第1話 来客

文字数 603文字

 これは相談帖である。
 数多の人々の夢の内、時折現れるという、とある部屋。
 そこは『相談室』と呼ばれている。
 部屋の主は一匹の……さあ、あなたはこの相談帖を読んで、何を感じ、何を思う?

***

 カランカラン、とベルが鳴った。

 刻は夕暮れ。
 古い真鍮製のドアベルが、くすんだ金色に茜の光を帯びる頃。

 影のコントラストが強みを増す窓際、英国式の布張りサロンチェアに『彼』はいた。

 深い濃緑が美しい別珍生地の真ん中にちょこんと腰かけて、小さな膝の上に紙束の帖面を広げている。
 彼の赤茶色した大きな耳は、来客の知らせにぴんっと上に立っていた。

「おや、お客さんかな」

 ゆったりした動作で彼が振り向く。
 その独特なシルエットが、赤い光と影によりはっきりと映し出された。

 三角型の大きな耳に、少々長めの黒い鼻。
 つぶらな瞳は濡れた黒瑪瑙(オニキス)のように煌めいて。

 小さな身体なのに、一目で部屋の主だと分かる不思議な威厳は、恐らく彼が着ている衣装も一役買っているのだろう。

「さあ、君の悩みを話すといい。案ずることはない、全て僕が解決して差し上げよう」

 口元にパイプ型の白い塊を咥えて、彼は来訪者にそう告げた。
 ツイードの鹿撃ち帽にダークブラウンのスーツ、トレンチコートという姿は、きっと誰もが知るもので。

 名高い推理小説の主人公を彷彿とさせる衣装を纏った彼―――コーギー室長は、穏やかな笑顔で本日の『相談者』を出迎えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み