プロ彼女とイケメンな客

文字数 1,132文字

私はプロの彼女をやっている。仕事だから私情は挟まない。

 お金で恋人のふりをする仕事だ。大好きだった彼に裏切られたあとに、仕事としてプロ彼女をはじめた。あの忌まわしい男を見返したい。二度と会うことはないけれど、初彼に私を裏切ったことを後悔させる女になりたい。そう願っていた。だから、一生懸命仕事をこなした。いまや、レンタル彼女派遣会社ナンバーワンになったのだ。

 男なんて単純だ。私の美貌と口調と仕草でイチコロだ。

恋はあれ以来何年もしていないし、するつもりもなかったのだが。最近、毎日私を指名するレンタル客がいる。その男は、金持ちそうでもなく至って普通の男なのだが、よくお金が続くものだ。毎日二時間程度、お茶を飲んだり、話をするだけのデートをする。

 私を気に入ってくれたのかな? 彼はいつも優しい。笑顔が抜群で、その眼差しに、不覚にも何年ぶりかの胸キュンを感じてしまった。

私は、彼と一緒にいる時間が仕事だというのに、心地よい至福の時間になっていた。彼は気配りができるし、顔立ちもいい。なぜ、彼女をレンタルするのだろうか? 普通に彼女なんて何人でもできる人材なのに、疑問だった。

彼にかかれば、大抵の女はイチコロだろう。優しい彼の本当の彼女になりたい。彼の表情ひとつに胸キュンがとまらなくなっていた。

「大切な話がある」
ああ、きっと本物の恋人になろうと言われるに違いない、私は、確信していた。彼も私に惹かれていると。

彼は書類を取りだし紙とペンを差し出した。もしかして、いきなりのプロポーズ?
私は、息をするのも忘れるくらいの緊張とときめきに襲われた。今まで生きていたなかで、1番幸せな瞬間だった。

「ここにサインしてほしい」
「そんな、いきなり言われても」
「いきなりで申し訳ないが、僕の所に来てほしい」
「急なプロポーズ、少し考えてもいい?」
「プロポーズ? というより引き抜きだけど」
「引き抜き?」
「僕はレンタル彼氏派遣会社の社長をしているんだ。これからレンタル彼女部門の事業を拡大する予定でね。人気ナンバーワンの君に、わが社にきてもらいたいんだ。僕はナンバーワンのレンタル彼氏だから」

私は、何も言えなくなってしまった。
きっと口をあけっぱなしで情けない表情だったに違いない。

「でも、私には今の会社があるから」
「いずれ君の会社は、買収されるよ。君の会社のレンタル彼女たちは、みんなこの書類にサインしてくれてね。わが社に来てくれるから」

この男はプロ中のプロだ。
私は、きっとプロとして、この人にはかなわない。彼と一緒にいたい。私は、月明かりの下でサインをしてしまった。
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