「こ」を売る

文字数 2,779文字

子を売っています。
もちろん、自分の子です。
他人の子を売るわけないじゃないですか。
可愛いお洋服を着せて、髪を整えて。靴もきれいにして、履いてもらいますよ。
世界にたったひとつの「個」に育てた我が子を売っています。
ええ。わかってくれますか。好きでやっているとはいえ、辛い仕事です。
とはいえ、食べて行くためにはしょうがないでしょう?
背に腹くっつく前に、変えられない方を選びます。
非人道的だ?
そうですね。でも、来てくれるお客様はお優しい人ばかりです。
可愛がってくれると信じて売ることは、存外嬉しさが勝るものです。
この国で、そんなことが許されているとは思わなかった?
ああ、ごめんなさい。勘違いされてますよ。
私が売っているのは、合法商品。お人形です。あなたたち人間ではありませんよ。安心してください。
フランス人形でも日本人形でもありません。
アンティークに分類されるほど高価なものでも古いものでもありません。
小さい頃、遊んだような着せ替え人形ですよ。
そう。いまじゃ、大型電気店のおもちゃコーナーに並んでいるようなあの子たちです。きちんと、版権元の福島の工場で作られている子たちです。
ああ、その顔ですね。
よくいます。あなたたちはきっと言うんです。どうせ子供のおもちゃでしょうって。
でもね、視点を増やすとそうも言っていられないものですよ。
例えば、私のお店のコンセプトは「仕事帰りの大人が寄るお店」です。
親子連れって意外と少なかったりします。20代から60代の女性、たまに夫婦でもいらっしゃいます。
男性も来ますよ。特別なことじゃありません。
驚きましたか?引きましたか?
でも、思うんです。マイノリティを「気持ち悪い」って括り付ける人たちは、多分、自分に自信がないんです。
「普通」や「大多数」であることに、ちょっとした罪悪感があるんじゃないんでしょうか。
四十六本あるうちの自分の中の「個」を認めてもらえないような、そんな気持ちがあるのではないでしょうか。
だから、「大多数」で「普通」な自分の価値を誇大に表す。
なんてね。
まあ、何かを好きなことは、特別なことじゃないってことです。
そうそう。話はそれましたが、子供だけのものではないんですよ。お人形って。
髪の毛だって、一体ずつ国内の植毛の職人さんが植え付けているんです。
顔もしっかり見れば同じシリーズなのに全然違う。
ちゃんと、それぞれが個を持っている。
たしかに、生まれたところは工場ですよ。決められた型がある、大量生産品の作られ方をしているかもしれない。
でもね。お店に入ってきた瞬間から私の子だと思っています。
一人一人に違うお洋服を着せて、育てて、愛してくれるお客様の元へと送り出すことが私の仕事です。
わかっていただけましたか。
ありがとうございます。
はい。メインの仕事は、店頭での販売です。
お洋服や靴、ハンガーにたまにお人形も買っていただきます。
お洋服もね。最初は人間のものと一緒できつめに作られています。だから、こうやって、着せて慣らす作業をして店頭に出すんです。
靴ひとつ取っても、サイズがそれぞれ違う。
中には、プラスチックの靴なんて安っぽい、だなんて言う人もいます。
だけど、意外とお人形には専用の靴が一番似合うものなんですよ。
シンデレラもそうでしょう?
お姫様には、たったひとつの靴が似合うのですよ。
ああ、ハンガーにお洋服をかけている時も、ワクワクします。
次はどんなお人形に着せられるのかなって考えることが楽しいんですよ。
それに、毎日違う服を試したりできるって、お姫様にしかできないでしょう?
ディスプレイに飾られているお人形は見ましたか?あれも、私の仕事です。
モデルの子も生活をしていますから、毎日表情が違います。
スタイルだって顔だってちがうから、お洋服との相性を考えて着てもらってます。
その子にぴったりだったときは、やはり嬉しいものです。
あの子くださいっておっしゃってくれるお客様もいますしね。
やりがいは、どこにでも転がっていると思いますよ。たまに、見つけられずに困っている人もいますけどね。
この生活が普通だから、世間とのギャップに驚かされる時はあるものです。
「子供の趣味でしょう。」
「女の子の趣味でしょう。」
こういった言葉って、存外、悪気なく放たれます。
あなたもそうでしたね。
ショッパーを持ち歩くことが恥ずかしい、入って来ることが恥ずかしいと言う人もいます。
でもね。そんなに恥ずかしいことかなって、私は思うんです。
車が好きな人も、本が好きな人も一緒な気がします。たまたま、それが好きになっただけでしょう。
好きになることの原点って、大体が感動だと思うんです。
感動って、思い出ですよね。
思い出の種って、色々です。親からもらったプレゼント、目の前にした時の輝き。
そうした種が芽吹いて、花になる。嬉しさとか驚きとかいう、感受性が動く。文字通り、感動ですね。
世界に一つだけ、枯れない花があるとすればその花だと思います。辛い時や苦しい時に、支えてくれるお守りだと思います。
好きってそういう力が秘められています。
だから、何が好きかっていうことじゃなくて好きなことに対して自信を持って欲しい。
そのひとつを売ることが、私の世界に一つのお仕事です。
それなら、一人一人を大切に育てて売ってあげることが大切ですよね。
だから、私はこの仕事が好きですよ。
あなたにも、興味を持ってもらえたら嬉しいな。
ああ、ところで。
今日の、私のお洋服はいかがですか。
新作なんですよ。お人形の世界にもコレクションがあります。これは、日本橋のコレクションに出展する作品なんです。
かわいいでしょう?
お店こそあなたたちサイズですが、品物は全て人形サイズです。
ハンガーだってクローゼットだって。
毎日、いろんな人が来ます。
メインはお洋服ですが、もちろんモデルの子や新しく入って来た子を買って行く人もいます。
それぞれが、個をもった私の子です。
大切にしてくれるといいですね。
たまに、私のように長い間お店にいて強い個を持った子もいますが、うまくやっていけるか少し心配です。
「孤」になってしまうとこの国では「狐」と名前を変えるといいますからね。
最近の悩みは、私自身がそうなっていないかということです。
今日も、私は「こ」を売ります。
次の方はどの「こ」を買うのでしょうか。
そして、あなたの中の「こ」は今どの一文字に化けているのでしょうか。
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