第1話

文字数 1,998文字

「あーっ、ごめん四葉!」
 三樹にいの声で、お昼を食べていた私は振り返った。
 三樹にいが足元から拾い上げたのは、私のケータイ!?
「ちょっと、落とさないでよ!」
 だから共用スペースで充電するのはやだって言ったのに。
 三樹にいからケータイを受け取った私は、おもわず「あーっ!」と声を上げた。
 ケータイにつけていた四つ葉のクローバーのガラスのキーホルダーが、かけている。
「え、どうした?」
「どうした? じゃないよ。三樹にいが落としたせいで、キーホルダーがかけちゃったの!」
「ああごめん。でもそれ、どうせ――」
「どうせってなに!? 私の宝物だったのに! 三樹にいなんてもう……、きらいっ!」
「四葉、そんなこと言わないの!」
 お母さんの声を無視して、私は二階の自分の部屋に駆け込んだ。

 ベッドで足を抱え込んで座りながら、私はかけてしまったキーホルダーを見つめた。
 そりゃ、大事なものをケータイにつけてる方が悪いかもしれないよ? だけど、使わない方がもったいないじゃん。
 それに、私が自分で壊しただけなら、しょうがないって思えるもん。
 私が怒ってるのは、三樹にいに壊されたから。
 別にケータイなら、最悪壊されてもよかった。だっていまだにガラケーだし。
 でも、キーホルダーはダメなんだ。だって、宝物だったから。

 私はしばらくして、ベッドから降りた。
 勉強しなきゃ……。
 あと少しで中学受験本番。私が受けるところは難関校だから、もっとがんばらないと。
 三樹にいは私が受ける中学の3年生で、来年はそのまま高等部に通う予定。私が受かったら、きっと一緒に登校するんだろうな。前はそれが楽しみだったけど、今はそんなこと思えない。だって――。
 はあー。
 机に向かっても、キーホルダーのことが頭にちらついて全然集中できない。
 シャーペンを置いて、グーッと腕を伸ばした。
 椅子の背もたれにもたれると、机の上の壁にかかっているコルクボードが見える。そこに貼られた写真のうちの、一枚が目に留まった。
 あれは、確か……。

            *

『うまくできなかった……』
 三樹にいの、小3の誕生日。小物づくりの好きな三樹にいのために家族で行ったガラスづくり体験教室で、私はいびつな形のガラスを見つめ、しょんぼりとした。
『しょうがないよ』
『四葉はまだ、一年生だからな』
 お父さんとお母さんに慰められる私に、三樹にいが近づいてきた。
『四葉、これあげるよ』
 そう言って私にくれたのが。
『わあーっ、よつばのくろーばーだ! ありがとう、みつきおにーちゃん!』
 喜ぶ私を、三樹にいは嬉しそうに見ている。
『三樹、いいの? せっかく作ったのに。それに今日は、三樹の誕生日祝いなんだよ?』
『うん。四葉が喜んでくれてるから、いいんだ』
『みつきおにーちゃん! このきーほるだー、たからものにするね!』

            *

 あの時のことを思い出しながら、私はもう一度キーホルダーを見つめる。
 そうだった。私がこのキーホルダーを大事にしてたのは、三樹にいがくれたからなんだ。
 それに、私が受験しようと思ったのも三樹にいと同じ学校に行きたかったから……。
 なんだ。私、三樹にいのこと、大好きじゃん。
 改めてそう思うとなんだかくすぐったくなって、私はフフッと笑った。
 三樹にいに謝らないとな。
 私は自分の部屋を出て、リビングに向かった。

「三樹にい、いるー?」
 コンコンとノックして、私は中に呼びかけた。
 リビングにいなかったから、部屋にいると思ったんだけどな。
「三樹にいー?」
「……あ、四葉か? ちょっと待ってろよ」
 そう返事があった、なかなか出てこない。
 それから五分くらいして、
「ごめんごめん、なんだった?」
 と言いながら、三樹にいが部屋から出てきた。
「あの、えっと……」
 いざ言おうとするとなんだか緊張して、私は視線をさまよわせる。
「……さっきは、きらいって言ってごめん」
 ボソッといった私を見て、三樹にいは一瞬きょとんとすると、笑って私の頭をワシャワシャとなでた。
「大丈夫。四葉がおれのことが大好きだって、ちゃんとわかってるからな!」
「べ、別に、そんなことな――」
 そう言いかけて、ハッと口をつぐむ。私、謝りに来たんだった。
「……そんなこと、ないこともない」
 かあっと顔が熱くなって、私は三樹にいから顔をそらした。は、恥ずかしい!
「やっぱかわいいなおれの妹……って、そうだ。これ、やるよ」
 そう言って三樹にいがくれたのは、クローバーが刺しゅうされた布のキーホルダー。
「ごめんな、四葉。キーホルダー壊して。代わりになればと思って、さっき作ってたんだけど……」
 そっか。だからなかなか部屋から出てこなかったんだ。
 それにしても、相変わらず器用だな、三樹にいは。
 こんなにかわいいものが作れちゃうなんて。
「ありがとう、三樹にい。私これ、宝物にするね!」
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