第1話青空殺人

文字数 2,266文字

実にけだるい夏の午後だった。
「だから言ったろう、くだらないって」
部屋の中では男が二人椅子に座り向き合っている。
一人はスーツ姿で三十歳前後、中肉中背で少々額が広い。膝の間で手を組み、困っているような焦っているような、なんともいえない冴えない表情をしている。
もう一人の男はというと紺色の襟付きシャツの長袖を肘までまくりあげ、真っ白の長ズボンを履いていた。まるでハワイ帰りの観光客のような服装だ。その割にたいして日焼けもしておらず、ズボン同様顔も色白い。足を組み、なんともけだるそうな表情をしている。
「そうは言っても、君は現場を見てもいないじゃないか」
スーツの男が困った顔をしながら返事する。
「君の話を聞けばだいたい想像はつくよ、何がどうやって行われたのかぐらい。」
先ほどくだらないと言った男が退屈そうにひじ掛けに肘をつき、顔を傾け、こめかみのあたりをこぶしで支えている。
「でも状況から言ってそんな単純じゃないと思うけど・・」
「私の好奇心をそそるものじゃないね、あまりに簡単すぎる」
「君は退屈だの、簡単だの言うけども、これは密室殺人だ。正直、僕にはさっぱりだ」
スーツの男がそう言いながら、ズボンのポケットからハンカチを出し、額の汗をぬぐう。
ジャケットのポケットからメモを取り出し何枚かペラペラめくった後、さらに話し出した。
「被害者は五十代男性、小さな建設会社の経営者。死体は自宅の二階にある、被害者の自室で見つかった。部屋のドアには鍵が掛かっており、内側からしか開け閉めできない。窓にも鍵がかかっていた。つまり、完全な密室だ。そして・・」
スーツの男が軽く呼吸してから続ける
「何より不自然だったのが、部屋中が水浸しだったということだ」
「君が電話で話した通りだ」
ここまでのことはあらかじめ探偵事務所に来る前に電話でスーツの男、刑事から聞いていた。
「そうなんだ、窓はしっかりしまっていたし、雨漏りの形跡もない。それなのに部屋中ぐっしょり濡れている。まったく意味が分からない」
刑事がため息を一つついた後続ける。
「それなのに君はもうこの事件の謎を解いてしまったというのかい?」
刑事が信じられないといった顔で目の前の男の顔をまじまじと見つめる。
「そうさ、君に電話で事件の概要を聞いた時点でピンときた。実に、じつ~にくだらない事件だよ」
言い終わると探偵もため息を一つつき、コーヒーを飲んだ。
「僕にはどう考えても簡単な事件とは思えないよ。被害者の死体は密室で発見。第一発見者は旅行から戻ってきた家族。いくら部屋の外から呼びかけても返事がないので不審に思ってドアをぶち破って入ったら被害者が倒れているのを発見したそうだ。死亡推定時刻には家族は全員旅行先でのアリバイがとれている。被害者宅は郊外から少し離れた一軒家のため不審な目撃者もなし。仮に外部から侵入したものが殺したのだとしても、どうやって密室を作ったのか。おまけに部屋は水浸しだった。まったく謎だらけだ」
「謎なもんか、簡単な話だよ」
探偵がコーヒーをもう一口飲みながらそっけなく答える。
「でも、被害者の部屋のドアにも窓にもこじ開けた形跡はなかったんだ、もちろん鍵は中からしか開閉できない。これは完全に密室の謎じゃないか」
探偵はコーヒーを置くと、また肘をつきこめかめに手をあてながら
「謎なもんか、おそろしく隙間だらけでガタガタの密室もどきだ」
と言った。
「それなら、教えてくれよ。真相を」
「構わないが、ほんとうにいいのか?」
「というと?」
「真実が拍子抜けするほどバカバカしいことだってあるんだよ」
フッと息を吐くと
「真相を語る前に一つだけ確認したい、これが私の考えと違えば面白いことになってくるんだが」
「それは?」
探偵は少し身を乗り出すと
「聞きたいことは一つ、前日に雨は降ったか?」
刑事はメモ帳をめくりながら
「ちょっと待ってくれよ・・・ああ降ってるよ、かなりのドシャ降りだったみたいだな。でもさっき言ったように窓はしっかりと閉まっていたし、雨漏りもしていない。部屋中がずぶ濡れだった件とは関係ないと思うけど」
刑事がここまで言い終わると探偵は深く椅子に座りなおしながら言った
「ほんとうにくだらない」

探偵がコーヒーをぐいと全て飲み干すと話し始めた。
「被害者は外で殺された後、室内に入れられたんだ。」
「窓もドアも鍵がかかってたのにどうやって?」
「簡単さ、窓もドアも使わなかったのさ」
「そんな・・いったいどうやって?」
刑事が食い入るように聞き入っている。
探偵は親指を上に向け、答えた。
「上からさ」
刑事はポカンとした表情で
「え・・・いや・・・屋根には明り取り用の窓とかも無いんだが・・」
探偵はフッと笑うと
「そうじゃない、そもそも屋根が無かったんだ。屋根ごと外して殺した被害者を室内に入れたんだ。外した屋根を再び取り付ける作業中で雨が降り、部屋中が水浸しになったんだ」
刑事はますますポカンとした表情で
「そんな、馬鹿げたことが・・・」
と言うと
「言ったろ、実にくだらないって。被害者の経営していた建築関係の人間から当たってみるといい、屋根を付け替える作業はそう簡単にできるもんじゃない。犯人はすぐに見つかると思うよ」

刑事はコーヒーを飲み、ばつが悪そうな感じで
「なんというか・・・本当にすまない。こんな簡単なことに気づけなかったなんて」
探偵はニヤリと笑いながら
「だからくだらないと言ったろ」

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