第1話 雨の中の小さな世界

文字数 1,537文字

 どうしよう。傘なんて持ってきてないよ。
 だって、天気予報では晴れだったもん。

 僕は窓の外を眺めながら、ため息をつく。

「いきなりの雨で困っちゃうねー」

 町田さんに話しかけられた。クラスメイトだけどあんまりしゃべったことない。
 というか、どのクラスメイトともそんなにしゃべってない。

「うん。天気予報で晴れって言ってたから持ってきてなくて」
「木村君、電車通学だったよね。駅まで一緒に行こうか? 私折りたたみ傘持ってきてるし」
「い、いや、大丈夫ですよ。職員室に貸し出し用の傘があるはずだから」

 僕はカバンを持って職員室に向かう。
 クラスの男子とすらまともに話せないんだ。女の子となんてなおさら無理だ。一緒に帰るなんてハードルが高すぎる。

「そっか。じゃあ、私も職員室に行こっと」
「あの……。町田さんは帰ってもいいんですよ」
「私はこの後暇だし。別にいいでしょ?」
「まあ、いいですけど……」

 自然に町田さんから離れるつもりが失敗してしまった。

「失礼します。貸し出し用の傘を借りに来ました」
「あー。ごめんな。全部貸し出しちゃったよ。なんせいきなりの雨だろ?」

 先生は申し訳なさそうに頭をかく。

「いえ。先生が悪いわけではありませんから。失礼しました」

 うーん。どうしよう。

「頼みの(つな)が切れちゃったね。やっぱり送ってあげようか?」
「いや。コンビニでビニール傘を買いますよ。迷惑かけられませんし」

 僕なんかと相合傘をして、町田さんに迷惑がかかったら申し訳ない。それに、町田さんと一緒なんてドキドキしてしまう。

「別に迷惑じゃないんだけどなー、それに、コンビニに行くまでに濡れちゃうよ」
「そうなんですけど……」
「はっきりしないなー。――もしかして、私のこと嫌いだった?」

 町田さんの声が細くなる。

「いや、そうじゃなくて! 僕と一緒に帰ったら変な誤解されて、町田さんに迷惑がかかるかなーって思って」
「なーんだ。そんなことだったんだ」

 町田さんの顔がぱっと明るくなる。

「私はそんなの気にしないってば―。さあ、帰ろう!」

 町田さんは折り畳み傘を開く。薄いピンクの可愛らしい傘だ。

「可愛い傘ですね」
「そうでしょー。お気に入りなんだー」

 町田さんと一緒に駅へ向かう。
 肩が少し濡れてるけど我慢しなきゃ。傘に入れてもらっているんだし。

「あ。木村君、肩濡れてるじゃん! もっと近くに寄りなよ!」
「僕は大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。風邪ひいちゃうよ」

 町田さんの肩が僕の肩にくっつく。
 心臓の音が町田さんに聞かれそうで恥ずかしい。

「木村君はさ、犬と猫どっちが好き?」
「猫です。家でも飼ってるので」

 跳ねる心臓を抑えるように言葉を吐き出す。

「そうなんだ! 私も猫のほうが好きなんだー。今度見に行ってもいい?」
「え? 僕の家にですか?」
「他にないでしょ。いきなりすぎ?」
「いえ。大丈夫ですよ」
「あと、木村君はどんなお菓子が好き?」
「洋菓子よりは和菓子が好きです。ようかんとか好きです」
「わかった。木村君の家に行くときに持っていくよ」
「そ、そんな気を遣わなくていいですよ」
「いやいや。お邪魔するのはこっちなんだし。お、そろそろ駅だね」

 いつの間にか駅まで来ていた。

「じゃあ、僕はこれで。傘ありがとうございました」
「いやいや。私は木村君と話せて楽しかったよー。雨に感謝しないとね」

 町田さんはにっと笑う。町田さんは優しくていい人だな。

「猫ちゃんを見に行くの楽しみだなー。じゃあ、また明日ねー」
「あ、はい。また明日」

 優しくて良い人だな。
 町田さんを見送りながら、そんなことを思う。

 不意に町田さんが振り返る。

「明日は晴れでも一緒に帰ろうねー!」

 町田さんが手を振りながら笑っている。
 僕の心に虹がかかったような気がした。
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