第1話

文字数 1,993文字

マットは、世界各地を放浪して様々な街や国で見聞きした面白い話を物語にしてまとめる、物語蒐集家だった。
各地の民話や伝承には興味深いものが多いが、マットが最も心惹かれるのは今まさに起きている事柄だった。
彼には、自分が立ち会った奇妙な出来事を後世に語り継ぎたいという野望があった。

マットはある日、空の青を映して流れる河に導かれるように、小さな王国に辿りついた。それは河の恵みをたっぷり受けた、風光明媚な国だった。
そこに住む人々は風景にも暮らしにも満足しているという風情だった。

その国の景色や雰囲気が気に入って、マットはそこにしばらく滞在することにした。窓の向こうに河が見える宿の一室で旅装を解き、ベッドに横になってマットは「こんな平和そうな国じゃ、特筆すべき出来事なんて起こらないだろうな」とひとりごちた。
しかし間もなく、彼のその予感が外れていたことが判明した。街中を散策していたマットは、建物の壁や塀に貼られた紙に目を留めた。
そこにはこう書かれていた。
「余の一人娘、ミモザ姫を笑わせた者は、褒美として姫と結婚する権利を与える。 テス王」
宿に戻って宿の主人にその貼り紙のことを話すと、主人は帳場の台の上に置いてあった同じ貼り紙をマットに見せて言った。
「ひと月くらい前だったか、テス王がこの国にお触れを出したんだよ。なんせ、ミモザ姫は美しいだろ、お城には毎日よその国からも男たちがやってきて、行列さ」
貼り紙にはミモザ姫の肖像画が描かれていて、姫はその名前の通り花の顔(かんばせ)の美女だった。
「年に4回お城の門が開放される時に見ましたがね、ミモザ姫は絵のように美しかったよ」
「でも、笑わないんですね」
「そうさね、何でも生まれてから一度も笑ったことがないらしいよ。姫は18歳になったし、王様は心配で仕方ないんだろうね」

翌日、マットはお城の方へ行ってみた。宿の主人が話した通り、そこには姫を笑わせるという野心を抱いた男たちの長い列ができていた。
どうやって姫を笑わせるつもりなのだろうと、マットは好奇心を持って男たちの列に加わって聞き耳を立てた。
歌で姫の心(ハート)をつかもうというのか、楽器を持っている者、奇術の道具を手にした者、役者風の者、中でも目立つのは、道化師の扮装をした者たちだった。
宮廷にお抱えの道化師がいてもてはやされていると知って、道化師が一番手っ取り早いと踏んだようだ。

すでに何人もの男が姫に謁見し、芸などを披露して笑わせようと試みたが、すべて玉砕したとの噂だった。数回挑戦した強者もいて、得意げに周囲の人に体験談を語っていた。
金糸で刺繍されたタペストリーやシャンデリアのある広間の玉座にテス王とミモザ姫が座し、周りには家来たちが恭しく控えている。中には、男たちのパントマイムや笑い話にプッと噴き出す者もいたが肝心の姫は氷のような美貌を崩すことなく、扇を一振りして「もうよい」と言い放つのだった。
「全く、無理難題だよ」と男は締めくくった。

一方、物語蒐集家としてのマットの興味はどんどん膨らんで、結局、挑戦者たちの列に紛れ込んだままミモザ姫の前に出ることになった。

「想像以上の美しさだ」
姫を目の当たりにしたマットは息をのんだ。
ルビーをちりばめた冠、光沢のある白いドレス、すべてが姫の美を引き立たせていた。
そこからの展開は、奇異なことに慣れているはずのマットにとっても意表をつくものだった。
彼が物語師と名乗ってよその国の不思議な話を開陳したところ、姫の表情が変わり、側近に何か耳打ちした。その側近がマットに近寄ると「こちらへ」と言って彼を奥の控えの間に案内した。
そこで待つこと小1時間、謁見を終えた姫が従者とともに現れ、告白した。実は笑い上戸なのだと。
マットが呆然としていると、姫が続けた。
「私は幼少の頃から、些細なことを面白がって、笑いだすと止まらないのです。父上や母上はそんな笑い上戸の私をはしたないと言い、人前で決して笑ってはならないと命じました。そして私は『笑わない姫』というイメージを確立していったのです。
が、私も18になり、そろそろ結婚相手を選ぶ年頃。私が望む相手の条件は、私を毎日笑わせてくれることです。父上は一計を案じ、『笑わない姫』というイメージを利用して結婚相手を募ることを思い立ったのです」
まだ話の展開に追いつかず黙っているマットに、姫はさらに言った。
「そこであなたにお願いがあります。『笑わない姫』のお話を世界に広めてほしいのです。その話に隠された秘密、『笑わない姫』の正体は笑い上戸だった。これこそ最高のコメディではないですか。あなたの好きなように脚色して結構です」
物語師としてのマットの心は疼いた。
美しい姫の花婿にということでないのは残念だが、姫の願いなら『笑わない姫』を後の世に伝えて見せよう。そう決意して、マットは「かしこまりました」と首を垂れた。

(了)

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