お別れ

文字数 885文字

私は、女の子のぬいぐるみ。
背中から出ている紐を引っ張ると、オルゴールを奏でることができる。
古いけど、ファンシーなデザインがとてもかわいい。

ここはごみ捨て場だ。
今日は燃えるごみの日だからと、あの子のお母さんが私を捨てていった。
「マリも大きくなったし、お人形遊びをしなくなったから」「いらないものを捨てて、少しでも部屋のスペースを空けたいわ」というのが、その理由だ。

でも、お母さんは知らない。
しっかりして見えるあの子が、時々、私を抱きしめて泣いていることを。
「筆箱に、シャーペンがなかったの……」「上履きが……水浸しで……裸足で授業だったの……」
途切れとぎれだったけど、あの子が大変な目にあっている事がよくわかって、私は必死になぐさめた。
ぬいぐるみだから、抱かれていることしかできなかったけど、あの子には伝わっていたと思う。

10年前、私はあの子の誕生日プレゼントだった。
それからは、ずっと友達だった。
おままごとやごっこ遊びでは、私が必ず登場した。
公園に行くときは、自転車の前カゴが私の指定席だった。
夜も一緒に眠った。
あの子が学校に行くようになると、友達の話や、気になる子の話を聞かされた。

私の首が取れかけた時は、学校で習ったばかりのお裁縫で、必死に修理してくれた。
お母さんが私を洗おうとすると「オルゴールが壊れるから嫌」と、言い張っていた。
私は、色褪せて手垢がついてぼろぼろで、それが最高の誇りだった。
あの子にとって私は一番のぬいぐるみで、私にとって、あの子はたった1人の友達だった。

私がいなくなったら、あの子はどうするんだろう。
あの子の泣き顔が思い浮かぶ。
最近は、涙が私のお腹に染み込むくらい泣いていた。
私の代わりになぐさめてくれるお人形はいるだろうか。

「オーライ、オーライ!」

ゴミ収集車がやってきた。
ああ、これであの子ともお別れだ。
あの子は、かしこくて、強い。
私がいなくなっても、きっと乗り越えていけると信じている。

私の入ったビニール袋が、ゴミ収集車に放り込まれる。

何があっても、私はあの子を忘れない。忘れられない。
わたしの、たった、ひとりの、たいせつな……ともだち……



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