第1話

文字数 1,988文字

 スマホの通知音で、メッセージが入ったことに気づく。今日、一緒にランチへ行く約束をしていた友人から、行けなくなったとキャンセルの連絡だ。子どもが熱を出したらしい。とりあえず「ゆあちゃん熱出たなら仕方ないよ。お大事に。また今度ね」とメッセージを返した。まあ、ママさんは仕方がないよねと分かっていても、急にぽっかり空いたスケジュールをどうしようかと困ってしまう。お店はファミレスかカフェに行こうかと話していて、予約を取っていなかったのが、せめてもの救いだ。
 久しぶりに会えると思って、楽しみにしていたのにな。結婚して子どもがいる彼女と、時間を合わせるのはなかなか難しい。そもそも、大人同士がスケジュールを調整して会うこと自体、無理があるのだ。特に女性は仕事の内容、結婚しているか、子どもがいるかによって会える時間が限られてくる。夜に会うという選択肢がまず最初に消え、土日も互いに予定が合わない。自分は仕事だし、彼女は家族と過ごしている。土日こそ家族の面倒をみたり、家事で忙しいはずだ。そうなると平日休みの時、子どもが幼稚園に行っている間と絞られてランチに行くしかない。
 彼女とは大学から付き合いがあり、学生時代はバイトもサークルも一緒でよく遊んでいた。コールセンターのバイトでは、お局的なおばさんに嫌味を言われたり叱られたことや、「お前がどうにかしろ」と理不尽な要求をしてくるお客さんのことを「ムカつく」とか、「サイアク」と愚痴ったりした。ネイルを褒めると優しくなる、アイラインが決まっている時は機嫌がいいという、お局の攻略法も覚えた。テニスはほどほどで、飲み会がメインのサークルは、合宿と称した旅行にもときどき行って、合宿先でもまた飲んでいた。女子同士部屋に集まると、「〇〇先輩かっこいい」とか、「〜くんが気になっている」、「△△くんとつきあっている」などの恋バナがつまみになった。お酒に強くなったのは、このサークルのおかげだ。そして社会人になると、学生の頃のように会えなくなったものの、彼女がまだ独身で仕事終わりに会えた時は、朝まで飲んだりもした。それから彼女は会社の先輩と結婚し、1人娘が生まれた。そういえば、ここ数年は一緒に飲みに行けていないな。また飲みに行けるのは、もう少し子どもの手がかからなくなってからだろう。まだしばらくはお預けだ。
 せっかくの休日で予定も空いたし、何をしようかと思ったけど、昼間から飲むなんて最高の贅沢じゃないと、思わずにやつく。その前にお腹がすいた。飲むにしたってつまみが必要だ。冷蔵庫を開けて、その中身に引いてしまった。ビール、チューハイ、ハイボール、水しかない。「どんだけ」と荒んだ生活につっこむ。たしかスナック菓子があったはず、いや昨夜食べたんだ。せめてそれが残っていたらと、悔やんでしまう。タイムリープできるなら「それ食べないで」って言いたい。もともと出かける約束をしていた時間まで余裕があったため、すっぴん、部屋着のまま。そこから準備をして、外に出るのも面倒だ。そうだ、デリバリーがあるじゃないか。つくづく便利な世の中だなと、スマホのアプリを開く。うーん、何を食べようか。パスタ、ハンバーガー、餃子、ラーメン、カレー、牛丼、ピザ。次から次へとお店のメニューを見ては迷う。せっかく贅沢な時間を過ごすんだし、ここは思い切ってピザを頼もう。対面で受け取らなくていいように、置き配指定で注文を済ませた。
 しばらくすると配達員の名前が表示され、配達状況が確認できる。予定時間から遅れずに届いてくれよと願いながら、画面とにらめっこする。よーし、今のところ順調だ。ルート通り進んでいる。このまま進んで、変な方向に行ったり、止まったりしませんように。お腹がすいてるせいか、この待っている時間が余計に長く感じてしまう。誰も見ていないから口に出していいのかもしれないが、さすがに恥ずかしいので、心の中で「ピザ、ピザ」と連呼する。そのうち「まもなく到着します」と表示され、画面の地図上で自宅前にバイクのマークが確認できた。外の方に耳を済ますと、足音が近づいてくる。そして、玄関前に置かれたのだろう、ガサッという音がした。チャイムが鳴らされ、スマホには配達完了の通知と併せて商品が玄関前に置かれた写真が届いた。足音が遠ざかったのを確認してから、玄関へダッシュ。ドアを少しずつ開けながら、辺りに誰もいないか伺うと、素早く商品を抱えた。
 箱を開けると焼けたチーズ、トマトの匂いが漂い、ますます食欲が刺激される。冷蔵庫からビールを1本取り出す。コップには注がずに缶からそのまま1口。そして、ピザを頬張った。はあ、何て幸せなんだろう。これはビールが進む。だらしない格好で、ちょっとお行儀が悪くても、誰からも注意されないし、邪魔されない。そんな「おひとり時間」最高だ!
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