第3話 私の理想のヒロイン

文字数 1,196文字

 日も暮れ辺りもすっかり暗くなった頃、文学部の部室には美紀が一人でいた。
 椅子に座り腕を組んだままじっとしている。その体はかすかに震えているようだった。
 月の光に照らされたその横顔は、ぞっとするほど美しい。
 美紀がニヤリとする。
「これよ、まさにこれよ!」
 そう言って、いきなり勢いよく立ち上がる。部室がある建物には誰もいないのか、辺りはシーンとしている。
「これこそが私の求めていた展開!」
 美紀が本棚に近づく。そこには古典から現代の作品まで、日本中、いや世界中のあらゆる文学作品がびっしりと並べられていた。そのすべてが恋愛に関する作品だ。
「私は古代から現代にいたるまでの、世界中のあらゆる恋愛に関する作品を読んできた」
 本棚から一冊の本を取り出しページをめくる。入学時から何度も繰り返し読んできた本だ。内容はすべて頭に入っている。
「時代によって、国によって、恋愛の形、ヒロインの形は実にさまざま。一人の男性を一途に愛し続けるヒロイン。三角関係、ドロドロした不倫関係、略奪愛、禁断の愛……その形はまさに無限」
 本棚から次々と本を取り出し、何かに取りつかれたようにすばやくページをめくっていく。
「そして、私はひとつの結論、ひとつの理想形にたどりついた」
 そう言って窓に近づき、そこから外を見る。
 月の光が美紀の美しい顔を照らし出す。
「複数人がからむごちゃごちゃした複雑な関係こそが、一番の理想の恋愛の形。そして、その中心にいる女性こそが、まさに理想のヒロイン」
 美紀がほほ笑み、光と清隆の席を見る。
「光と清隆は私のことが好き。きっといつか二人で私に告白することを考えていたはず」
 次に綾の机を見る。
「そこに綾ちゃんが現れた。おそらく清隆は綾ちゃんのことが気になって仕方がない。私と綾ちゃんのことを考えて心が落ち着かない状態でいるはず」
 美紀は口を開くたびに、三人の席を交互に見る。
「しかし、綾ちゃんが気になっているのは清隆ではなく光。その光は、清隆から綾ちゃんが気になるという話を聞いて動揺している。だったら今すぐ私に告白しよう、なんてことも考えて悩んでいるはず」
 美紀が再びニヤリとする。
「そして、綾ちゃんは光が気になるだけでなく、なんと同じ女性の私のことが好きになったようだ。まさに禁断の愛!」
 そう言って、勢いよく窓を開ける。その瞬間、一陣の風が部室に入ってくる。その風を正面から受けながら、美紀が満足そうにうなずく。
「なんて複雑な関係。かわいそうに、三人は今悩み苦しんでいる。そして、その中心にいるのは私!」
 そう口にして、夜空の月を見上げる。
「これこそが、私が思い描いていた理想の形。私は、ついに私の理想のヒロインになったのよ」
 美紀が静かに窓を閉める。
「さ、明日からが楽しみだわ。もっと複雑になってもいいのよ。みんな、よろしくね」
 そう言って満面の笑みを浮かべたまま部室を出ていった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

美紀(みき)

文学部3年生

光(ひかる)

文学部3年生

清隆(きよたか)

文学部3年生

綾(あや)

文学部1年生

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み