第1話

文字数 1,350文字

 ひょいと知っている建具屋があったので寄ってみた。
 事務所に行くと七〇前のババア(社長夫人)が図面を大量に拡げていたので。
「えらく景気良さそうだな」
 と言うと。
「何がね! 材料屋も暇で暇で閑古鳥が鳴いているって言うじゃない」
 跡取りはいるのかと聞くと、いないらしい。じゃあ、従業員にでも継がせるのか? と聞くと、これといった有能な社員も五八だからと言う。何せ、若い子は続かない。職人なんてなりたがらない。…… らしい。
 その後、建具屋のババアは最近の体調について切々と語り始めた。(女はちょいとした拍子に自分について語りたがる)
 昨年の夏に交通事故で後ろから追突され、未だに病院に通っているらしい。おまけに後遺症で腰や肩、腕が痺れ厄介らしい。
 でも後ろから追突されたら相手が一〇〇パーセント悪いから、補償だって出るだろ? と聞くと数日前、保険会社から補償を打ち切られ、最近は自費で通っているらしい。
 はら? 示談したのか? と聞くと、した覚えはないらしい。よくは分からないが、一度、弁護士に相談してみたらと言った。
 それからは、大体、素人がプロの保険屋と渡り合おうって方が間違っている。保険屋なんて、どうして金を払わずに済まそうかと日々考えていると教えてやった。(外資系が増えて掌を返すように払いはよくなったが)
 この国は司法最強である。
 政治家だって「法に遵守し、何も問題はないわ! 」と突っぱねて「はい、そうですか」と引き下がるしかない国である。資本主義、民主主義を謳ってはいるが、早い話、法至上国家の不思議な島国である。最後は法でしか解決出来ない。只、勝手に決めているだけなので、それに左右されない国に逃げれば逃げ切れる。最近、実際あったが。
(戦争で神道国家が否定され、それまでの神であった天皇が人間に格下げされ、アメリカに占領されGHQによって憲法が作られ、名目上は独立国なのだが横田空域は米軍以外の日本の飛行機は飛べない。アイデンティティを無くした国は、法を最後の拠所とするが、時にそれは悪意の隠れ蓑と化す。戦争反対、平和は良いのだが、辻褄の合わない全ては適当に葬られている。優秀らしき日本人は訳の分からぬ選民意識と平和ボケでいよいよ世界の孤島になっているようだ。ドイツの足の爪の垢でも呑めよ)…… これはババアの反感をかう恐れがあるので話してはいない。
 とにかく、納得いかないのだから、弁護士に駆け込めと助言。弁護士に個人情報もクソもない。あるのは情報開示の義務である。弁護士に警察も逆らえない。
 加害者は一九の青年で無職らしい。そんな事は全く関係はなく、要は弁護士は保険会社とやり取りするだけの話。勿論、訴状は一九の青年の元には行くが、只、行くだけである。
 示談さえしていなければ、事細かに弁護士が計算して「取り敢えず、五〇〇万で請求して、入ってくるのは二五〇万ですね」ってシンプルな結着。
 
 商売人のババアなので百姓のババアとは違い、歳と共に疑り深かったりシャンとはしているのだが、戦うとか事を荒立てるって事に躊躇するのは日本人共通。別に荒立てたり、面倒な作業じゃないんだがな。

 最後にババアは私に「いい事を教えてくれた」と感謝した。



 
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