第1話
文字数 1,691文字
「わたしが子供の頃に仲良くしていた妖精を、どうかあなたに見つけて欲しいのです」
黒のニットに黄緑色のフレアスカートを履いたその女性は至って真面目な表情で私にそう告げた。
私は一拍、いや二拍置いた後に、それが探偵である私への今日の依頼だとようやく理解するできる。――妖精を見つけてほしい?
「……まず一つ確認したいのですが、あなたが言うその『妖精』というのは、伝説とか神話に出てくる人の姿をした精霊のことですか? 背中に羽の生えて、頭にお花の冠をしているみたいな」
「人の姿をとらない精霊もいます」と彼女は私の目を真っ直ぐに見ながら言った。「でも、今回探して欲しい友人の精霊は小さな女の子の姿をしています。わたしの手のひらに乗るくらいの」
彼女は言いながら自分の手のひらを逆さにしてこのくらいの大きさです、と説明する。
私は彼女の手のひらに上にある空間をじっと見つめて、そこに綺麗な羽を翻す妖精がいることを想像してみた。しかしいくら見つめてみても、その手のひらに妖精の姿を上手くイメージすることが私にはできない。残念なことに、私の歩んできた二十五年という人生の中で『妖精』という存在は完全にフィクションの中の存在だと位置づけられてしまっていたからだ。
私は右耳の耳たぶを右手で触る。これは私がどうしようもなく困ってしまったときにいつもしてしまう癖だった。誰かにその癖を見破られたことがあってすごく恥ずかしい思いをしたのを何故か妙に覚えている。
さて、彼女のこの相談を探偵の私はどう解決すればいいのか。せっかく相談にきてくれた彼女をただの冷やかしだと切り捨てることは私にはできない。きっと何か事情があって、遠回しに何かを伝えようとしてくれているのかもしれない。依頼者の中には、自分の問題をはっきりを言葉にする事を恐れている場合がよくあるのだ。
「あなたが最後にその妖精と会ったのはいつですか?」
「今から十年前です」
「失礼ですが、あなたの年齢を聞いてもよろしいですか?」
「今年で二十五歳になります」
つまり彼女が最後に妖精と会ったのは、彼女が中学三年生の頃の話なのだ。
本当にその記憶に信憑性はあるのか?
彼女の記憶が混濁してしまっているだけで、妖精を何かと見間違えたんじゃないのだろうか?
正直なところ、それが私の最初の結論だった。
しかし彼女は私の考えを遮るように、続けて口を開く。
「彼女は最後にわたしに言ったんです。『ワタシのことはね、大人になったら見えなくなっちゃうの。でも、いつか絶対会えるからね』って」
その声と表情があまりにも悲痛で、寂しそうだったから、考えるより先に私は言葉が口から衝いて出てしまう。
「あなたはどうして、その妖精と会いたいんですか?」
「彼女が今どうしているのか気になるんです」その女性は懐かしい思い出すようにをしながら言う。「好奇心の強い子でしてね。探偵の真似事なんてしてよく一緒に遊んでいたんですよ」
私の記憶の扉がカチリ、という音をたてたのはその時だった。――自分は何かを大切な、致命的な出来事をことを忘れている?
「彼女が今どんな暮らしをしてるのか。大切な人はいるのか。毎日を楽しんで、幸せに生きているのか。そんなことを、わたしは彼女に聞きたいだけなんです」
なぜだか私の口の中はカラカラに乾いていた。何か言うべきことがあるはずなのに、それを上手く言葉にすることができなかった。私はどうすることもできなくて、右耳の耳たぶに触れる。
「その癖、まだ直っていないのね」上品な笑みを浮かべて、彼女はそう言う。「でも、よかった。沙優が昔と同じように優しい女の子のままで」
頬に一粒の涙が伝っていく。理由は思い出せないけれど、私の目からは涙が溢れて止まらない。流れる涙を袖を使って、私はごしごしと乱暴に拭き取っていると、彼女は私のすぐ隣にきて、シルクのような柔らかい生地を使って私の涙をそっと拭き取ってくれた。彼女の心が落ち着くような優しい香りが鼻孔をくすぐる。全てを思い出したのはこの時だった。
でも、涙がようやく止まったときには、もうそこに妖精の姿はなかった。
黒のニットに黄緑色のフレアスカートを履いたその女性は至って真面目な表情で私にそう告げた。
私は一拍、いや二拍置いた後に、それが探偵である私への今日の依頼だとようやく理解するできる。――妖精を見つけてほしい?
「……まず一つ確認したいのですが、あなたが言うその『妖精』というのは、伝説とか神話に出てくる人の姿をした精霊のことですか? 背中に羽の生えて、頭にお花の冠をしているみたいな」
「人の姿をとらない精霊もいます」と彼女は私の目を真っ直ぐに見ながら言った。「でも、今回探して欲しい友人の精霊は小さな女の子の姿をしています。わたしの手のひらに乗るくらいの」
彼女は言いながら自分の手のひらを逆さにしてこのくらいの大きさです、と説明する。
私は彼女の手のひらに上にある空間をじっと見つめて、そこに綺麗な羽を翻す妖精がいることを想像してみた。しかしいくら見つめてみても、その手のひらに妖精の姿を上手くイメージすることが私にはできない。残念なことに、私の歩んできた二十五年という人生の中で『妖精』という存在は完全にフィクションの中の存在だと位置づけられてしまっていたからだ。
私は右耳の耳たぶを右手で触る。これは私がどうしようもなく困ってしまったときにいつもしてしまう癖だった。誰かにその癖を見破られたことがあってすごく恥ずかしい思いをしたのを何故か妙に覚えている。
さて、彼女のこの相談を探偵の私はどう解決すればいいのか。せっかく相談にきてくれた彼女をただの冷やかしだと切り捨てることは私にはできない。きっと何か事情があって、遠回しに何かを伝えようとしてくれているのかもしれない。依頼者の中には、自分の問題をはっきりを言葉にする事を恐れている場合がよくあるのだ。
「あなたが最後にその妖精と会ったのはいつですか?」
「今から十年前です」
「失礼ですが、あなたの年齢を聞いてもよろしいですか?」
「今年で二十五歳になります」
つまり彼女が最後に妖精と会ったのは、彼女が中学三年生の頃の話なのだ。
本当にその記憶に信憑性はあるのか?
彼女の記憶が混濁してしまっているだけで、妖精を何かと見間違えたんじゃないのだろうか?
正直なところ、それが私の最初の結論だった。
しかし彼女は私の考えを遮るように、続けて口を開く。
「彼女は最後にわたしに言ったんです。『ワタシのことはね、大人になったら見えなくなっちゃうの。でも、いつか絶対会えるからね』って」
その声と表情があまりにも悲痛で、寂しそうだったから、考えるより先に私は言葉が口から衝いて出てしまう。
「あなたはどうして、その妖精と会いたいんですか?」
「彼女が今どうしているのか気になるんです」その女性は懐かしい思い出すようにをしながら言う。「好奇心の強い子でしてね。探偵の真似事なんてしてよく一緒に遊んでいたんですよ」
私の記憶の扉がカチリ、という音をたてたのはその時だった。――自分は何かを大切な、致命的な出来事をことを忘れている?
「彼女が今どんな暮らしをしてるのか。大切な人はいるのか。毎日を楽しんで、幸せに生きているのか。そんなことを、わたしは彼女に聞きたいだけなんです」
なぜだか私の口の中はカラカラに乾いていた。何か言うべきことがあるはずなのに、それを上手く言葉にすることができなかった。私はどうすることもできなくて、右耳の耳たぶに触れる。
「その癖、まだ直っていないのね」上品な笑みを浮かべて、彼女はそう言う。「でも、よかった。沙優が昔と同じように優しい女の子のままで」
頬に一粒の涙が伝っていく。理由は思い出せないけれど、私の目からは涙が溢れて止まらない。流れる涙を袖を使って、私はごしごしと乱暴に拭き取っていると、彼女は私のすぐ隣にきて、シルクのような柔らかい生地を使って私の涙をそっと拭き取ってくれた。彼女の心が落ち着くような優しい香りが鼻孔をくすぐる。全てを思い出したのはこの時だった。
でも、涙がようやく止まったときには、もうそこに妖精の姿はなかった。