため、俺は待つことを決めたのだ。

 結果、思っていたよりも長期間の待機となり、しかも既存のSwitchユーザーが「がっかり」したらしい新型登場となったが、俺は待ったことを後悔していない。

 白を基調とした機体は従来のSwitchよりも各段に美しく、洗練された大人の印象になっているし、少し大きめの画面は、四十を超えた目にも優しい……まあ、ほとんどテレビに接続してプレイするつもりなので、あまり関係はないが。

 ただ、待機期間が長かったことによる弊害も多少はある。気になっていた『オクトパストラベラー』は義兄が所持していることが発覚し、俺のテンションを最低値まで落とした。なぜなら、俺が天邪鬼だからだ。義兄がすでにプレイ済みのゲームを、さも「ずっとずっと気なってました! すごくやりたかったんです!」という態度でプレイするわけにはいかない。

 また『リングフィットアドベンチャー』は、その義兄の息子、つまり俺の姉の息子でもある、甥がプレイする姿を見て萎えた。想像していた以上に面倒くさそうだし、一回ごとの時間もかかりそうだ。そんなもの、この俺に継続できるわけがない。つまり、痩せないと判断した。

 同じゲームが複数のハードで発売される昨今、Switchでしかプレイできないもので、気になるものは少ない。すでにPS4を所持している俺にとって、上記二つを除いてしまうと、強力な購入動機がなくなってしまう。やっぱりいらないかも……と思い始めていた頃、あるタイトルの紹介映像が目に飛び込んできた。

 YouTubeに流れた『ポケモンレジェンズアルセウス』の初公開映像である。

 俺は久しぶりに自分の心臓が高鳴るのを聞いた。

 自由に移動できるフィールド。自然に息づくポケモンたちとのバトル、そして捕獲。そこには、俺が想像していた、理想のポケモンの世界があった。

 ドラクエ・FF世代である俺は、微妙に時期がズレるポケモンにはハマらなかった。緑とか黄色、そして金くらいはプレイしたことはあるが、もうすでに馴染めなかった。

 ポケモンを捕まえて鍛えるのは良いが、ジムを回ってバッジを集めてリーグで優勝して終わり。シリーズの新しい作品が出ても、基本はその繰り返しだ。JRPG全盛期で育った俺にとって、それは正直物足りなかった。

 だが『アルセウス』はそうではない。そのことが一目でわかる映像だった。一緒に見ていた姪や甥は『レッツゴーイーブイ』をプレイしたことですっかりポケモン好きになってはいたものの、そこまでの反応は示さなかった。

 まだ幼い彼らにはわからない、俺が受け取ったメッセージ。それは「これまでのポケモンからの脱却」であった。

 プレイするべきゲームは決まった。あとは新型Switchを手に入れたうえで、発売を待つのみ。

 抽選販売には、三店舗で申込をした。そのうち二つが当選し、一つを知人に譲った。だが『アルセウス』発売までは、あと三か月ある。

 それまでに、せっかく手に入れたSwitchを眠らせておくわけにはいかない。

 十一月にポケモンの『ダイパリメイク』の発売が決定されていたが、それも一か月ほど先だ。しかも『ダイパ』に思い出があるらしい例の義兄が「絶対買う」とか言っているらしいため、俺の購入意欲は一ミリも上昇しない。

 だが『アルセウス』の前に、少しはポケモンの世界に触れておくのは良いと思われた。そうなると、現時点での最新作である『ソード・シールド』が第一候補となる。姪たちが楽しそうにやっていた『レッツゴーイーブイ』も悪くはない。

 どちらにするかは、明日までに決める。仕事終わりに、どちらかを購入するつもりだ。

 同居人の爼倉尊宣には相談しない。本当はとても相談したいが、しない。

 これは、俺のゲーム人生……俺の、物語だからだ。

 幸い、爼倉は今のところSwitchに興味がない。俺が本体を二台買って帰った時も「じゃあ、俺が一台買いますよ」とは言わなかった。正直、ちょっと期待していたのだが。

 ソフトについても、気になっているタイトルはないらしい。

「何やるんすか? オクトパストラベラーっすか?」

 と、一応訊いてはきたものの、俺が「いや、いまさらだろ」と答えたら「そっすよね~」で話が終わった。

 俺がおもむろにポケモンをやりだしたら、爼倉はどう思うだろう。『ソード・シールド』であれ『レッツゴー』であれ、否定はしないだろうが、隣で見物することもないだろうと思う。彼もまた、ドラクエ・FF世代だからだ。

 だが、それらはいわばカモフラージュ。来年一月の下旬に、俺が『アルセウス』を始めた時が本番だ。彼は慌ててSwitchを買いに走るかもしれない。そこで俺はこういうのだ。

「待ちたまえ。君は知らないだろうが、Switchはプレイヤーによってセーブデータを分けられるのだよ。つまり、俺がやっていない時、君は君自身のデータでプレイすることができる。良かったら貸そうではないか。何も一台ずつ買うこともないさ」

 俺は想像したが、顔がにやけることはなかった。なぜなら、同時に彼の返す言葉まで想像できたからだ。

「いや、同時にやりたいじゃないすか。通信することもあるかもしれないし。ってことで、明日買ってきまーす」

 まあ、それならそれでいい。

 なんにせよ楽しみだ。

 さあ、明日はどちらを買おうか。やはり『ソード・シールド』だろうか。いや、言い方は悪いがどうせ「かませ犬」なら『レッツゴー』にして、姪たちと交換して楽しむのもいい。



 考えながら、俺はレトロフリークの電源を入れた。明日からレトロゲームはしばらくお休みだ。今日は最後に、色々楽しもう。RPGは始めると明日も続けてしまいそうなので、我慢だ。

 ファミコンは『いっき』、『マリオ』、『火の鳥』、『エキサイトバイク』、『ディグダグ』、『マッピー』、『グーニーズ』……。

 PCエンジンの『妖怪道中記』、『カトちゃんケンちゃん』、『R-TYPE』、『ジャッキーチェン』……。

 スーパーファミコンの『F-ZERO』、『マリオワールド』、『ドラゴンボール超武闘伝』、『ストリートファイターⅡ』……。

 俺はRPGばかりやってきたと思っていたが、それ以外にも、俺を育て、救い、支えてくれたゲームがこんなにもたくさんある。いや、この機械に入っていないゲームは、もっともっと多い。

 みんなきっと、明日からの俺の門出を祝ってくれるだろう。

 やはり馴染めず戻ったら、また温かく迎えてくれるだろう。

 だから安心して、出発できる。

 彼らはたかがゲーム。たかがデータの集合体。だからこそ、変わらない。

 嫌でも変わってしまう俺たちが心から信頼できる、貴重な存在なのだ。
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