第1話

文字数 1,993文字

 護身術の学校の10日間初心者向けコースに入った僕は、いきなりペドロ2世のような鎧と兜を身に付けて子供たちと対戦することになった。他の人間には見えないのをいいことに、興味津々でどんどん近付いて来るラミロ2世の亡霊に邪魔されながらも、同じように小さなペドロ2世の鎧と兜を付けた子供たちと次々に対戦したが、最後にマルティンと呼ばれた子には負けてしまった。そして兜を取って握手をする時、お互いに相手の顔を見て驚いた。

「フェリペ兄さん?」
「お前は、マルティンか・・・」

 父さんの家で見た8歳の異母弟マルティンであった。あの時は薄暗い家の中、彼の顔をはっきりと見ていなかったが、目の前で見るとあの意地悪だった継母によく似ている。いや、継母に似ているだけならまだいい。弟だから当然と言えば当然だが、彼は僕の小さい頃にもよく似ている。想像して欲しい。昔いじめられた大嫌いな継母と僕自身を足して2で割ったような顔をした異母弟を前にして、僕がどんな気持ちになったか。

「フェリペ君、年下の子に負けた悔しい気持ちはよくわかるが、お互いの健闘を称えて握手をして、また明日がんばろう」

 声をかけてきた先生は僕の気持ちはまるでわかっていないが、説明をするのも面倒なので、とりあえず握手をした。




 夕食は食堂で食べることになっている。みんな自分でトレーの上にパンやスープ、おかずなどを取って運び、好きな席に座って食べる。僕が座って食べていると、異母弟のマルティンがそばに来た。

「フェリペ兄さん、隣に座ってもいい」
「いいけど、僕は長い間修道院にいた。食事の時はしゃべってはいけない決まりだったから、話しかけないで欲しい」
「うん、わかった。食事が終わったら夜は自由時間だから兄さんの部屋に遊びに行ってもいいかな」
「別にいいけど・・・」




 そして夜、異母弟マルティンは本当に僕の部屋にやってきた。

「こんなに広い部屋、フェリペ兄さんは1人で使っているの?」
「ああそうだけど」
「僕たちは3人部屋だけどこんなに広くないし衣装や鎧とかも置いてない」
「ここはおそらく先生とかが使う部屋だと思う。僕だけ年が離れているから気を使って特別にこの部屋にしてくれた」
「そうか・・・」

 マルティンは喜んで僕の部屋を見ている。

「マルティン、少し落ち着いて座って話さないか」

 僕は自分のベッドに座って横を指さした。彼が動いているとどうしても顔を見てしまう。横に並んで座れば顔を見なくていいかもしれない。

「父さんとの暮らしはどうだ?」
「僕の家、前はすごい金持ちだったけど、今は貧乏だよ」
「でもこうして護身術の学校に入れてくれたじゃないか」
「ヴェネツィアまでは長い旅になる。もちろん他の商人と一緒に行くけど、体を鍛えた方がいいと言ってこの学校に入れてくれた。フェリペ兄さんは?」
「僕も同じような理由だ。僕はフランスのリヨンに行く予定だ」
「兄さんは医者の家に引き取られたから、きっとすごいお金持ちなんだね。だから部屋も指導も特別扱いだ」
「特別扱いでもないよ。部屋は広いけど練習は特に違いはない」
「部屋だけでなくて、兄さんには別に特別指導の先生が2人ついていた」

 確かに僕は先生2人に付き添われて鎧や兜を付けるのを手伝ってもらった。でもそれが特別指導になるのだろうか。

「父さんはこの学校はただ護身術を教えるだけでなく、昔の鎧を付けたり歴史を教えてくれるからいいと言っていた。僕は勉強得意じゃないけど、実際に鎧とか兜を身に付けて戦うのはワクワクしたよ」
「そうだね」

 僕はもう15歳だし、いろいろな経験をしているから、単純には喜べない。

「それに兄さんのそばにいた、昔の王様のような衣装を着た人、あの人はきっとこの学校の校長先生だね。すごく威厳があるし、王様のような冠までかぶっていた。この学校は歴史の授業に力を入れている。背の高い先生がペドロ2世の鎧をつけてマントを付け、冠もかぶっていた。本当に昔の王様が目の前にいるようで、ものすごく感激した」
「・・・・・」
「白い衣装を身に付けた王様のような校長先生にフェリペ兄さんはどんな指導を受けたの?すぐ近くで真剣に話をしていたけど・・・」

 まさか、マルティンにもラミロ2世とペドロ2世、2人の亡霊が見えているのか・・・でも、彼もまた父さんの血を受け継いでいる。

「マルティン、お前は父さんから亡霊について何か聞いたことはあるか?」
「あるよ、亡霊についてむやみに怖がってはいけないこと、それから生まれ変わりの時、大変な経験をしていると、魂がその感情を切り離して亡霊になってしまうって」
「いいか、よく聞け。僕のそばにいた2人は生きた人間ではない。ラミロ2世とペドロ2世、アラゴンの昔の王様の亡霊だ」
「え、あの2人は亡霊なの?」

 マルティンはひどく驚いた。無理もない。そして驚いた顔の異母弟はますます継母の顔にそっくりになった。
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