第1話

文字数 1,595文字

俺の上司は、給料のほとんどをゲームの課金に注ぎ込むという鉢塚湊。バツイチで給料は、まあまあ。そのまあまあの給料ほぼ全額を課金に費やしている。でも彼は本当に素晴らしい人だと思う。そう思ったのは、研修初日のあの日の出来事があったからだ。

あの日は炎天下に見舞われていて、誰もが汗だくになっていた。そんな中、俺と先輩は研修に向かっていた。とはいえ、その時はまだ直属の上司になることは知らなかったのだ。みな研修の時に発表されるからだ。横断歩道を渡るだけで息が切れるような炎天下で、先輩はゲームをしながら暑そうにしていた。今日が休みだったら、ゴロゴロ家で過ごしているか、海に行っていたかの二択だったと思う。あまりにも暑く、少し時間があった俺は近くの喫茶店に入ってスポーツドリンクに近いものを口にした。研修所までは、徒歩5分の距離だから油断していた。集合の5分前になってしまったのだ。慌てて俺はお会計を済ませ、店を後にした。流石にやばいと思い、走ってしまったのだ。それがダメだった。炎天下の中で走ったら、倒れてもおかしくないのに。後1分間に合うぞ。そう思った途端、俺は体調を崩して倒れこんでしまった。そこにいたのが鉢塚だった。
「おい、大丈夫か」
なんて声かけて、救急車を呼んだそうだ。後々聞いた話だが彼は昔、救命士を目指していた時があった。その時に手順を教わっていたため、今回の対応は容易だったそうだ。俺は昔からゲーム三昧なわけでは無かったのか。と安心した。そしてなんと、鉢塚も救急車に乗ってくれたのだ。もちろん、会社には電話したそうだが。

ただここで、鉢塚はミスを起こしてしまう。救急車に乗ったという証明書をもらい忘れてしまったのだ。危うく彼は反省文を書かせられそうだったが、俺の付き添いだったのでそれをしっかり上に話した。まあ俺からしてみれば、恩返しみたいなものだ。
救急車で運ばれた後、俺は1週間の入院を余儀なくされた。熱中症とはいえ容態はひどく、後遺症が残る可能性もあると医師から説明を受けた。幸いにも後遺症は残らなかったものの、新社会人として時間の管理を疎かにしていたのは自身に問題があると思った。

結局初出勤の時は研修が終わりかけていたが、職場に行くと直属の上司が謹慎中というふうに説明を受け、写真を見せてもらった。俺はすぐに気がついた。意識が戻った瞬間に見た顔だった。俺は直ぐその事を研修担当の人に話し、上に話を通してもらった。
研修が終わる頃に彼は戻ってきて、お互い感謝を伝えた。

職場に慣れると、彼がゲーム三昧な事を知った。みな彼のことを嫌っているが、俺は鉢塚先輩が大好きだ。一緒に呑みにも行くし、相談だって鉢塚さんにする。
もしあの経験が無ければ、こんな上司嫌だなんて思っていたかもしれないが、凄く優しくて良い先輩だ。これからも鉢塚先輩についていきたいと思っている。

あれから数年経った今、俺は鉢塚先輩より出世して役員の座まで上り詰めた。そして来年の人事について会議があった。来年は社長が退任し、役員の1人が社長になる事が内定していた。そして役員に社員から1名任命しなければならない。それを誰にするかというのが会議の趣旨だ。俺は問答無用で鉢塚先輩を推した。一部から「身内だからじゃないのか?」とも言われたがそれだけじゃない。鉢塚先輩は人として尊敬できる素晴らしい先輩なのだ。それを必死に説明してやった他の候補者と同じレベルまでたどり着いた。やっぱ、こんな先輩嫌だ。どれだけ嫌な印象が持たれているか可視化できた。確かに、ゲームの課金の話を聞くと「この仕事任せた」が「俺ゲームやるから、俺の仕事だけどゲームで忙しいから俺の仕事任せたに聞こえてくるのかもしれない。まあ無理のない事だ。彼はマジのゲーマーなことに変わりはないからな。でも俺はそんな先輩でも出会えて良かったと思っている。これからも宜しく。先輩。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み