第1話

文字数 2,738文字

 先生の身体が、足先だけ残してばらばらになってから一週間が経過した。
 先生は偉大な魔法使いだったが、ある日突然やしきに乗りこんできた侵入者に全身を切り離されてしまったのだ。先生は、自分の心を足先に封じこめ、なんとか一命をとりとめたが、その妙ちきりんな姿に弟子たちはみなおびえ逃げ出し、先生のそばにはメイドのカレンだけが残った。カレンはまだ十六歳の少女だった。長く美しい金髪を髪留めできれいにまとめ上げ、ねずみ色の仕事着を着ていつも忙しく動き回っている。
「先生、おふとんを干します。ベッドから起き上がってください」
「いやだいやだいやだ」
 ベッドが大きくガタガタと揺れた。
「ずっとそうやってふさぎこんでいても元気がなくなるだけですわ」
 カレンがかけぶとんをはぐと、青白い足が小刻みにふるえていた。
「やめろ! 見るな見るな見るな」
「寝てばかりいるから悪い考えに陥るんです。見てください、良い天気でしょう。散歩にでもお出かけになっては?」
 カレンがカーテンを開けた。部屋じゅうにまぶしい日ざしが降り注ぐ。
「ばかなこと言うんじゃないよ。この姿で出かけてみろ、朝っぱらからオバケが出たって町じゅうが大騒ぎになる。私は被害者なのに、バケモノ扱いされるんだ」
「でしたら、ばらばらになった身体を探しに行くのはどうでしょう。きっとみんな無事でいますわ」
「そうかぁ?」
「そうですとも。なくした物を見つけるおまじないをしましょう。私、準備をします」
 ひとかけらのニンニク、塩ひとつまみ、銀のさじ、市内の地図。これらすべてを水を張ったバケツに入れる。これで準備は完了。
「旅人の道しるべとなる一番星よ灯れ」
 先生が呪文を唱えると、バケツに沈めた地図がところどころピカピカと光った。カレンは地図を取り出し、ピカピカ光る場所を指さした。
「先生、喜んでください。身体はみんなここからそう遠くないところに飛んで行ったようです。これならすぐに取り戻すことができますわ」
「そう上手いこといくもんか。それにさっきも言ったろ、私はこんなみっともない姿で出かけたくないんだ。探すんならきみひとりで行ってきな」
 足だけになった先生は、枕の下に姿をひそめた。
「もう、わがままなんですから。ではこのカゴにお入りになって。このなかにいれば姿も隠せますし、移動も楽ちんです」
 カレンはぶつぶつ言う先生を果物カゴのなかに入れると、上からハート柄のハンカチをかけ、まるでピクニックにでも出かけるかのように、元気よく市内へくり出した。
「ここに身体の一部があるようですわ」
 カレンは古い病院の前で立ち止まった。
「うへぇ、ここの病院昔から有名だぜ。医者が今にも死にそうなジジイなのに、いつまでたっても生きてるんだ」
「なんだか先生具合が悪いみたい」
 カゴのなかの先生は、土気色になってぐったりと横たわっている。
「さっきから寒気がして、それにビリビリしびれるんだ。私はもうダメかもしれない」
「まぁ大変。それじゃあ身体を取り返すついでに診てもらいましょう」
 カレンはさっそく病院のドアを開けた。受付にも待合室にも人の姿はなく、病院内は静まり返っている。
「ひゃあっ!」
 先生がカゴのなかでバタバタと暴れた。
「どうなさったの」
「熱い、熱い。フライパンの上で転がされてるみたいだ」
「困ったわ、足からくるインフルエンザなのかしら……あら?」
 病院の奥からなにやら物音がする。カレンは注意深く耳をすませながら、音のするほうに向かった。
『院長室』という札がついたドアの前で、カレンの足は止まった。音はこの部屋から聞こえてくるようだ。
「ごめんください」
 カレンがドアをノックすると、よれよれの白衣をはおり、長くて真っ白いヒゲを生やしたハゲ頭の老医師が顔を出した。
「こりゃまたずいぶんかわいいのが来たな。入りなさいよ」
 老医師にうながされ部屋に入ると、部屋の中央にたくさんの部品が取り付けられた男性の片足があった。その足先はぱっきり折られたようになくなっている。
「あぁ、足! 私の足だ」
 かごのなかから様子を見ていた先生が、驚いて飛び上がった。
「なんだい、これはお前さんのかね」
 いっぽう老医師は少しも慌てずに先生を見つめている。
「返せ、返せ。今すぐに返せ」
「そうはいかん。今、データをとってるんだ」
「データ?」
「わしは義足を作ってるんだ。品質の向上のために、本物の足の観察が必要なのさ」
 老医師は部屋の隅にある棚を指さした。そこには男のもの、女のもの、小さな子どものもの、犬やネコなどの動物のものまで、さまざまな義足が飾ってあった。
「脊髄の反射、血液の循環、筋肉の伸縮……多くのことについて調べる必要がある。さっきまでは、いろいろな刺激による筋肉の反応をためしていた。ほれ、こんなふうに」
 老医師は小さなリモコンのような機械を手に取り、ピッとボタンを押した。すると、足に取り付けられていた部品が、次々にブルブルと震え出した。するとかごのなかの先生は、のたうちまわって苦しみ出した。
「うわぁ、やめろ」
 先生が叫ぶと、老医師はもう一度ボタンを押した。すると部品はふたたび静かになった。
「なにをなさったの」
 カレンがたずねた。
「あの部品から、足に強力な電流を流したんだ。ふーむ、身体は切り離されていても神経はつながっておるようだな。これは面白い」
「乱暴はよくありませんわ。先生、早くここを出て、残りの身体をとり戻しに行きましょう」
「なに、残りの身体とな。それならわしにまかせろ。足のデータの礼に、残りの身体が今どんな状態か調べてやる」
 老医師はカゴから先生をつかむと、足の裏を両手で思いきりもみほぐした。
「いてっ、いてててっ」
 ふたたび先生の叫び声が部屋中にこだまする。
「やめて、先生をいじめないであげて」
 かけ寄るカレンに、老医師は首を振った。
「これはいじめてるんじゃない。ここをもみほぐすことで、身体の調子が分かるんだ。足の裏のつぼは全身につながっているのさ。今押してるのは手のつぼ。だいぶ疲労がたまってるな」
「あれっ、急に痛みがおさまった」
 先生の叫びはピタリと止まった。
「これは心臓のつぼ。内蔵には特に異常がないようだ」
「頭はどうでしょう」
 カレンが心配そうに老医師に尋ねる。
「頭は……だいぶストレスに悩まされているな」
「そうですか……」
 ふたりが病院から出て来たときには、ちょうど正午ごろになっていた。
「先生、大丈夫ですか?」
「たくさんもみほぐされて眠たくなった。しばらく昼寝する」
 先生は、かごのなかでコロンと寝返りをうつとそのまま動かなくなった。
「のんきなんですから。今度は繁華街に行ってみましょう」
 カレンは地図を広げ、ピカピカ光るしるしを目で追った。
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