第1話

文字数 1,996文字

「君は、採用会議に顔を出すのは初めてかな?」
「はい!」
「即戦力を採りたい。それには候補者の見極めが大切だから、頼むよ」
「任せてください!」

 会議までの道中、CEOとそんな会話をした。
 やっとだ、やっと直接、雇用に関われる。そう思うと、気持ちが高ぶった。

 採用チームに異動したのは、1年前のこと。就活やインターンに励んだ僕にとってはベストだと思ったし、人を見る目に関しては自信があった。

 はじめは候補者の管理や、メールの作成など事務作業を覚えた。また転職イベントの広告を打ったり、主催したりした。
 早くスカウトを打ったり、面接をしたい。ダイレクトに雇用に関わりたい。RPGで最強パーティを作るようで、楽しそうだからだ。

 そんなとき、上司が辞めた。
 僕は現場未経験ながら、マネージャーに抜擢され、役員たちと口が聞けるようになった。そして遂に、CEOや役員たちとの会議名簿に名を連ねたのだ。

 でもまさか、会議が社外で行われているとは……。

 そんなことを考えていると、タクシーが止まった。

「え? ここですか?」
「ああ。もう他のメンバーは着いてるよ」

 降りてすぐに確認できたのは、寿司屋。周りを見渡しても、寿司屋・寿司屋・寿司屋。どの店舗も活きがいいノボリが立っている。

「寿司屋ですか?」
「さあ、入った入った! ちょっと遅れてるから」

 僕はCEOに続いて階段を降りた。どうやら地下にあるらしい。珍しい。
 でもなぜ、寿司屋で会議なんかするんだろう……。

 もしや!

 会議とは名ばかりで、僕がマネージャーに就任したお祝いなのかもしれない!

 もしくは決起集会だ!
 これから頑張らないとなあ!

「社長、お疲れ様です」
「もう準備できます!」

 そう言って階段の下から顔を出したのは、ほかの役員たち。
 まさか総出で祝ってくれるとは。それほど会社の成長にとって、採用は大切なのだ。

 彼らに続いて、最後に店に入る。すると見えたのは、ベルトコンベア。
 なんだ、回転寿司かよ……。
 豪華な食事を期待していた僕は少し拍子抜けした。

 だがすぐに様子がおかしいことに気が付いた。ベルトコンベアの幅が広いのだ。

 と、特大寿司か?
 そんなに食べきれないぞ……。

 僕はとりあえず、お茶を飲みながら寿司を待った。

「君は、中途の採用は初めてだよね?」
 隣に座った役員が尋ねてきた。
「え、は、はい」
「じゃあ、中途人材市場も初めてかい?」
「え、市場?」
「期待してるよ」
「はあ」

「らっしゃい、らっしゃい」
 そのとき、厨房から寿司職人が顔を出した。「ああ、大将。どうも」と、CEOが慣れた様子で答える。
「今日は、活きのいいの入ってまっせ」
「それは期待できるな。三島くん、こっちに」
「はい」
 僕は呼ばれて、社長の隣に行った。同時に、ベルトコンベアは流れ出した。
「好きなの取ってくれたまえ」
「わかりました」
 そのとき厨房とテーブルを仕切るカーテンから、巨大皿が出てきた。

 僕はネタに驚愕した。

 なんと皿の上には、サラリーマンが横たわっていたのだ。しかも丁寧に、透明なプラスチックで蓋をされている。

「え? 社長!?」
「これは、皿リーマン。君は初めてだね? 最近の中途人材の市場はこれが主流だよ」

 信じられない。

「いいと思うのがあれば、取っていいよ」
「は、はい」
「と言っても、足りない部署の人材をとるんだぞ」
「はい」

 僕は驚きを隠しながら、流れてくる皿リーマンを見つめた。蓋には小さなフィルムが貼られており、【エンジニア3年】【マーケター6年】など説明が書いてある。

 また回転寿司と同じく、皿の模様には種類があり、壁には説明書きがある。

 黄色……400万
 黒色……500万
 銀色……800万

 そんな塩梅だ。おそらく、数字は年収を示しているのだろう。

 ど、どうすればいいんだ……。


 僕はとりあえず、渋い顔をした【デザイナー12年】の皿リーマンをテーブルに上げてみた。男はゆっくり目を開き、こっちを見ている。

「社長は、どう思います?」
「お前に任せる」
「12年となると、経験は豊富だと思います。お皿も緑で、700万なので」
「まあ、予算内ではあるが、もう少し安いのはないかな……」

 社長がそう言ったとき、デザイナーの男は目を開き、ジロリとこちらを見た。続いて大将が口を開いた。
「いやいや社長! お目が高い。彼は外資から水揚げされたところですよ」
「ほう」
「大人しいですが、心のなかに闘志は秘めてます。独身で、趣味は映画鑑賞と犬の散歩。いかがしますか?」
「まあ、大将がそう言うなら、雇ってみるとするか」
「お買い上げありがとうございま〜す! デザイナー一丁入ります」

「「「デザイナー一丁!」」」

 店内にそんな声が響いたとき、デザイナーの男は少し笑った。
 会社のニーズと、彼の将来……。うまくマッチングできただろうか?

 僕は彼の活躍を祈りながら、付け合わせの紅生姜をもらった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み