血と涙と雨。

文字数 979文字

雨がルーフを打ち、
小さく爆ぜる音が、
ランダムなリズムを刻む。

ゆっくりとシフトダウンし左折レーンに入る。
死んだ祖父のダルマセリカは体を震わせながら停止線の前に座る。

「止まないね。雨。」

彼女が隣で呟いた。

「6月だから。仕方ない。」

僕は答える。
信号が青になり2速に入れてアクセルペダルを踏む。

手についた血はもう乾いている。
肌に吸着して黒々と、そして少し輝いている。

隣の彼女はただただ窓の外の世界を眺めている。

「ねぇ、雨の中で涙を流しても誰にも分からない?」

彼女は微かな声で呟いた。
サイドミラーに写る自分に話しかけるように。

「バレないだろう」

僕は答える。
3速に入れてトレーラーを抜く。

「晴れの日って憎いよね。
何でもかんでも明るく照らして。
何も責任を取らない。」

彼女は一呼吸置く。

「それに比べて雨は有能だよ。
全てを包んでくれる。
夜の雨なら尚更。」

バスを避けるためにウィンカーを出す。
一瞬、右のフェンダーミラーに目線を移す。
滑らかにバスを避ける。 

彼女はまた、小さく呟く。

「止まなきゃいいのに。雨。」

確かにそうだ。止まなきゃいい。この雨が。
止まない雨はないだろう。そんなことは関係ない。
止めるのを止めさせればいい。

「まぁ、無理だろうけど。」

僕は答えた。

彼女は黙って雨の降る夜の渋谷を見つめている。

前にタクシーが飛び出してくる。
僕は落ち着いてブレーキペダルを踏む。

後ろのシートに寝かせていたブルーシートが音を立てて少し前へ移動する。

タクシーの背後につく。
そしてまた、アクセルペダルを踏む。

そうすると、自然と寝かせていたブルーシートも
元の位置へ戻っていく。

ガサガサという乾いた音に包まれた重い音。

僕はバックミラー越しに寝かせていたブルーシートを視界に入れる。

ところどころ血が滲み始めていた。

「どこまで行こうか。」

僕は視線を戻し、前を向く。

「雨が降ってる場所。」

彼女は答えた。

「わかった。」

僕はアクセルペダルを踏み込む。

「止まないといいね。雨。」

彼女が言った。

「うん。」

僕は答える。

雨がルーフを打ち、
小さく爆ぜる音は、
ランダムなリズムを刻む。






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