文字数 801文字

彼の視線がまっすぐ僕を刺す。
あの頃、キラキラと輝く瞳で僕に向かってきた少年は、今は冷静な目つきでこちらを見据えている。
子犬がまとわりつくように飛び跳ねていた少年が、すらりとした長身をこちらに向けて静かに佇んでいる。
無邪気だった少年は8年の月日を経て、落ち着いた青年に成長していた。

「彼を忘れたか? (れい)
教授が硬い表情をして突っ立ったままの彼に問う。
いまだに僕が教授の傍に居ることに驚いたのだろうか。
久しぶりの再会を、喜んでいるようには見えない。
僕が言葉をかけようとするや、彼はスッと視線をそらした。

彼は叔父である教授を慕って、よくここに遊びに来ていた。
まさか、彼がこの大学に入って来るとは思っていなかった。
小さな彼が度々ここを訪れたのは、両親の離婚による寂しさからで、学問とは関係ないと思っていたからだ。
僕はもう、あの頃のように彼にかかわることはないけれど、すっかり雰囲気が変わってしまった彼に戸惑う。

ある日、教授の研究室に行くと、ドア脇のソファーで彼が眠っていた。
ヒョロっとした身体と、伸びやかな肢体を無造作に投げ出して熟睡している。
僕は窓辺の机で、教授に頼まれた書類をチェックする。
パラパラと紙をめくる音だけが室内に響く。
どのくらい経っただろう。彼の声がした。
「いつからいたの?」
「さぁ……、30分くらい前かな」
大儀そうにソファーから起き上がると、しばらくこちらを見据えていた。
「叔父さんとはどういう関係?」
唐突に出たその質問に、しばし考える。
「教授と助手だよ」
黒目がちの瞳が、僕を攻めるように見つめる。
長年、教授の傍にいることへの嫉妬か。
教授を彼から取ったつもりはない。そう言いかけて止めた。

僕が本棚を片付けはじめると、彼は立ち上がってやってきた。
しばらくの間、後ろにじっと佇む気配がする。
不意に彼の手が僕の肩にのる。
彼の額が僕の後頭部にコツンとあたる。
刹那、彼の気持ちが溢れ出た気がした。

(了)
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