第1話

文字数 1,442文字

「なぁハル?」
「はい?」
「何で狩猟が北海道の一部を除いて秋から冬にかけて行われるか知ってっか?」

 俺は現在、北海道をドライブ中だ。

 正確にはシカを狩るために猟をしている真っ最中。

 本州でシカ猟というと基本「巻き猟」と呼ばれるスタイルで行われる。これは獲物を追い出す「勢子」と、待ち伏せをして銃で撃つ「タツ」の二手に分かれる猟法だ。

 しかし北海道のエゾシカ猟なら、車での「流し猟」がメインとなる。

 この猟法は車を流しながらエゾシカを見つけたら撃ちに行くというスタイルだ。現在、俺と相棒のハルは流し猟の真っ最中なのだ。

 その車中でハンドルを握る新人のハルに問題を出して暇つぶし。すると相棒の眉間に皺が寄った。

「加瀬さん。私を馬鹿だと思ってるでしょ?」

 俺は正直に「うん」と頷いて笑顔を向けるとハルの頬が丸く膨らんだ。仕草や表情が子供みたいなやつだ。

 まぁ実際に彼女は二一歳になったばかりだから、四〇歳の俺からしたら、まだまだ社会に巣立つ直前の子供なのだが。

「それで? 答えは?」
「はい。幾つか理由があります。一つ目に夏だと狩りをする側の人間が暑さや蚊。ヤマビルなどが不快で辛いという理由。二つ目に野生動物は餌の少ない冬を生きるために、秋に栄養を溜め込み油の乗った美味しい肉が取れるという理由。三つ目は冬場なら狩った後に肉が傷みにくいという理由。他にも野生動物が出産や子育てを終えていて、親を狩っても子は生き延び来年へと繋がっていくという理由。落葉しており見通しが良く狩りやすいなど、とにかく冬場に狩りをするのは何かと合理的だからです」

 ほとんど百点に近い答えのハルに笑顔で褒める。

「おぉ賢い賢い。さすが優等生。褒めてつかわす」

 そう言って頭を撫でてやるとハルが顔を赤らめた。

「何だ照れてるのか?」
「違います! 怒ってるんです! 子供扱いしないでください!」

 そう言って「ふん!」とそっぽを向いた姿が、やはり子供じみていたので俺は大いに笑ったのだった。

 さて、少し自己紹介をしよう。俺は加瀬心(かせしん)。先程も少し触れたが四〇歳で市役所で働く地方公務員だ。

 まぁその辺にいるただのオッサンだと思ってくれればいい。

 ちなみにバツイチの独身だ。

 そして先程から、からかっている対象の子が立花遥(たちばなはるか)

 通称ハルだ。ボブのショートカットの髪と、スラリとしたスポーティでアクティブなタイプの女性だ。

 務めている職場の上司の子で現在が大学四年生。就職活動を早々に終えて趣味の猟に出ている優秀な学生でもある。

 そうやって他愛ない会話を交わしていると、ハンドルを握っているハルが何かを見つけた。

「加瀬さん」
「どうした?」
「道路に動物の糞が落ちています」

 車を国道脇に寄せてから降りて、二人で確認する。

「ヒグマだな。それも新しい」

 ヒグマも狩猟対象だが、新人のハルが居るために狩りの獲物からは外す。

 ヒグマは本当に危険なのだ。

 生半可な気持ちと装備では立ち向かえない。

 現在、狩猟歴が一年と少しの二一歳のハルはライフルが所持できないため、散弾銃に二十番スラッグと言う弾を使用している。

 この弾は反動が少なく初心者の女性向けな為に、威力不足の感が拭えず大型の動物だと半矢(弾が当たりはしたが死に至っていない状態の獲物のことを言う)にしてしまう可能性が高いのだ。

 そうなると手負いのクマを相手にすることになる。それは大変に危険で狩るのも命懸けになってしまう。

「ハル。行くぞ」

 オレは相棒を呼び、再び車で移動を開始するのだった。
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