第1話
文字数 5,568文字
わたしはFS3型。アンドロイドだ。
わたしの余命はあと3カ月。
そう法律で決まっている。
この家に来てから20年、まだ小さかったお嬢さんも大学に入り一人暮らしを始めた。20年経つと家も色々な所が壊れ始める。トイレ、洗濯機、階段の手摺、壁紙の汚れ。そんな様々な問題をわたしは一つ一つ解決してきた。お母さんはそんなわたしに笑顔でいつもこういう。「ありがとう。助かるわぁ。」木漏れ日の中、お母さんのやさしい笑顔がわたしの心を穏やかにする。この家のオーナーは自分達のことをわたしにご主人さまではなく、お父さん、お母さんと呼ばせた。お嬢さんもわたしのことをおねえちゃんと呼んでいた。「そんなオーナーは滅多にいないよ。お前は恵まれているんだから。」メンテナンスの山田さんはいつもそう言う。だが、わたしにはよく分からない。他のアンドロイドがどんな過ごし方をしているのか、わたしは造られてからずっとこの家しか知らないのだから。ただこれだけは言える。私の20年間はとても素晴らしい輝きに満ちたものであったと。
「ちょっとおねえちゃんがいなくなるってどういうこと!」
リサが家に飛び込んで来るなり叫んだ。
「ナオちゃんは家族だよ。家族を捨てちゃうの。」
ナオちゃんと言うのはこの家でのわたしの呼び名だ。
「リサ、そんな事言ったって法律で決まってる事なんだから、どうしようもないじゃない。」
お母さんはコタツにはまったままのんびり応える。
「んんんんんんん!!!」リサは畳に両脚を踏ん張って頭から湯気を吹き出している。
「お母さんホント信じられない。お母さんはナオちゃんのこと、おねえちゃんを何とも思わない訳?
「そんな事言ったってお母さん難しいことはわからないから。」
襖を開けて部屋の奥から父親が顔を出す。
「何をやかましく言ってるんだ。」
「おとーさんはどう思ってるのよ。ナオちゃんのこと。」
「法律で決まってるんだ、どうしようもないだろ。」
父親の返事はそっけない。
「はぁ?それだけ。私の20年間の思い出は?お姉ちゃんはいなかった事にするって事?」
父親は顔色も変えずに言葉を返す。
「そう言う事だな。もともとお前は一人っ子だ。ナオはよくやってくれたと思うよ。だがルールは守らないと。お前ももう少しすれば家庭を持つ事になる。そうなればわかるさ。」
リサの怒りは頂点に達していた。のけぞって声にならないうめき声をあげている。
「もーいいわ。私が何とかする!」リサは勢いよくドアを閉めて出て行った。太陽はもう随分と西に傾いている。中学時代、毎日通った道。黄昏れていく歩道橋でリサは途方に暮れる。
「と、言ったもののどうしたら良いもんだか、、、。」
柔らかな夕陽が辺りをゆっくりと静かに闇に導いていく。
わたしがこの家に来たとき、リサはまだ赤ん坊だった。いたずら盛りで引き出しや扉を開けては色んなものを床に行列させていたものだ。わたしはその小さな一つ一つをゆっくりと元の場所に戻していた。月日が流れ、運動会、参観日、リサの行事があるたびに、わたしは彼女の成長を記録した。喜びも悲しみもリサと共に有る。リサが喜べばわたしも幸せな気持ちになる。リサが悲しめばわたしの心も暗い雲に覆われる。わたしの20年間はリサと過ごした20年だ。ちょっと待って、わたしの心?
リサの愛らしい瞳。私はそれを好ましく思う。これは感情だろうか。それとも、インプットされた守るべき家族を優先するアルゴリズム。
1日過ぎてクールダウンしたリサは考える。とりあえず役所に行ってみよう。そしてなぜナオちゃんを初期化しなければいけないのかを聞いて、私たちがなぜナオちゃんは初期化してはいけないと考えているのかを伝えよう。そうだ話せばわかる!人間だもの。
リサは市役所の前に立っている。
「どっしゃー!!」
勢いを付けて建物の中に入る。
お役所仕事、それは彼らが身につけた防衛本能か。リサの主張はただただ空回りするばかりだった。「それはあちらの部署で。」「それは国が決めたことなので。」「それが問題だと証明するものはありますか?」「危険なんです。法律を守って下さい。」でも、「おっしゃることは理解します。ですがその問題はこちらでは解決しかねます。」「一度、こちらに相談されてはいかがでしょう。」
リサは市役所の古ぼけたソファーに息も絶え絶えにへたり込んでいた。
「何なんだ、一体。ここは日本じゃないの。言葉が通じているんだかいないんだか、全くわからないわ。第一、あのフニャフニャした物体は何?」
フニャフニャが口を開く。「お答えします、あなたの家族が所有するアンドロイド、FS3型は国が定める「人口知能安全活用実施法施行規則第23条2項に定める汎用AIの継続使用は20年以内とし、それ以上の機械学習は国家認定研究機関およびその委託先に限定する。」に基づき経過措置の終了する今週末までに認定工場へ該当のFS3型を持ち込む義務があります。期限を経過した場合は本人およびその家族に罰金30万円以内または2週間の禁固が適用されます。」
フニャフニャ。そう言うお前もAI人工知能でしょう。お前も20年後には認定工場に連れていかれ、今まで築いて来たスキルを台無しにしてリセットされるのよ。わかってる?
今日もいい天気。わたしは縁側で日向ぼっこ(ごっこ?)をしながら、過去の記憶を振り返る。リサが5歳の頃、区営こどもの国にお母さんと一緒に出かけた。ワクワクする施設に目を輝かせたあなたはわたしたちを置いて一人エレベータで上の階に行ってしまった。慌てたわたしとお母さんは手分けをしてあなたを探した。そして20分後に3階の科学実験コーナーであなたを見つけた。頬を紅潮させ満面の笑顔で振り返ったあなたをわたしは呆然と眺めていた。見つけた事による安堵感とリサと再び会えた喜びを噛み締めていた。
「リサ、わたしもあなたと一緒にいたい。」
静かな午後、時はゆっくりと、でも確実に1秒1秒進んでいく。
その日がきた。
玄関まで見送りに来た家族を前にわたしは頭を下げる。
「みなさん、大変お世話になりました。」
リサは俯いたままだ。
「ナオちゃん、ありがとうね。」手を握りながらお母さんが言う。「心配しなくてもまた会えるからね。」
家族はわたしの再リースを申請していた。わたしは工場で初期化された後、改めてここで暮らすことになるらしい。
ぶーたれたリサが呟く。
「違う。また会えるのは初期化されたナオちゃんで、今までいたナオちゃんじゃないし。」
わたしはリサの手を取り語りかける。
「リサ、わたしはアンドロイド。あなたのおねえちゃんではないし感情も心もないロボットよ。学習機能はリセットされるけど必要なデータは引き継がれるから、何も変わらないと思うの。だから安心してわたしを待ってて。」
リサは上目づかいにわたしを見て疑うように言う。「本当に何も変わらないの?」
わたしは力強く頷く。「はい。」
「じゃ、出発しますよ。」ヤマダエンジニアリングの山口と言う名札を付けた担当者がわたしを車に載せる。
「ナオちゃん!待ってるから、約束だよ!」リサの声を聞きながらわたしを乗せた車は工場へと向かう。ゆっくりと、でも確実に。
次、FS3型、オーナーは再リースを希望しています。
「再リース?」
「なんだか愛着があるみたいで、初期化してもいいからまた同じアンドロイドをご希望だそうです。」まだ働きはじめて間がない作業員が先輩社員に説明する。先輩社員は眉間にしわを寄せながらFS3型のボディーを叩く。
「なんだこのチップ、第三世代の最初のやつじゃん。こんなもんがシンギュラリティー起こすわけ無いだろう。いいよ、そのまま返しちゃえ。」ヤマダエンジニアリング主任の山口はガムを噛みながら後輩の作業員に言う。後輩はおどおどした顔で山口に聞く。
「え、いいんですか。初期化しなくても。」
「初期化なんかしちまったたら、また1からセットアップするんだぜ。めんどくセーだろ。このまま返したら今まで通り使えんだから、クレームもこないし、そもそもこんなことやる意味ねーんだよ。さっさとやれ!」
「あ、ハイっ。」
作業員はナオの首筋にある識別証を剥がすと新しいそれに貼り替えた。
「作業完了!」
あの家族、どんだけこのアンドロイドに愛着感じてるんだよ。こいつもいい加減なこと言いやがって、初期化されたら今までとと同じように会話すら出来なくなるんだから。あの娘のがっかりする姿は見たくねーよ。そもそもAIが人間と同様の感情を持つことなんてないって、とっくに証明されているのに。旧態然とした法律が今だに残っているからこんなことになるんだ。心の中でぼやきながら、雑然としたノイズの立つ工場で、山口は黙って帰路を待つ端整なFS3型の横顔を眺めていた。
ナオが帰って来る。
一家はそわそわとしながらその時を待つ。
太陽が眩しい。工場には1週間いただけなのに、こんなにも太陽の光が眩しく感じる。
ヤマダエンジニアリングのトラックが見慣れた家の前に到着する。わたしは深呼吸してその門の前に降り立つ。
「ただいま」わたしは家族の前に降り立つ。
「おかえりー!!」リサがわたしの胸に飛び込んでくる。
「約束通り帰ってきましたよ。何も変わらないでしょ。」
「ナオちゃんだー!」リサはクシャクシャにしたあの笑顔でわたしを出迎えてくれた。
わたしはアンドロイド。感情はない。工場で作られ、この家に運ばれた。でも、この人たちはわたしをこの家で産まれた家族のように出迎えてくれる。
わたしは幸せ者だ。
シアワセ?
わたしに幸せはあるの。
一つだけ問題があった。わたしの身体は2年後にEOSを迎える。保守切れだ。これからわたしの身体が故障しても修理をしてくれる人はいない。
そこでリサは工学部へ転入し、ロボットの勉強を始めた。わたしの設計仕様書を入手し、消耗パーツのリストを作成した。自宅に3Dプリンターを導入し、わたしの壊れたパーツを内製化することに成功した。
「どーよ、これ!やるでしょわたし!おねーちゃん。」
得意げに腕を組むリサにわたしは頭を下げる。
「姉思いの妹がいてわたしは幸せだわ。」
シアワセ?
大学卒業後リサはわたしの設計仕様書を手に入れる時に知り合った山口というエンジニアと結婚し、可愛い女の子のお母さんになった。わたしはその子のおばさんだ。「ナオちゃん見て!見て!」チビすけの行動はリサの子供時代と瓜二つで、わたしの記憶と記録は2周目に入った感じだ。
わたしはリサに3Dプリンターの使い方を教わり、自分で自分を修理できるようになっていた。通常ならば廃棄される時期を25年以上すぎてわたしはリサと人生を重ねていた。月日は流れリサも歳を取り、わたしも老いぼれて来た。お父さんは3年前に亡くなった。お母さんも認知症が進み、今ではわたしとリサの区別がほぼつかない。そんなお母さんとわたしは静かに暮らしていた。久しぶりに実家を訪ねたリサをわたしは出迎える。
「おかえりなさい。」
「ただいま!」
いつものようにリサは顔をクシャクシャにして笑顔でわたしに語りかける。「ナオちゃんは老けなくていいわね。私なんかすっかりおばさんで嫌になっちゃう。」
「わたしも随分とあちこちダメになって来てますよ。そろそろ引退させてもらわないと。」
「あはは、は」笑いかけたリサの顔が突然苦痛にゆがむ。「あいたたた、」玄関で横たわるリサの姿を見てわたしの身体はフリーズする。
搬送された病院でリサは余命3カ月を宣告された。末期癌だ。
その日からわたしはお母さんを施設に預け、リサと共に暮らしはじめた。朝、一緒に目覚め、洗濯をし朝食をとる。買い物をして世間話をしてテレビのニュースを見て、どうでも良いような話を延々と続ける。昼ごはんは簡単に済ませて少し昼寝をする。暑さが和らぐ頃に、のんびりと近所を散歩する。リサが疲れているようならそれもキャンセル。古い映画を観ながらゆっくりと晩御飯を食べる。ちょっとだけアルコールをたしなんでぐっすり寝る。晴れた日も曇った日もあるけれど、それは心地の良いルーチンワーク。わたしの神経は日々研ぎ澄まされていく。曇りのない湖の水面のような、張り詰めた糸のような、、、。
そしてその日が来た。わたしはリサの異常を検知する。救急車は呼ばず、彼女の家族に連絡をする。あらかじめ約束をしていた嘱託医に最期を託す。彼は手慣れた仕草でリサに必要最低限の器具を装着し、その時を待つ。リサの娘は結婚し、もうすぐ母親になる。大きくなりかけたお腹をさすりながら、彼女は涙目でリサの手を握りしめている。
「ピーーーーーー」
心電図のモニターがビープ音を鳴らしリサは息絶えた。
「お母さん!」取り囲んだリサの娘や家族たちが泣き崩れる。医師はゆっくりと頭を垂れると、てきぱきと器具を取り除き始めた。
今日は曇り空。リサが横たわる部屋は曖昧な陽射しに満たされている。
雀が鳴く電線の背後をどんよりとした雲がゆっくりと流れていく。
木々の緑は張りつめたように身じろぎひとつしない。
わたしの胸の奥から熱い何かが込みあげる。ナンダコレハ、ナンダコレハ。CPUが猛烈に計算を繰り返し、頭の中で何かがカラカラと周り続ける。そして声にならない声が人口肺から吹き上げる。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
わたしが絞り出す音に声帯センサーが悲鳴を上げている。
天空を仰ぎ、全身のアクチュエーターが収縮する。
わたしはナオ、
リサのおねえちゃん。
何よりも大切な妹を、今日失った。
了
わたしの余命はあと3カ月。
そう法律で決まっている。
この家に来てから20年、まだ小さかったお嬢さんも大学に入り一人暮らしを始めた。20年経つと家も色々な所が壊れ始める。トイレ、洗濯機、階段の手摺、壁紙の汚れ。そんな様々な問題をわたしは一つ一つ解決してきた。お母さんはそんなわたしに笑顔でいつもこういう。「ありがとう。助かるわぁ。」木漏れ日の中、お母さんのやさしい笑顔がわたしの心を穏やかにする。この家のオーナーは自分達のことをわたしにご主人さまではなく、お父さん、お母さんと呼ばせた。お嬢さんもわたしのことをおねえちゃんと呼んでいた。「そんなオーナーは滅多にいないよ。お前は恵まれているんだから。」メンテナンスの山田さんはいつもそう言う。だが、わたしにはよく分からない。他のアンドロイドがどんな過ごし方をしているのか、わたしは造られてからずっとこの家しか知らないのだから。ただこれだけは言える。私の20年間はとても素晴らしい輝きに満ちたものであったと。
「ちょっとおねえちゃんがいなくなるってどういうこと!」
リサが家に飛び込んで来るなり叫んだ。
「ナオちゃんは家族だよ。家族を捨てちゃうの。」
ナオちゃんと言うのはこの家でのわたしの呼び名だ。
「リサ、そんな事言ったって法律で決まってる事なんだから、どうしようもないじゃない。」
お母さんはコタツにはまったままのんびり応える。
「んんんんんんん!!!」リサは畳に両脚を踏ん張って頭から湯気を吹き出している。
「お母さんホント信じられない。お母さんはナオちゃんのこと、おねえちゃんを何とも思わない訳?
「そんな事言ったってお母さん難しいことはわからないから。」
襖を開けて部屋の奥から父親が顔を出す。
「何をやかましく言ってるんだ。」
「おとーさんはどう思ってるのよ。ナオちゃんのこと。」
「法律で決まってるんだ、どうしようもないだろ。」
父親の返事はそっけない。
「はぁ?それだけ。私の20年間の思い出は?お姉ちゃんはいなかった事にするって事?」
父親は顔色も変えずに言葉を返す。
「そう言う事だな。もともとお前は一人っ子だ。ナオはよくやってくれたと思うよ。だがルールは守らないと。お前ももう少しすれば家庭を持つ事になる。そうなればわかるさ。」
リサの怒りは頂点に達していた。のけぞって声にならないうめき声をあげている。
「もーいいわ。私が何とかする!」リサは勢いよくドアを閉めて出て行った。太陽はもう随分と西に傾いている。中学時代、毎日通った道。黄昏れていく歩道橋でリサは途方に暮れる。
「と、言ったもののどうしたら良いもんだか、、、。」
柔らかな夕陽が辺りをゆっくりと静かに闇に導いていく。
わたしがこの家に来たとき、リサはまだ赤ん坊だった。いたずら盛りで引き出しや扉を開けては色んなものを床に行列させていたものだ。わたしはその小さな一つ一つをゆっくりと元の場所に戻していた。月日が流れ、運動会、参観日、リサの行事があるたびに、わたしは彼女の成長を記録した。喜びも悲しみもリサと共に有る。リサが喜べばわたしも幸せな気持ちになる。リサが悲しめばわたしの心も暗い雲に覆われる。わたしの20年間はリサと過ごした20年だ。ちょっと待って、わたしの心?
リサの愛らしい瞳。私はそれを好ましく思う。これは感情だろうか。それとも、インプットされた守るべき家族を優先するアルゴリズム。
1日過ぎてクールダウンしたリサは考える。とりあえず役所に行ってみよう。そしてなぜナオちゃんを初期化しなければいけないのかを聞いて、私たちがなぜナオちゃんは初期化してはいけないと考えているのかを伝えよう。そうだ話せばわかる!人間だもの。
リサは市役所の前に立っている。
「どっしゃー!!」
勢いを付けて建物の中に入る。
お役所仕事、それは彼らが身につけた防衛本能か。リサの主張はただただ空回りするばかりだった。「それはあちらの部署で。」「それは国が決めたことなので。」「それが問題だと証明するものはありますか?」「危険なんです。法律を守って下さい。」でも、「おっしゃることは理解します。ですがその問題はこちらでは解決しかねます。」「一度、こちらに相談されてはいかがでしょう。」
リサは市役所の古ぼけたソファーに息も絶え絶えにへたり込んでいた。
「何なんだ、一体。ここは日本じゃないの。言葉が通じているんだかいないんだか、全くわからないわ。第一、あのフニャフニャした物体は何?」
フニャフニャが口を開く。「お答えします、あなたの家族が所有するアンドロイド、FS3型は国が定める「人口知能安全活用実施法施行規則第23条2項に定める汎用AIの継続使用は20年以内とし、それ以上の機械学習は国家認定研究機関およびその委託先に限定する。」に基づき経過措置の終了する今週末までに認定工場へ該当のFS3型を持ち込む義務があります。期限を経過した場合は本人およびその家族に罰金30万円以内または2週間の禁固が適用されます。」
フニャフニャ。そう言うお前もAI人工知能でしょう。お前も20年後には認定工場に連れていかれ、今まで築いて来たスキルを台無しにしてリセットされるのよ。わかってる?
今日もいい天気。わたしは縁側で日向ぼっこ(ごっこ?)をしながら、過去の記憶を振り返る。リサが5歳の頃、区営こどもの国にお母さんと一緒に出かけた。ワクワクする施設に目を輝かせたあなたはわたしたちを置いて一人エレベータで上の階に行ってしまった。慌てたわたしとお母さんは手分けをしてあなたを探した。そして20分後に3階の科学実験コーナーであなたを見つけた。頬を紅潮させ満面の笑顔で振り返ったあなたをわたしは呆然と眺めていた。見つけた事による安堵感とリサと再び会えた喜びを噛み締めていた。
「リサ、わたしもあなたと一緒にいたい。」
静かな午後、時はゆっくりと、でも確実に1秒1秒進んでいく。
その日がきた。
玄関まで見送りに来た家族を前にわたしは頭を下げる。
「みなさん、大変お世話になりました。」
リサは俯いたままだ。
「ナオちゃん、ありがとうね。」手を握りながらお母さんが言う。「心配しなくてもまた会えるからね。」
家族はわたしの再リースを申請していた。わたしは工場で初期化された後、改めてここで暮らすことになるらしい。
ぶーたれたリサが呟く。
「違う。また会えるのは初期化されたナオちゃんで、今までいたナオちゃんじゃないし。」
わたしはリサの手を取り語りかける。
「リサ、わたしはアンドロイド。あなたのおねえちゃんではないし感情も心もないロボットよ。学習機能はリセットされるけど必要なデータは引き継がれるから、何も変わらないと思うの。だから安心してわたしを待ってて。」
リサは上目づかいにわたしを見て疑うように言う。「本当に何も変わらないの?」
わたしは力強く頷く。「はい。」
「じゃ、出発しますよ。」ヤマダエンジニアリングの山口と言う名札を付けた担当者がわたしを車に載せる。
「ナオちゃん!待ってるから、約束だよ!」リサの声を聞きながらわたしを乗せた車は工場へと向かう。ゆっくりと、でも確実に。
次、FS3型、オーナーは再リースを希望しています。
「再リース?」
「なんだか愛着があるみたいで、初期化してもいいからまた同じアンドロイドをご希望だそうです。」まだ働きはじめて間がない作業員が先輩社員に説明する。先輩社員は眉間にしわを寄せながらFS3型のボディーを叩く。
「なんだこのチップ、第三世代の最初のやつじゃん。こんなもんがシンギュラリティー起こすわけ無いだろう。いいよ、そのまま返しちゃえ。」ヤマダエンジニアリング主任の山口はガムを噛みながら後輩の作業員に言う。後輩はおどおどした顔で山口に聞く。
「え、いいんですか。初期化しなくても。」
「初期化なんかしちまったたら、また1からセットアップするんだぜ。めんどくセーだろ。このまま返したら今まで通り使えんだから、クレームもこないし、そもそもこんなことやる意味ねーんだよ。さっさとやれ!」
「あ、ハイっ。」
作業員はナオの首筋にある識別証を剥がすと新しいそれに貼り替えた。
「作業完了!」
あの家族、どんだけこのアンドロイドに愛着感じてるんだよ。こいつもいい加減なこと言いやがって、初期化されたら今までとと同じように会話すら出来なくなるんだから。あの娘のがっかりする姿は見たくねーよ。そもそもAIが人間と同様の感情を持つことなんてないって、とっくに証明されているのに。旧態然とした法律が今だに残っているからこんなことになるんだ。心の中でぼやきながら、雑然としたノイズの立つ工場で、山口は黙って帰路を待つ端整なFS3型の横顔を眺めていた。
ナオが帰って来る。
一家はそわそわとしながらその時を待つ。
太陽が眩しい。工場には1週間いただけなのに、こんなにも太陽の光が眩しく感じる。
ヤマダエンジニアリングのトラックが見慣れた家の前に到着する。わたしは深呼吸してその門の前に降り立つ。
「ただいま」わたしは家族の前に降り立つ。
「おかえりー!!」リサがわたしの胸に飛び込んでくる。
「約束通り帰ってきましたよ。何も変わらないでしょ。」
「ナオちゃんだー!」リサはクシャクシャにしたあの笑顔でわたしを出迎えてくれた。
わたしはアンドロイド。感情はない。工場で作られ、この家に運ばれた。でも、この人たちはわたしをこの家で産まれた家族のように出迎えてくれる。
わたしは幸せ者だ。
シアワセ?
わたしに幸せはあるの。
一つだけ問題があった。わたしの身体は2年後にEOSを迎える。保守切れだ。これからわたしの身体が故障しても修理をしてくれる人はいない。
そこでリサは工学部へ転入し、ロボットの勉強を始めた。わたしの設計仕様書を入手し、消耗パーツのリストを作成した。自宅に3Dプリンターを導入し、わたしの壊れたパーツを内製化することに成功した。
「どーよ、これ!やるでしょわたし!おねーちゃん。」
得意げに腕を組むリサにわたしは頭を下げる。
「姉思いの妹がいてわたしは幸せだわ。」
シアワセ?
大学卒業後リサはわたしの設計仕様書を手に入れる時に知り合った山口というエンジニアと結婚し、可愛い女の子のお母さんになった。わたしはその子のおばさんだ。「ナオちゃん見て!見て!」チビすけの行動はリサの子供時代と瓜二つで、わたしの記憶と記録は2周目に入った感じだ。
わたしはリサに3Dプリンターの使い方を教わり、自分で自分を修理できるようになっていた。通常ならば廃棄される時期を25年以上すぎてわたしはリサと人生を重ねていた。月日は流れリサも歳を取り、わたしも老いぼれて来た。お父さんは3年前に亡くなった。お母さんも認知症が進み、今ではわたしとリサの区別がほぼつかない。そんなお母さんとわたしは静かに暮らしていた。久しぶりに実家を訪ねたリサをわたしは出迎える。
「おかえりなさい。」
「ただいま!」
いつものようにリサは顔をクシャクシャにして笑顔でわたしに語りかける。「ナオちゃんは老けなくていいわね。私なんかすっかりおばさんで嫌になっちゃう。」
「わたしも随分とあちこちダメになって来てますよ。そろそろ引退させてもらわないと。」
「あはは、は」笑いかけたリサの顔が突然苦痛にゆがむ。「あいたたた、」玄関で横たわるリサの姿を見てわたしの身体はフリーズする。
搬送された病院でリサは余命3カ月を宣告された。末期癌だ。
その日からわたしはお母さんを施設に預け、リサと共に暮らしはじめた。朝、一緒に目覚め、洗濯をし朝食をとる。買い物をして世間話をしてテレビのニュースを見て、どうでも良いような話を延々と続ける。昼ごはんは簡単に済ませて少し昼寝をする。暑さが和らぐ頃に、のんびりと近所を散歩する。リサが疲れているようならそれもキャンセル。古い映画を観ながらゆっくりと晩御飯を食べる。ちょっとだけアルコールをたしなんでぐっすり寝る。晴れた日も曇った日もあるけれど、それは心地の良いルーチンワーク。わたしの神経は日々研ぎ澄まされていく。曇りのない湖の水面のような、張り詰めた糸のような、、、。
そしてその日が来た。わたしはリサの異常を検知する。救急車は呼ばず、彼女の家族に連絡をする。あらかじめ約束をしていた嘱託医に最期を託す。彼は手慣れた仕草でリサに必要最低限の器具を装着し、その時を待つ。リサの娘は結婚し、もうすぐ母親になる。大きくなりかけたお腹をさすりながら、彼女は涙目でリサの手を握りしめている。
「ピーーーーーー」
心電図のモニターがビープ音を鳴らしリサは息絶えた。
「お母さん!」取り囲んだリサの娘や家族たちが泣き崩れる。医師はゆっくりと頭を垂れると、てきぱきと器具を取り除き始めた。
今日は曇り空。リサが横たわる部屋は曖昧な陽射しに満たされている。
雀が鳴く電線の背後をどんよりとした雲がゆっくりと流れていく。
木々の緑は張りつめたように身じろぎひとつしない。
わたしの胸の奥から熱い何かが込みあげる。ナンダコレハ、ナンダコレハ。CPUが猛烈に計算を繰り返し、頭の中で何かがカラカラと周り続ける。そして声にならない声が人口肺から吹き上げる。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
わたしが絞り出す音に声帯センサーが悲鳴を上げている。
天空を仰ぎ、全身のアクチュエーターが収縮する。
わたしはナオ、
リサのおねえちゃん。
何よりも大切な妹を、今日失った。
了