第1話

文字数 2,078文字

原稿を引き裂きさいた。思わず奇声がとび出る。
怒りのコントロールができない。
高谷は机に置いてあるパソコンをなぐった。パソコンの画面がブラックアウトし、起動しなくなる。つい最近買ったものだったのにもうスクラップになった。
「あ、あ……」
もうそんな声しか出てこなかった。
ひざから崩れ落ちて散らかり放題の床に倒れた。床は原稿のゴミとカップラーメンのゴミでいっぱいだ。
玄関の扉がどんどんと鳴る。
「うるせーぞ!おい!」
おそらく隣人だ。クレームをつけにきたに違いない。
てめぇこそうるせー!と怒鳴りたかったが、こういう時は黙って過ぎ去るのを待つしかない。しばらく静かにしていると、隣人は自分の部屋に戻ったようだった。
作家を目指して十二年。気づけばもう三十歳。新人賞に応募した回数などもう忘れた。数えられないくらい応募した。それだけ応募したというのにいいとこ二次通過。それ以上はいったことがない。
今回は一次も通過しなかった。
一時間たったころ、高谷はいつの間にか流れていた涙をぬぐって起き上がると、アパートを出ていく。
夜風が少し肌寒い。
とにかく飲みたかった。酒をあびるほど飲んで気絶するように眠りたかった。眠ればまたいいアイデアが思いつくだろう。
駅前まで出ていくとふと占い屋が目についた。
店舗でやっているのではなく、個人でポツンとやっている占い屋だった。
しかも何人か客が並んでいる。人気なのだろうか。今まで見たことなどなかった。
小さな看板に「あなたの未来を予言します」とある。料金は五百円だった。
うさんくさそう老婆であったが、高谷はちょっとした好奇心から占い屋へと向かった。
俺は作家になれるのか?有名になれるのか?それがどうしても知りたかった。
十分くらい待つと高谷の番が来た。
「占ってくれ」
高谷は五百円を渡して言った。
「何を占う?」
ぶっきらぼうな声で占い屋の老婆が言う。
「俺の未来だよ。俺は有名になりたいんだ。作家になって有名になりたい」
占い屋はしばらく高谷をじっと見つめたあと、机の上に置いてあったカードに手をのばして、机に並べ始めた。
高谷はそれを黙って見つめる。タロットカードとういうやつだろうか。
三分ほどが経ったころ、占い屋が一枚のカードを拾ってまじまじと見た。
「あんた……」
「え、なに?なんだ?」
「あんた、なるね」
「なる?なにに?もしかして有名になれるってか?」
占い屋はこくりとうなずく。
「有名になれる」
「おい、マジかよ。ばあさん!俺、有名になれるんだろうな?俺、作家になって有名になりてえんだよ」
「安心しなさい。あんたは有名になれる。あんたの名前は全国区になる」
「い、いつだ?いつだよ、ばあさん」
占い屋は人差し指をたてた。
「え?いち?」
「そうさ。一年。あと一年だ」
ふふふ、と占い屋は不敵な笑みを浮かべた。
高谷はスキップをしてアパートに帰った。酒を買うことなど忘れてしまっていた。
俺は有名になれる。俺は有名になれるんだ!
それを考えるだけで執筆意欲がとてつもなく上がってきていた。
芥川賞作家になったら、テレビに出て、雑誌にも載って、本も売れて、金も入ってきて、女だって手に入る。もしかしたら、俳優デビューなんてあるかもしれないぞ。最高だ。俺は有名になる。有名になってやる。俺には才能があるんだ。フリーターなんてやってられるか。
高谷はすぐ机の引き出しから貯金通帳を取り出した。
貯金は十二万しかなかった。だが、別にいい。芥川賞作家になって有名になれば金は腐るほどはいってくる。
翌日、パソコンを新調してきた高谷は執筆を開始した。貯金はこれでもうなくなった。
今回は恋愛小説にしようと考えていた。大人の恋愛小説。恋愛小説なら万人受けする。うまくいけば映画化だってありえるぞ。映画化されればもっと本が売れる。金が入ってくる。有名になれる。
笑いが止まらなかった。
一年後―
原稿を引きさいた。思わず奇声がとび出る。
高谷の状況は何も変わらなかった。芥川賞どころか、新人賞にもひっかからなかった。
また落選だった。二次を突破できなかった。
なぜだ。なにがおかしい。俺はおかしくない。俺には才能があるんだ。絶対。悪いのはそうだ。出版社だ。俺の才能が見抜けないクソ編集者が悪い。俺の才能がすごすぎて理解できないのか?そうだ、そうに決まっている。おかしいのはやつらだ。
壁を思い切り殴りつけると、勢いよく部屋を飛び出した。

ニュースキャスターが原稿を読み上げている。
「今日、午後二時ごろ新宿にある△社本社に刃物をもった男が侵入し、現行犯逮捕されました。逮捕されたのは高谷浩一郎容疑者。高谷容疑者は警察の調べに対し、刃物は△社近くのスーパーで購入した。才能を見抜けない編集者が憎かった、殺してやりたかったと供述しています」
              *
人々が高谷を見ていた。高谷浩一郎の名は全国に知れ渡った。
テレビに出た。雑誌にも新聞にも載った。
高谷浩一郎は有名になっていた。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み