第1話
文字数 1,948文字
僕の仕事と言ったら、それはとてもとても特別な仕事だ。依頼主は若い女性の写真とか、一つだけ弾丸を残した銃とか、それこそ何が入っているか分からないキャリーバッグとか、思い思いの品を僕のもとに持ってくる。僕は渡されたものであれば何でも溶かしていく。ドロドロになるまで溶かす。原型を思い出せなくなるまで溶かす。そして、一度溶かされたものは決して元には戻らない。これが僕の仕事だ。
僕の仕事場にやって来る人々は誰でも示し合わせたかのように何かから逃げてきた後みたいな顔をしている。それが何故なのかは僕にも分からない。ただ、そういった人達をそのまま帰すことは心苦しいから基本的に僕は依頼を断らないようにしている。
それが理由で、ウチの評判は上々だ。大多数の人間にとっては僕の仕事なんて宗教と同じくらいに嘘っぱちだろうけど、いつだって不安が顔に張りついたようなウチの顧客にとって僕はお釈迦様と同じくらいに奇跡だ。
例に漏れず、今度の顧客もやつし切ったような顔をしていた。その顧客は、遠目で見ても細目で見てもコウテイペンギンと分かるほど典型的なコウテイペンギンだった。南極からはるばる温帯の島国までやって来たのだから、よほどの事情があるのだろう。
さて、そのペンギンは当然ペンギン語で僕に語りかけた。
「こうなったのも全部アンタのせいなんだぜ。」ペンギンは憤慨していた。
「僕のせい?」
僕は普段、依頼主に対して疑問文を投げかけることを厳しく禁じているが、今回に関しては相手はペンギンだという油断が僕の信条を上回った。
「俺の娘の命を奪ったんだよ、アンタが。覚えていないだろう?」
「残念だけど、覚えてないな。僕はモノを溶かす時、何も見ないし、何も考えないようにしているからね。」
「やっぱりね。そうだろうと思ってたんだ。念力ってやつだな。何でかなぁ、アンタの言いたい事が嫌なほどに分かるのさ。」ペンギンは銃を取り出した。南極から泳いでここまで来れば、税関に止められることは無い。これは密輸について僕が知っている二、三の事柄の内の一つだ。
「分かっただろ?アンタはこれから俺の娘を探し出すのさ。」
「もし断ったらどうなるんだ?」
「俺よりも、もっとおっかないペンギンがやって来るだけさ。」
実は僕も、そうだろうと思ってたんだ。念力ってやつかな。僕だってペンギンの言いたい事は嫌なほどに分かる。
真っ黒の液体の中に入って、僕はペンギンの娘を探している。その液体は僕がこれまで溶かしてきた全てで構成されていて、気が向いた時にはグレープフルーツのような臭いがする。
ペンギンは僕に銃口を向け、ちょうど間抜けなあくびをしたところだ。銃口を突きつけられている僕は当然あくびをすることなんて出来ない。
「本当にここの中に俺の娘はいるんだろうな?」
「溶けたものは全部このプールにしまってあるんだ。もし僕が溶かしたのであれば、あなたの娘もここの中にいるはずだよ。」僕は薄々、ここにペンギン娘はいないという事に気づき始めていた。
「そうか、続けてくれ。」ペンギンはこんな場所にペンギン娘がいないことを元々知っていた。
「あなたの娘が見つかったとして、それに何か意味があるんだろうか?」
「意味も無く殺したのはアンタの方だろう?」
「それがあなたに見える世界ならどうしても敵わないな。」
「俺の頭はイカれてないぜ。本当は銃口を向けるべきは俺の頭かもしれねぇって思いもあるんだ。真実っていうのはそういう形でしか見ることができないだろ。」
「その意見に対してなら、僕は百パーセントの同意ができるな。」
ペンギンは笑う代わりに、銃を一発、空に撃った。
やっぱり僕らの思った通りだ。何時間探してもペンギン娘の手がかり一つ見つからなかった。
時間はとっくに深夜ゼロ時を過ぎていて、気づかぬうちに、僕とペンギンの出会いは昨日の話に遡った。残業手当があればまだ許せたものだが、僕の仕事はそんな風に時間を数えるようにはできていない。
次第に、真っ黒な液体と僕の体との区別も出来なくなってきていたし、ペンギンは分かりやすく気の狂った様子だった。ここまで来なければ、ペンギンだってもう少し幸福だったろうと思うと、僕は申し訳なくなった。
「閃いた。閃いたんだ。」突然そう叫び声がしたと思うと、ペンギンは真っ黒な液体の中に飛び込んで、真っ黒な水飛沫が上がって、真っ黒な液体の中に潜って行った。
僕は必死になってプールの中からペンギンを見つけ出す努力をしたが、ペンギンの姿はどこにも無かった。ずっと奥深くに沈んでいったのか、それとも全て幻覚だったのか。どちらにしたってペンギンは今娘と一緒にいるんだと思う。そう考えることがお互いにとって慰めになるだろうから。
僕の仕事場にやって来る人々は誰でも示し合わせたかのように何かから逃げてきた後みたいな顔をしている。それが何故なのかは僕にも分からない。ただ、そういった人達をそのまま帰すことは心苦しいから基本的に僕は依頼を断らないようにしている。
それが理由で、ウチの評判は上々だ。大多数の人間にとっては僕の仕事なんて宗教と同じくらいに嘘っぱちだろうけど、いつだって不安が顔に張りついたようなウチの顧客にとって僕はお釈迦様と同じくらいに奇跡だ。
例に漏れず、今度の顧客もやつし切ったような顔をしていた。その顧客は、遠目で見ても細目で見てもコウテイペンギンと分かるほど典型的なコウテイペンギンだった。南極からはるばる温帯の島国までやって来たのだから、よほどの事情があるのだろう。
さて、そのペンギンは当然ペンギン語で僕に語りかけた。
「こうなったのも全部アンタのせいなんだぜ。」ペンギンは憤慨していた。
「僕のせい?」
僕は普段、依頼主に対して疑問文を投げかけることを厳しく禁じているが、今回に関しては相手はペンギンだという油断が僕の信条を上回った。
「俺の娘の命を奪ったんだよ、アンタが。覚えていないだろう?」
「残念だけど、覚えてないな。僕はモノを溶かす時、何も見ないし、何も考えないようにしているからね。」
「やっぱりね。そうだろうと思ってたんだ。念力ってやつだな。何でかなぁ、アンタの言いたい事が嫌なほどに分かるのさ。」ペンギンは銃を取り出した。南極から泳いでここまで来れば、税関に止められることは無い。これは密輸について僕が知っている二、三の事柄の内の一つだ。
「分かっただろ?アンタはこれから俺の娘を探し出すのさ。」
「もし断ったらどうなるんだ?」
「俺よりも、もっとおっかないペンギンがやって来るだけさ。」
実は僕も、そうだろうと思ってたんだ。念力ってやつかな。僕だってペンギンの言いたい事は嫌なほどに分かる。
真っ黒の液体の中に入って、僕はペンギンの娘を探している。その液体は僕がこれまで溶かしてきた全てで構成されていて、気が向いた時にはグレープフルーツのような臭いがする。
ペンギンは僕に銃口を向け、ちょうど間抜けなあくびをしたところだ。銃口を突きつけられている僕は当然あくびをすることなんて出来ない。
「本当にここの中に俺の娘はいるんだろうな?」
「溶けたものは全部このプールにしまってあるんだ。もし僕が溶かしたのであれば、あなたの娘もここの中にいるはずだよ。」僕は薄々、ここにペンギン娘はいないという事に気づき始めていた。
「そうか、続けてくれ。」ペンギンはこんな場所にペンギン娘がいないことを元々知っていた。
「あなたの娘が見つかったとして、それに何か意味があるんだろうか?」
「意味も無く殺したのはアンタの方だろう?」
「それがあなたに見える世界ならどうしても敵わないな。」
「俺の頭はイカれてないぜ。本当は銃口を向けるべきは俺の頭かもしれねぇって思いもあるんだ。真実っていうのはそういう形でしか見ることができないだろ。」
「その意見に対してなら、僕は百パーセントの同意ができるな。」
ペンギンは笑う代わりに、銃を一発、空に撃った。
やっぱり僕らの思った通りだ。何時間探してもペンギン娘の手がかり一つ見つからなかった。
時間はとっくに深夜ゼロ時を過ぎていて、気づかぬうちに、僕とペンギンの出会いは昨日の話に遡った。残業手当があればまだ許せたものだが、僕の仕事はそんな風に時間を数えるようにはできていない。
次第に、真っ黒な液体と僕の体との区別も出来なくなってきていたし、ペンギンは分かりやすく気の狂った様子だった。ここまで来なければ、ペンギンだってもう少し幸福だったろうと思うと、僕は申し訳なくなった。
「閃いた。閃いたんだ。」突然そう叫び声がしたと思うと、ペンギンは真っ黒な液体の中に飛び込んで、真っ黒な水飛沫が上がって、真っ黒な液体の中に潜って行った。
僕は必死になってプールの中からペンギンを見つけ出す努力をしたが、ペンギンの姿はどこにも無かった。ずっと奥深くに沈んでいったのか、それとも全て幻覚だったのか。どちらにしたってペンギンは今娘と一緒にいるんだと思う。そう考えることがお互いにとって慰めになるだろうから。