第1話

文字数 1,968文字

 日本社会に潜む、様々な珍しい職業の人々にインタビューを行う企画、『レアジョブ・コレクション』。第26回となる今回、我々は『起こし屋』なる職業の方にインタビューを実施した。


 時刻は午前7時。我々取材班は、起こし屋があるという都内某所の雑貨ビルに足を運んだ。エレベーターに乗り、3階へ。このフロア丸々が、起こし屋のお店兼オフィスになっているのだそうだ。エレベーターを降りると、目の前には長い廊下が。ホテルのような感じで左右に個室がたくさん並んでいる。扉の窓から中を覗くと、そこにはベッドが設置されており、人が横になっていた。ざっと見たところ、客層はスーツを着たサラリーマンが多い。
 そして肝心なのは、「ベッドが置かれている」と言っても、ただ個室の中にポツンとベッドが設置されているわけではないということ。王宮の中にあるような豪華なベッド、病院の集中治療室にあるような簡素なベッド、果ては古臭い石牢に置かれた棺桶(に見立てたベッド)など、様々なシチュエーションの寝室がある。我々取材班は思わず目を疑った。
 そのまま廊下を奥へ進み、起こし屋の事務所へ。部屋に入ると、そこはPCや机、書類棚の置かれたいたって普通の事務室であった。我々はホッと胸をなでおろす。
 早速我々は、起こし屋のCEOを務める車田武史氏(48)にお話を伺った。


 ──さて、今回はお忙しい中取材の申し出を快く引き受けてくださり、誠にありがとうございます。
「いえいえ、構いませんよ。むしろ我々の事業を多くの人々に認知していただくチャンスだと考えております」
 ──では具体的に、あなた方『起こし屋』がどんな仕事をしているのか、お教えいただけますか。
「はい……とは言っても、その名の通り『寝ている人を起こすだけ』の仕事です。しかし、ただ普通に起こすのではなく、コスプレをした状態で寝ているお客様を起こさせていただきます」
 ──ここに来る途中で、色々なシチュエーションの部屋を拝見いたしました。王宮の寝室のような部屋や、集中治療室のような部屋。意味が分からず首を傾げてしまったのですが……。
「説明するのが難しいですが……例えば、普通に自分のベッドで3時間寝たとするじゃないですか。それで起きたら、どんな気分ですか?」
 ──たったの3時間ですか? うーん……『寝たりないなぁ』と思うでしょうね。
「ですよね。でも例えば、王宮の寝室でパッと目を覚まして、王様の格好をした人から『ようやく悠久の眠りから目を覚ましたか、勇者よ……』と言われたらどうでしょう?」
 ──なるほど(笑) 3時間しか寝ていなくても、物凄く長い眠りから目覚めたような気分になりますね。
「我々はそういった特殊な起こし方をすることで、実際は少ししか寝ていないのに沢山寝たような『錯覚』をお客様に提供します」
 ──では、あの集中治療室は?
「あの部屋で眠って起きたお客様には、医者の格好をした従業員が『あ、ありえない……! まさか、5年ぶりに昏睡状態から回復するなんて……!』と言います。5時間しか寝ていなくても、5年寝た気分になります」
 ──(笑) では、棺桶型のベッドが置かれていたあの石牢はどういったシチュエーションなのでしょうか。
「ああ、ドラキュラですね」
 ──ドラキュラ……ですか?
「はい。あの棺桶の中で眠るお客様は、ドラキュラという設定です。それで起きたら、ドラキュラのコスプレをした従業員がゆっくりと歩み寄って『ようやく起きたか、同胞よ。さあ、今宵も夜の闇に繰り出すぞ』と言います。まあ、実際の時刻はバリバリの朝なんですけども」
 ──バリバリの朝(笑)
「まとめると、我々の仕事は『忙しいお客様の寝起きを少しでも楽しくさせるための、大人のごっこ遊び』といった感じですね。我が社のサービスを受けに来られるお客様は、ほとんどが多忙な会社に勤めるサラリーマンの方々です。仕事終わりの深夜にふらっとこちらを訪れて、数時間眠り、朝になったらまた会社に行く……そんなスタイルなんですよ」
 ──ある意味、多忙を極める現代社会の闇を反映した仕事がこの『起こし屋』なのかもしれませんね。
「そうですね。言い方は悪いですが、いわゆる『ブラック企業』に勤める方々の寝起きをこのごっこ遊びで癒すのが我々の使命です」


 その後車田氏はロッカーで手早く王様の格好に着替えると、「それでは、今から勇者を起こしてきますので」と爽やかな笑顔で言って事務所を後にした。
 様々なシチュエーションに沿ってお客を起こし、短時間の眠りをまるで長時間眠ったかのように錯覚させる仕事、『起こし屋』。生産性を追い求める現代社会が生み出した特殊な需要に、我々は面白おかしさと一抹の恐怖のようなものを覚えた。
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