第1話
文字数 2,844文字
何を書いたら楽しい話ができるのだろう。
みんなが読んでくれて、それでワッと驚くような、そんな物語を書きたいのに。ぜーんぜん何も浮かばない。もう参っちゃう。
文芸部の小さな部室の中で、ノートパソコンにしばらくすがりついている。私はパイプ椅子に座り、足をバタつかせていた。パイプ椅子はギィギィと悲鳴を上げた。
「え、昨日のおやつの鯛焼き、食べ過ぎちゃったかな……。」
古くてガタついているだけだよねと自分を納得させて続きに取り掛かった。実際足の部分がちょっとさびてるし。学校指定のカーディガンを羽織りなおすと、また画面に視線を向けた。
Wordを開き、好きな作家さんの真似をして同じ書式設定で揃えたはずなのに。ぜんぜん物語が思いつかない。試しに少し書いてみても、文章がまとまってないように思えて、書いては消しての繰り返し。
ノートパソコンに向かってうーんうーんと唸ってるだけで時間ももったいない。ああでもないこうでもないと人差し指でキーをタイピングしていく。
せっかく先輩がいないんだし、新品のノートパソコンを使ってみたい気持ちがあったけど、機械に疎い私はろくにタイピングもできないポンコツ文芸部員だ。なら手書きにしろって思われるかもしれないけど、今時手書きってなんか、恥ずかしいし。手書きで書いてる方が「文豪」って感じがしてかっこいいけど、私は現役の女子高生ですからね。ぱぱっとデジタルでちゃちゃっと書いちゃいますよ。
生徒会に申請した部費で購入したノートパソコンはピカピカで、受け取ったときは慎重に、壊さないようにと、先輩たちと一緒に運び込んだ。箱を開封したときは狭い部室にうおおおと声が響いた。
中学生のころから読書が好きでよく読んでいた私は、自分でも文章を書いてみたいと興味を持って文芸部に入部した。この高校を選んだのは、家から通いやすいってことも決め手だったけど、なにより文芸部があるってことだった。「偶然じゃん!ここに決めた!」とすぐ進路を決めた。
人数を集めれば同好会とか作れるらしいけど、手続きとかちょっとめんどくさそうだし……。いや、人数を集めてみんなで同好会作って青春しちゃうのもアリだったかな。文芸部の日常を描くゆるふわ日常アニメ、開幕!みたいな……。でもいざ話しかけるとなるとな。私は……引っ込み思案だし根暗で暗いし……。軽音部とかスクールアイドル部とかなら陽キャの集まりだし友達と申請できちゃうだろうけど。文芸部、だしなあ……。
周りからどんなイメージもたれてるんだろう。窓辺で本を読んでる薄幸の美少女とか、眼鏡の似合う物静かな細身のイケメンがいるイメージとかかな。
華やかな部活ではないよなあ。私だって校則の規定通りにスカート長めだし、丸眼鏡だし、前髪も長いのが邪魔でキュッと結んでいるし。THE・優等生って感じよね。
勉強は好きだけど成績は中くらい……。文芸部なんで国語はできますけどね。日本人ですし、文芸部ですから!
って、空想にふけってまた手が止まってることに気がついた。
「わーん!本当に何も思いつかない!私って文章書く才能ないのかも……!?」
「何悩んでるの。さくらちゃん」
「うわぁ!みなと先輩!?いつの間に!?」
「さくらちゃんの声、部室から響いていたよ。ぜんぜん気づかないんだもの」
「みなと先輩助けてください。ぜんぜん物語が書けないんです。私って文才ないんでしょうか……」
「さくらちゃんは入学したばかりだから、そんな焦って完成させなくてもいいんだよ」
「そうは言っても、夏にあるっていう文芸部のコンクールに高校生部門として出したいんですもん。みなと先輩も参加するんですよね」
「ああ、そうだね。昨年は3次予選まで残っていたから悔しくてさ。今年こそは大賞狙うよ」
そう言って、みなと先輩は私の向かいの席に座り、スクールバッグから本を取り出した。私と同じパイプ椅子に座っても、椅子からはスンとも音がしない。みなと先輩、身体細いもんな。シュッとしてるし、背も高いし、私とは大違い。
手元を見ると、見知った表紙が見えた。みなと先輩はブックカバーを付けない。先輩曰く、「読んでいる小説をみんなに見せて広めたいんだ。」って言ってた。通学中も電車の中で読んでるんだって。私も通学中に歩きながら読書したことがあったけど、あまりに集中しすぎて電柱にぶつかったのは苦い思い出だ。
あ、今読んでるその表紙は、ミステリー好きなら一度は聞いたことがあるあのコンクールで大賞を取ったあの作品!私は書店に出てすぐ買ったから既に数回読み直してるけど、伏線回収があざやかで読んでる途中でおおおおと声を上げてしまったくらいに面白かった。キャラクターの個性が立っていてストーリーの展開もトントン拍子で進んでいくからサクサク読めちゃう。
それより、ああ。俯いてるみなと先輩、いつ見てもかっこいいなぁ。まつ毛長ぁい。前髪で隠れがちだけど、瞳も澄んでいてガラス玉みたい。凛とした眉毛もクールなイメージに似合ってる。こめかみの辺りをこっそりツーブロックにしてるのも知ってる。話しかけたいけど、集中しているみなと先輩の邪魔をしたくなくて、ノートパソコンの画面を見ているフリをしながら先輩の顔を眺めていた。窓の外では桜の花びらとウグイスが風に乗って飛んでいるのが見えた。
「さくらちゃん。」
「わ!は、はい!」
どのくらい眺めていたのか、ぼーっとしていた。いつの間に時間が経っていたのか。部室が夕焼けに染まりつつあった。にこりとほほえむ口元が見え、視線を上げると目が合った。
「進捗はどうかな?」
「うう……それが全然。」
「物語を紡ぐのは難しいもんね。焦らなくてもいいんだよ。日々の出来事を思い起こして、見方を少し変えれば自然と物語は生まれるよ」
「日々の出来事、ですか……。」
「うん。それはもう色鮮やかにね」
抽象的だけど、でもどこか的を得ているような気がした。みなと先輩とのこの日々は、今はなんて事のない日常だけど、いつかかけがえのない青春の1ページになるのかもしれない。物語を紡げるか分からないけど、この日々はずっと続けばいいなとワクワクした。
「ねぇ、みなと先輩。このあと時間ありますか?駅前にできた鯛焼き屋さん、すっごく美味しいんですよ。今日はもうお開きにして一緒に行きませんか」
「鯛焼きか。いいね、行こう。」
勢いよく立ち上がり、椅子がガタンと音を立てる私とは裏腹に、みなと先輩は静かにパイプ椅子から立ち上がるとスカートの折り目を正した。制服の着こなしも、真面目過ぎず着くずし過ぎず、かっこいい。
「私のオススメはクリームチーズ味です。でもすぐ売り切れちゃうんですよね。今日はまだあるかなぁ」
「クリームチーズ味なんてあるんだ。私も食べてみようかな」
「きっと、気に入ると思いますよ!」
大好きな先輩と、夕焼け空の中、ふたり並んで鯛焼きを買いに行く物語もありかもしれない。
みんなが読んでくれて、それでワッと驚くような、そんな物語を書きたいのに。ぜーんぜん何も浮かばない。もう参っちゃう。
文芸部の小さな部室の中で、ノートパソコンにしばらくすがりついている。私はパイプ椅子に座り、足をバタつかせていた。パイプ椅子はギィギィと悲鳴を上げた。
「え、昨日のおやつの鯛焼き、食べ過ぎちゃったかな……。」
古くてガタついているだけだよねと自分を納得させて続きに取り掛かった。実際足の部分がちょっとさびてるし。学校指定のカーディガンを羽織りなおすと、また画面に視線を向けた。
Wordを開き、好きな作家さんの真似をして同じ書式設定で揃えたはずなのに。ぜんぜん物語が思いつかない。試しに少し書いてみても、文章がまとまってないように思えて、書いては消しての繰り返し。
ノートパソコンに向かってうーんうーんと唸ってるだけで時間ももったいない。ああでもないこうでもないと人差し指でキーをタイピングしていく。
せっかく先輩がいないんだし、新品のノートパソコンを使ってみたい気持ちがあったけど、機械に疎い私はろくにタイピングもできないポンコツ文芸部員だ。なら手書きにしろって思われるかもしれないけど、今時手書きってなんか、恥ずかしいし。手書きで書いてる方が「文豪」って感じがしてかっこいいけど、私は現役の女子高生ですからね。ぱぱっとデジタルでちゃちゃっと書いちゃいますよ。
生徒会に申請した部費で購入したノートパソコンはピカピカで、受け取ったときは慎重に、壊さないようにと、先輩たちと一緒に運び込んだ。箱を開封したときは狭い部室にうおおおと声が響いた。
中学生のころから読書が好きでよく読んでいた私は、自分でも文章を書いてみたいと興味を持って文芸部に入部した。この高校を選んだのは、家から通いやすいってことも決め手だったけど、なにより文芸部があるってことだった。「偶然じゃん!ここに決めた!」とすぐ進路を決めた。
人数を集めれば同好会とか作れるらしいけど、手続きとかちょっとめんどくさそうだし……。いや、人数を集めてみんなで同好会作って青春しちゃうのもアリだったかな。文芸部の日常を描くゆるふわ日常アニメ、開幕!みたいな……。でもいざ話しかけるとなるとな。私は……引っ込み思案だし根暗で暗いし……。軽音部とかスクールアイドル部とかなら陽キャの集まりだし友達と申請できちゃうだろうけど。文芸部、だしなあ……。
周りからどんなイメージもたれてるんだろう。窓辺で本を読んでる薄幸の美少女とか、眼鏡の似合う物静かな細身のイケメンがいるイメージとかかな。
華やかな部活ではないよなあ。私だって校則の規定通りにスカート長めだし、丸眼鏡だし、前髪も長いのが邪魔でキュッと結んでいるし。THE・優等生って感じよね。
勉強は好きだけど成績は中くらい……。文芸部なんで国語はできますけどね。日本人ですし、文芸部ですから!
って、空想にふけってまた手が止まってることに気がついた。
「わーん!本当に何も思いつかない!私って文章書く才能ないのかも……!?」
「何悩んでるの。さくらちゃん」
「うわぁ!みなと先輩!?いつの間に!?」
「さくらちゃんの声、部室から響いていたよ。ぜんぜん気づかないんだもの」
「みなと先輩助けてください。ぜんぜん物語が書けないんです。私って文才ないんでしょうか……」
「さくらちゃんは入学したばかりだから、そんな焦って完成させなくてもいいんだよ」
「そうは言っても、夏にあるっていう文芸部のコンクールに高校生部門として出したいんですもん。みなと先輩も参加するんですよね」
「ああ、そうだね。昨年は3次予選まで残っていたから悔しくてさ。今年こそは大賞狙うよ」
そう言って、みなと先輩は私の向かいの席に座り、スクールバッグから本を取り出した。私と同じパイプ椅子に座っても、椅子からはスンとも音がしない。みなと先輩、身体細いもんな。シュッとしてるし、背も高いし、私とは大違い。
手元を見ると、見知った表紙が見えた。みなと先輩はブックカバーを付けない。先輩曰く、「読んでいる小説をみんなに見せて広めたいんだ。」って言ってた。通学中も電車の中で読んでるんだって。私も通学中に歩きながら読書したことがあったけど、あまりに集中しすぎて電柱にぶつかったのは苦い思い出だ。
あ、今読んでるその表紙は、ミステリー好きなら一度は聞いたことがあるあのコンクールで大賞を取ったあの作品!私は書店に出てすぐ買ったから既に数回読み直してるけど、伏線回収があざやかで読んでる途中でおおおおと声を上げてしまったくらいに面白かった。キャラクターの個性が立っていてストーリーの展開もトントン拍子で進んでいくからサクサク読めちゃう。
それより、ああ。俯いてるみなと先輩、いつ見てもかっこいいなぁ。まつ毛長ぁい。前髪で隠れがちだけど、瞳も澄んでいてガラス玉みたい。凛とした眉毛もクールなイメージに似合ってる。こめかみの辺りをこっそりツーブロックにしてるのも知ってる。話しかけたいけど、集中しているみなと先輩の邪魔をしたくなくて、ノートパソコンの画面を見ているフリをしながら先輩の顔を眺めていた。窓の外では桜の花びらとウグイスが風に乗って飛んでいるのが見えた。
「さくらちゃん。」
「わ!は、はい!」
どのくらい眺めていたのか、ぼーっとしていた。いつの間に時間が経っていたのか。部室が夕焼けに染まりつつあった。にこりとほほえむ口元が見え、視線を上げると目が合った。
「進捗はどうかな?」
「うう……それが全然。」
「物語を紡ぐのは難しいもんね。焦らなくてもいいんだよ。日々の出来事を思い起こして、見方を少し変えれば自然と物語は生まれるよ」
「日々の出来事、ですか……。」
「うん。それはもう色鮮やかにね」
抽象的だけど、でもどこか的を得ているような気がした。みなと先輩とのこの日々は、今はなんて事のない日常だけど、いつかかけがえのない青春の1ページになるのかもしれない。物語を紡げるか分からないけど、この日々はずっと続けばいいなとワクワクした。
「ねぇ、みなと先輩。このあと時間ありますか?駅前にできた鯛焼き屋さん、すっごく美味しいんですよ。今日はもうお開きにして一緒に行きませんか」
「鯛焼きか。いいね、行こう。」
勢いよく立ち上がり、椅子がガタンと音を立てる私とは裏腹に、みなと先輩は静かにパイプ椅子から立ち上がるとスカートの折り目を正した。制服の着こなしも、真面目過ぎず着くずし過ぎず、かっこいい。
「私のオススメはクリームチーズ味です。でもすぐ売り切れちゃうんですよね。今日はまだあるかなぁ」
「クリームチーズ味なんてあるんだ。私も食べてみようかな」
「きっと、気に入ると思いますよ!」
大好きな先輩と、夕焼け空の中、ふたり並んで鯛焼きを買いに行く物語もありかもしれない。