幸か不幸か

文字数 1,963文字

「このサイコロを振って、偶数が出たらその数だけ幸せが来る、奇数が出たらその数だけ不幸が来る。振ってみませんか?」
屋台のおでん屋。和也は少し酔っていた。隣に座っていた男からのふざけた話に身を乗り出した。
「一、三、五で平均すると不幸は三回。それに対して四回の幸せですか?悪くないかも」
「計算早いですね。やってみますか?」
男は普通のサラリーマン風。人を騙すような雰囲気ではなかった。和也は渡されたサイコロを躊躇せずに投げた。出た目は『1』。
「残念でしたね。でも『1』で良かった」
「もう一回振って偶数が出たら、それ取り消しにならないんですか?」
「サイコロの目の数の分だけの不幸が終わるまで絶対振っちゃいけません。振ってしまうと永遠に不幸が続きます」
「そんなぁ」
「まあ、どんなに長くても、三日以内には終わることになってますから」
男は和也の分まで勘定を払って出ていった。卓上に置きっぱなしになったサイコロを眺めた。特に何の変哲のないよく見かけるものだ。コップに残っていた日本酒を飲み干して、サイコロをポケットに入れた。
人影の無い小さな通り。不吉な予感がしたが少し歩けば大通りに出る。その大通りで地鳴りのするような大きな車の衝突音がした。そして、前方から電信柱ほどの大きさのタイヤが転がってきた。「ヤバい」あんなものに轢かれたたら簡単に潰されてしまう。和也はタイヤに背を向けて走った。足が思ったように動かない。もう逃げられない。和也は咄嗟に脇を流れているドブ川に飛び込んだ。タイヤは和也を僅かのところでかすめ、そのまま転がっていった。
壁を伝ってドブ川を這い上がった。靴は両方とも流されてしまい、靴下のまま歩いた。道路に和也の足跡がついていく。「こういうことか……」ただこのままでは割り負けだ、とポケットからサイコロを取り出して投げてみた。『2』。思わず「良しっ」と声を上げた。
歩いていくと、通りに流されたはずの靴の片方が転がっていた。「まさか、これで幸せ一個って訳じゃあ」と思いつつ、片方の靴を手に持って歩いた。すると前方から犬がやってきた。口にはもう片方の靴を銜えていた。「マジかよ」
それから三日間、何も良いことは起きなかった。どうやらあれで終わりだったようだ。
いつものおでん屋に行ってみると、あの男が居た。和也はひとしきり文句を言った。そして縁起が悪いからとサイコロを返すと迫った。しかし男は受け取らない。問い質すと男は渋々話し始めた。
「持ち主が自分で振らなくても、一週間経つと勝手にサイコロが振られます。それは次の持ち主が現れるまで続きます」
「酷いものを渡してくれましたね。止めようは無いんですか?」
「サイコロを振ったあと、その数の不幸が起きている途中で、本人は再度振っちゃいけないんですが、誰か違う人なら振って良いそうです。そうすると一旦止まる」
「それで?」
「つまり、二人がお互い振り続ければ不幸が起きないってことです」
「良いじゃないですか。それでお願いします」
「嫌です」
「なんで?」
「途中であなたが嘘ついて逃げ出してしまうかも知れないじゃないですか」
なんと身勝手な。しかし、男は首を縦に振らず、そそくさと帰っていった。
そうこうするうち一週間が経とうしていた。このままでは勝手にサイコロが振られてしまう。奇数が出たらとんでもない。和也は、おでん屋で隣りに座っていた五十歳くらいの影の薄そうな男に話しかけた。男はあまり考えない質なのか、素直にサイコロを手の平で回し始めた。
「これでようやく持ち主が変わる……」
和也は思わずニヤリとした。男が振ったサイコロの目はよりにもよって『5』。
男は「僕は運がないんですよ」と言って席を立った。和也は、せめてもの償いと、男の分も勘定を払うと申し出た。
よく考えるとサイコロにそんな力があるものだろうか?手放してしまうと、なんだかバカバカしい話のように思えてきた。
和也が帰る道すがら、五メートルはあろうかというニシキヘビがさっきの男を絞めあげていた。男は宙に浮いていた。和也は思わず逃げようとしたが、このままでは彼は死んでしまう。手に持っていた折り畳み傘で蛇に向かって威嚇した。全く動じなかった蛇だが、折り畳み傘が蛇の目の前でパンと開いたとき、それに驚いて、締め付けを解いて去っていった。
こんな不幸があと四回も続いたら彼の命は持たないだろう。申し訳ないと思った。和也は男からサイコロを取り上げてその場で振った。出た目は『2』。
男は和也に「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。悪いのは自分なのに……と思いながらも嬉しかった。ひょっとしてこれが一つ目の幸せ?
そこに再び大型タイヤが転がってきた。和也は男を抱えて脇に逃げた。タイヤが通り抜けたあとには潰れて粉々になったサイコロの破片が散っていた。
<完結>
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