第1話

文字数 1,164文字

「これまでだってさぁ、、、」
あぁまただよ。達郎は心でつぶやいた。
いつも彼女の優衣は過去を持ち出す。
「これまで」「今まで」「前に」「最近は」
これまでとは状況も場所も、僕らだって変わっているのに。
「これまでのたっちゃんは、いつも私を優先してくれたじゃん」
「それは学生で時間があったからだろ。バイトもほとんどしてなかったし」
「でも前の職場の時は?その時だって時間をやりくりしてくれたじゃん」
「前の職場はほとんどが家での仕事で、調整しやすかったんだよ」
もちろんこれは嘘じゃない。ただ、どんどん彼女のための時間を作ることが
面倒くさくなっていることも否めない。
その理由の一つが、いつも小言を言われるから。
これまでと変わった、と。
自分では変わったつもりはない。
転職する時も、少し時間の融通が効かなくなることは話していた。
それでもこんな話ばかり。
この間のデートの時もそう。
これまでは先にこっちが待ち合わせ場所に先についていたのに、
彼女の方が先に来て待ってた、と。
その程度のことで1時間ほど小言を言われた。
付き合って今年の5月で3年。今年で僕も彼女も29歳。
周りは結婚した人が少しずつ多くなっていく。
結婚を考えることもある。
結婚したら変わるかなとか。結婚したら小言を言われなくなるかなとか。
結婚をするメリット、デメリットを考える。
この人が良い。というよりも、この歳で別れるのは後々後悔するだろうなと
思って別れない気がする。
結局、この歳になると好きかどうかよりも、周りが結婚しているから、
また別の人を探すのが面倒くさいから、などの要素で別れないのだろう。
惰性で付き合っている。といってもいいかも。
もちろん、楽しい時もたくさんある。
いいところもたくさんある。
それでもふと嫌になり、どうでもよくなり、諦めに似た気持ちになる時がある。
みんなこうなのだろうか。
学生の頃のように、ただ好きで付き合っている、ただただ一緒にいるだけで幸せ、
なんて思いながら結婚している人などいるのだろうか。
相手の収入、相手の社会的地位、付き合うことで周りからどう見られているか、
そういう、何か自分を良くみせるステータスを相手に求めている。
そもそも、そういうステータスで付き合いだしていることが多いかもしれない。
小説みたいに、ドラマみたいに、アニメみたいに、“キュンキュン”なんてこの世に、
この歳にあるのか。否。
これは僕だけが思っていることじゃないと信じたい。
僕が嫌なやつじゃないと信じたい。
みんな同じような思い、気持ちがあるのだと信じたい。
結局、僕も周りと一緒でありたいと思い、同意してくれる人と、居心地がいい人と、
自分を肯定してくれる人と一緒にいたい。
こういう気持ちを持ちながら、僕の肉体は嘘をつき、
婚約を伝えるために今から彼女に会いにいく。
結局、人生そんなものと諦めながら。

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