血と業

文字数 2,450文字

 双子は百歳を目前に息をひそめた。
「あんたの人生はどうだった?」
「お前さんの予想できない人生だったよ」
 九十九年ぶりの再会。それでも双子、か。
「お前さんはどうだったんじゃ?」
「わしは、見ての通り」
 豪華絢爛。
 そして。
 閑古素朴。
 やはり、血。
「わしたちは、生まれてすぐに離れ離れになった。しかし、いざこうして会ってみると、すぐに分かったよ。お前はわしで、わしはお前だ。双子。なんの因果か、一方は世界屈指の大富豪に引き取られ、一方は世界屈指のスラム街で育った。しかし、双子。わしたちは離れ離れでも、感覚で分かったよ。お前が死にそうなときも、お前が笑っているときも――」
「ああ、相変わらず、うるさい奴だ。もう少し、黙れんのか」
「夢なら黙れるのだが」
「人生は夢だ。起きろ、いい加減に」
 雪は止んだ。
 二人は、握手を交わして、交互に杯を開けた。静かだった。和洋折衷。二人は、二人にしか分からない沈黙を楽しんでいた。
「ああ、そういえば――」
 手紙。
 宛名は、見えない。
「母か……」
 沈黙は母親が破るためにある。
 二人はその手紙をろうそくの火で燃やした。
 夜なのか朝なのか、二人にはもはやどうでもいいことだった。

          ☆

 神父さま、どうかそのまま、私の話を聞いてはくれませんか。ええ、懺悔したいのです。私は、罪深い女なのです。私は、罪を犯したのです。私は、ああ、恐ろしい。私は自分が憎くて仕方ありません。私は私を殺してやりたいのです。叶うものなら、この手で肉を裂いて、骨を砕いて、そして、あの冷たい海に沈めて、魚の餌にしてしまいたい。私は、私は――。私は、三年前、子を産みました。双子でした。しかし、私は、その子たちを捨ててしまったのです。……私は病気なのです。誰にも、どんな名医にも治せない不治の病。きっと、神さまにも治せないでしょう。私は、人が信じられないのです。私には、愛が分からないのです。神父さまにはお分かりにならないかもしれませんが、私は昔から、そうです、本当にまだ幼い時から、私には他人が感じている愛だとか好きだとかかわいいとかといった、そんな感情が理解できなかったのです。私には、人間も魚も草木も区別がつかないのです。いえ、ごめんなさい。泣いているのは、病気のせいではありません。この涙は、嘘つきの、嘘つき者が受ける罰の証なのです。はい、私は嘘をついていました。私は、子供たちを愛していました。ああ、それなのに、私はいつだって変人ぶって、奇異な行動をして、それで他人から、世間から我が身を守っていたのです。貧困は、ただの言い訳です。私は弱い女です。ずるい女なのです。頭の中に、ずっと浮かんでいる「このままではいけない」という虚ろなモヤを私は何年も何十年も見ないふりして、お腹に力をぎゅっと入れるがごとく、人生はつらい、苦しい、悲しいことの連続だと思い込んで、それもすべては人のせい、親のせい、社会のせい、世界のせい、とせい、せい、せい、他責の人生は、いつしか本当に私の脳を病気にしてしまったようで、私はいつしかアルコールとドラッグを手放せなくなり、朝になればいつだって知らない男が隣にいて、もう今が朝なのか夜なのかも分からなくなって、折れた注射針、バルコニーの手すりの上、包丁、拳はいつもボロボロで、誰かを殴っても、自分を殴っても、結局は――、限界。気がついたら、私は病院にいたのです。神父さま、私は、もうダメなのです。ミスったのです。人生を。失敗。もう取り返しがつきません。せめて、あの二人だけは幸せにと――。幸せ。私は、幸せを、追い求めていました。だからきっと、幸せにはなれなかったのです。幸せになりたいという夢が、常に叶い続けているのですから。

          ☆

 Seventeen.
 アイスクリームのような日々。
 雪解け水のような透明な恋。
 17歳。
 思い出は、いつだって我儘だ。
 私は常に半分で、私は常に共有しあっている。
 天国と地獄。
 まさに。

(小学生の頃、ぼくは近所のスーパーで万引きをしたことがある。なにも、お小遣いをもらえなかったからではなく、小学生のくせに頭髪の薄いのを気にして、毛生え薬を買うのが恥ずかしくて万引きしたのだ。結局、今も薄いままで生きているのだが、そのときのなんとも言えない気持ちといったら――。
 悪いのは貧乏でもなく、親でもなく、ましてやお金でもなかった。悪いのは、悪いと決めつける自身の固定概念であり、他責にしてしまう甘ったれた生かされている根性なのだ。
 生きよう。自分の人生を。双子のように。)

 Seventeen.
 雨。
 閉じ込められた闇。
 もうすぐ18歳。
 ご機嫌斜めな蛙。
 母に会いたい。
 母に会いたい。
 母に会いたい。

          ☆

「母に会えたら、どうする?」
「ぶん殴るわ」
「そして抱きしめる」
「お礼も言わなきゃね」
「産んでくれてありがとう?」
「それもいいわね」
「不足を教えてくれてありがとう?」
「それは私の勝手よ」
「母は、最期にどんな夢を見たのかしら」
「きっと私たちの夢よ」
「神父さまが仰っていたけど、母は最期に涙を流したんですって」
「悲しみの?」
「慈しみ」
「ねえ、手を繋がない?」
「もしかして、あれ?」
「ええ、ドリームセラピーよ。最後に、夢を共有しましょう」
「若返りの夢?」
「逆行よ」
「カルマね」
「お互いの人生を替えっこするの」
「そうね、それがいいわ」
「ワインは白? 赤?」
「赤」
「じゃあ、私は白で」
「母に会えたら、最後になんて言うか決めてる?」
「にっこりとほほ笑んでありがとうと言うわよ」
「中指を立てながら?」
「下品」
「仕方ないじゃない。双子なんだから」
「そうね。じゃ、また」
「ええ、おやすみなさい」

          ☆

 お母さんへ

  ぼくは、お母さんのことがとてもすきです。なぜなら、お母さ
 んはまいにちおやつをたくさんくれるからです。ぼくはお母さん
 のこどもでよかったです。
  お母さん、いつもありがとう。
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