第1話

文字数 1,995文字

『舞に、連絡先教えてもいい? 律と仲良くなりたいって』
 メールを送る。既読はつくが返信はない。左手の出窓を見る。薄地のカーテン越しに隣家の明かりが見えた。顎肘をつき、しばらくその明かりを眺める。
 そもそもなぜ私がこんなに気を使わないといけないのか。きっかけは学校で律が教科書を借りに来たせいだ。出窓を叩く音がする。開けると、不機嫌な顔の律がいた。手には突っ張り棒。いつもそれで窓をついて合図する。
「あのメール、何?」
 私は学校でのやり取りを簡単に説明した。友達の舞が教科書を借りに来た律に興味を持ったみたいだと。
「なんでいつも俺に友達を紹介すんだよ。頼んでないだろ」
 私たちは時折こうして窓越しに会話をする。電話よりもメールよりも手っ取り早い。
「俺は彼女作るのとか興味ないの。紹介されても断るだけだから、もう紹介してくんな」
 そんなことを言われても困る。内心そんなことを考えながら、返事をした。
「あ、そうだ。教科書のお礼、明日でいいか?」
「じゃあ駅前に新しくできたカフェのいちごづくしパフェ! 1,000円のやつ」
「高っ! 今回だけだかんな」
「ちゃんとお礼してくれるんだね。さすが律儀の男、律だ」
「アホなこと言ってないで寝ろ」
 そう言って、幼馴染はさっさと窓を閉めた。2mの距離の会話は律の気まぐれで始まり、気まぐれで終わる。
 翌日、駅前のカフェで、目の前の律が不機嫌そうにコーヒーをすする。
「なんでこいつらがいるんだ?」
 私の隣に舞、舞の前に律の友達の蓮がいる。
「私も行きたいってお願いしたの」
 舞が顔を輝かせている。律はしかめっ面のまま。
「で、お前は?」
「俺もここに来たかったんだ。女子が一緒の方が入りやすいからな。心配すんな。俺たちは律におごられるつもりはないから」
 私たちはその後、近くのゲームセンターに立ち寄った。舞は律とぬいぐるみのクレーンゲームの前にいる。律もまんざらではない様子で時折笑っている。私はそんな二人を気にしつつ、お菓子を取るためにクレーン操作に集中した。
「悪かったな」
 突然現れた蓮に驚いてボタンを押す。そのせいで、クレーンは目標物のずっと手前で下がっていった。
「悪かったって、何が?」
「舞のこと。本当は律と二人の約束だったんだろ?」
「いいの。これがきっかけになればいいし」
 二人はシューティングゲームに向かっていた。その後ろ姿を見つめる。
「素直じゃないな」
 はっとして蓮を見る。
「いいのか? ずっとそうやって自分の気持ちを誤魔化したまんまで」
「どうして、そんなこと言うの?」
 蓮はそれには答えず、どこかへ行ってしまった。シューティングゲームを終えたばかりの二人は楽しそうにハイタッチをしている。お似合いかもしれない。そう考えたら、胸の奥がひどくざわついた。
 家に帰っても、落ち着かなかった。むしろその感情はどんどんひどくなっていく。家族同然の幼馴染と自分の友達がうまくいくことは喜ばしいはず。なのに、なんでこんなにも苦しくなるのか。
「気づいてしまったじゃないか」
 蓮のせいだ。あんなこと言うから。いや、違う。分かっている。本当はもう、ずっと前から律は幼馴染じゃない。
 突然、スマホが鳴り出した。気乗りしないまま電話に出ると、舞の高い声がした。
「あのさ、また今日みたいにダブルデートしようよ」
 私の反応の悪さに気づいたのか、舞は怪訝そうにどうしたのと尋ねる。
「舞は、律とつきあいたいの?」
「そうだよ。咲は協力してくれるでしょ?」
 信じて疑わないといった声が聞こえる。
「ごめん。それ、出来なくなっちゃった」
「それって、咲も律君のことが好きってこと?」
「そう、なんだと思う」
「……もっとさ、早くそれ言ってよ」
 呆れたように言った後、舞は短く息を吐いた。

 長く伸ばした突っ張り棒で隣家の窓ガラスを叩く。驚いた様子の律が顔を出す。
「どうしたの?」
 2m先の律と不意に視線がぶつかる。流れる沈黙。気まずそうにそむけた律の横顔に、思い切って声をかける。
「あのさ、今度出かけようよ」
「聞いたよ。また四人で、だろ?」
「そうじゃなくて。私と二人で、どっか行こうよ」
 面食らったように大きな目をゆっくりと瞬かせて、
「お、おお。じゃあ今度の休みに行くか」
 と言い、律は笑った。電話を切る前の舞との会話を思い出す。
『咲が律君のこと好きなの分かってたよ。ずっと早く気持ちに正直になれって思ってた。こうでもしないと素直にならないと思ってさ。あ、私が好きなの律君じゃないから。蓮だから』
 舞のお節介め。そんなことを思いながら、律を見つめた。
「また食べたい、いちごパフェ」
「ファミレスでいいか?」
「やだよ。駅前のとこに行こうよ」
 まだ好きって言わない。
「今日行ったばっかじゃん」
「だって、好きなんだもん」
「知ってる」
 にやりとした律と笑い合う。言葉にしなくても、律には届きそうなそんな気がする。
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