第1話

文字数 5,571文字

【青い鳥プロット大賞】応募作品
題名:満点屋


(起)
 主人公の旗屋タマキは自身の大学生活に悩んでいた。夢のキャンパスライフに憧れ大学生活をスタートさせたものの、そこで待ち受けていたのは「本当の自分では居られない、偽りの人間関係の中で過ごす大学生活」だった。この学校は女子大でお嬢様率が高く、中・高一貫校からそのままエスカレーターで大学に進学してくる割合が多い。こういったお嬢様が多い環境だからなのか、見栄やらステータスやらを気にする子も多く、誰とツルむか、どのグループに属しているか、見えない部分で誰もがポジション争いをしているのだ。「ステータスの高い人間とくっついていたい」、「クラスヒエラルキー上位の人達と一緒に居たい」などという「くだらない承認欲求」のためだけに、タマキ自身もいつの間にか「その流れ」に身を投じ、本当の自分とは違う誰かを演じ続けてしまっていた。自身の器用さからか、幸か不幸か、そんな環境でも上手く立ち回ってしまう自分も同時に存在していた。
 タマキ自身は外部入学組で、両親は母親しかいないため裕福ではない。学費も奨学金とバイトで賄っている。高価なものを身に纏い、更にはエスカレーター組が多いゆえに受験の苦労も知らず、講義を真面目に受ける学生も少ない。にもかかわらず、高額な学費も裕福な親が当たり前の様に払ってくれている友人達。全てを自分と比べ、全てが自分と正反対の状況と環境が、タマキの心のストレスを限界に近付けていた。


(承)
 しかし、そんな見えないストレスに蝕まれ続け、ついにはタマキの精神は限界を迎えてしまう。そんな時、たまたま開いたパソコンの受信メールを読んでいた際、「こんなに多くのアドレスが世の中には存在しているのに、よく同じアドレスで被ったりしないなぁ」と何気ない疑問を浮かべる。そこで、「適当にメールアドレスを打ってメールを送ったら、誰かに届くかもしれない」という考えが閃いた。すると、「今感じているあらゆる自分の悩み」を無意識の内にメールに書き綴っており、誰に届くかもわからない相手に「どうか助けて欲しい・・。心が苦しくて堪らない・・・」という旨のメッセージを作成し、いつの間にか送ってしまっていた。始めは「適当に打ったメールアドレスに届くはずがない」と、すぐにエラーメールの返信が返ってくるはずだと考えていたのだが、中々返信が返ってこない・・・。
 次の日目を覚まし、気になってメールを確認すると、なんと見ず知らずの相手から返信が返ってきていたのだ。その返信主は「満点屋」という謎の店からだった。満点屋は、〈依頼主の人生の満点を目指す事を目的とする、悩み事の受付代行〉を行っているらしく、メール内容には「お客様の悩みを預かり、発送する」という旨が書かれていた。始めはタマキも気味が悪く、たまたまメールが届いてしまった相手からの「ただのイタズラだろう」と思っていたのだが、そのメールを境に、これまでの自分の精神状態や考え方がストレスの無い良い状態へ変化していく事に気付いていく。本人は気付いていないが、なぜなら満点屋がタマキの悩みを預かるというのは、「タマキから悩みを取り除く」という事だったのだ。


(転)
 これを機に、タマキの大学生活は楽しいものに変化していった。これまで抱えていたイライラやストレスは嘘のように無くなり、〈見栄やレッテル〉を装うために心の中ではいつも嫌々ツルんでいたグループの友人達とも分け隔てなく話せるようになっていた。更には、これまで学校外では出来るだけ関わりを持たないようにしていたはずが、一緒に遊びに行く間柄までにも変化していったのだ。しかし徐々にタマキ以外の友人達(カナとアミ)に悪い変化が起こり始める。
 「こんな上辺ばかりの人間関係・友情ごっこには何の意味もない!いつも本性は隠して上辺だけを取り繕う!周りから自分がどう見られるかだけを気にしてツルんでいるだけ!アンタ達にもうはうんざり!」と、普段の性格からは考えられない感情の爆発を見せるカナ。両親の事業が急遽悪化し、大学を辞めることになるかもしれなくなってしまったアミ。その一方で母の再婚が決まり、これまで奨学金とバイトで賄っていた学費を、母の再婚相手のマサヒロさんが払ってくれるという幸運がタマキには舞い込んでいた。
 この自分を取り巻く環境と状況の激動の変化に改めて違和感を感じ始めたタマキ。「何かキッカケがあったか・・・」と記憶を遡ると、「満点屋からのメール」に行き着く。同時に、「お客様の悩みを預かり、発送する」という文言を思い出し、その意味を改めて理解する。それは、「タマキ自身が抱えていた悩みを発送する(タマキからは取り除かれる)代わりに、その悩みを誰かに向けて発送する(その対象がタマキの悩みを引き受けてしまう)」という仮説に辿り着いたのだ。
 「自分のせいでカナやアミに何かが起こっているのかもしれない」と考えたタマキは、送られてきたメールの下部に記載されていた満点屋の住所に向かう。
 半信半疑ながらも、本当に満点屋が存在しているかもわからない住所に辿り着いてみると、そこには怪しげな大きな洋館が建っていた。勇気を振り絞り、ドアをノックすると執事が現れ、「どちら様ですか?」という質問に「旗屋タマキと言います・・・」と返と、すんなりと中に案内される。そして連れてこられた先は、この館の主である老人の部屋だった。
 タマキは、「ここが満点屋で間違いないかという確認」、「ふとした思い付きでメールアドレスを適当に作り、メールを送ってしまった事」、「現状の友人に起こっている出来事の説明」、そして「現状を精査した上でのタマキの推測」を老人に伝えた。
すると老人は、「我々は通常お客様から悩みを伺い、それをお預かりし、発送する。大きくまとめると今回のアナタの悩みは2つだった。1つは上辺だけの人間関係への嫌気。そしてもう1つは、自分と周りを比べての劣等感や妬み。その2つの悩みを今回は預かり、発送した。本来あった悩みそのものを無かった事にしたからには、その悩みは消えることなく、誰かに引き継がれる事になる」と老人は言う。やはり自分の推測通りだったという衝撃と、それが事実なら何とかしてもらわなければならないという気持ちから、タマキも老人に食い下がる。
 しかし老人は、「それは出来ない。一体何が問題なのか?アナタの悩みの大元は取り除かれ、発送され、それらの悩みはアナタの中から無くなったはずだ。それに悩みが取り除かれた以上、その悩みに伴い存在していたあらゆる記憶も形を変えその内消えていく。実際、最近では当初の悩みを持っていた状態のアナタとは違う発言や行動をしていたはず。〈元々そんな悩みは自分の中には無かった〉、そんな状態になれているのだから。これの何が問題なのか?何より、そんな苦しい悩みからの解放を心から望んでいたのはアナタ自身のはずだ」
と、続けて言う。
 確かにその通りであり、タマキは自分自身のそんな悩みに押しつぶされそうな毎日が嫌で嫌で堪らなかった。友人達が大嫌いで堪らなかった。こんな毎日が一体いつまで続くのだろうと思い悩み続けていた。しかし、そうする事で誰かが、自分のせいで苦しむ人が生まれてしまうのなら「それは違う。あってはならない」というタマキの心は揺らがない。
 同時に、「自分自身の悩みは自分だけの物であり、他人に背負わせてはいいものではない事」、そして何より「悩みは誰かに押し付けて消してしまうのではなく、ありのままの苦しんでいる自分自身を誰かに知って欲しい・理解して欲しい」という感情が自分自身の本心にある事にタマキは気付く。逆に、「周りの人間が何かに悩んでいるのなら、タマキ自身もそれを知って、理解して、寄り添ってあげたい」という想いも同時に自分の中に存在することを知ったのだ。
 タマキの熱意に押され、老人はやむなく「タマキの悩みの〈返却手続き〉」を行う事を承諾する。しかし、それには手続きの代償として、「タマキの悩みを受け取った人間が持つ〈一番大きな悩み〉を1つずつタマキが引き受けなくてはならない」というルールが存在した。タマキが元々持っていた今までの悩みに加え、カナとアミが持つ一番大きな悩みを1つずつ更に引き受ける事になるのだ。それでもタマキの覚悟は変わらない。
 


(結)
 次の日、朝目覚めると最近は縁のなかった胸の痛みと苦しみの感覚がタマキの胸の辺りに蘇って来たことに気付く。
〈自分の悩みは自分自身で解決して、一歩一歩進んで行かなくてはいけない〉
生きているとこんな言葉を耳にすることもあるが、「誰かを頼り・自分を知ってもらい・理解してもらい・寄り添ってもらう」、そんな事だってきっと出来るはずだという新しい考え方を得られたこと。そして何より、「そんな事は出来ない」と無意識に否定し、そうしようとすらして来なかったのは自分自身なだけだった事にタマキは気付き、それを理解する。
〈悩みは誰のものでもなく自分自身のもの。でも、その悩みを、自分の弱さを見せて、相手に自分を知ってもらう。これからはそうやって生きていきたい〉
そんな覚悟を胸にしてタマキの新たな日常が始まる。


 と、ここで物語は終わりかに見せかけるが、実は老人の計らいで、タマキ自身は知らないが「今回のタマキの返却手続きの代償を軽くしていたこと」、そして「タマキの悩みの発送先も、老人が意図的にタマキの身近な人物であるカナとアミに割り当てていた」という事実が判明する。
 本来〈返却手続き〉を行った際、その代償として発生するのは、「引き受けなければならない悩みの数は、悩みを引き受けてしまった人間(悩みを発送された人間)1人につき3つ(今回の場合、カナ×3・アミ×3の合計6つの悩みをタマキは引き受けなければならなかった)」という事。そして、「通常、悩みの発送先はどこの誰に届くか分からないランダムになっている」というルールがあったのだ。
 しかし実はこの老人、タマキ自身は気付いていないが、ある時老人が公園を散歩していた際、若者のヤンキー集団が老人とぶつかり転んでしまいそうになった事があったのだ。その時、たまたま近くに居合わせたタマキが老人を支え、怪我をせずに済んだという出来事があったのだった。それに対する借りを返す形として、今回は例外の措置を取っていたのだった。

 また、悩みの発送先をタマキの身近な人物に割り当てた意図としてはこうだった。
*以下、老人のセリフとして表現する。
「彼女(タマキ)が引き受けた友人2人の悩み。これらは元々彼女自身が抱えていた悩みと本質は全く同じものだった。
 まずカナという友人。彼女はタマキさんと同じ外部入学組で、大学生活に溶け込む事と友人グループから孤立しない事、これらに必死になってしまっていた。高校時代は中々周囲と馴染めず、ずっと孤立してしまっていたことがかなり堪えていたのだろう。そして大学に入ってからは高校時代の二の舞にはなるまいと、いつの間にか本当の自分とは違う自分を演じてしまっていた。
最終的には本来の自分とは違う自分を演じ続ける事へのストレス、そしていつの間にか〈周囲の人間も自分に対して偽りの演技をしているのではないか〉という考えに憑りつかれてしまっていた。周りの人間はみんな本心を隠して、偽りの演技をしている。〈こんな薄っぺらい人間関係に何の意味もない・・・!〉と。
 そしてアミという友人。彼女は一見お金持ちのお嬢様の様に振舞っている様だが、それは真実ではない。確かに数年前までは結構なお金持ちだった様だが、ここ数年でご両親の事業が一気に傾いてしまった様だ。彼女の学費もご両親が娘のために必死に稼いだお金と、彼女自身が人知れずこっそり稼いでいるお金で賄っている。まぁ・・それも自分の体を売ったりして得ているお金であって、決して褒められるものではないが・・・。身に付けている高そうなブランド品も、そういった所から貢いでもらっていたり、そこから得ているお金で賄っている様だ。しかしそれは彼女の本意ではない。自分で「こんな事はしたくない・・・」分かってはいても、これまでの〈自分はお嬢様〉というレッテルが剥がれて、それを周りに知られてしまう事に大きな恐怖心があるのだろう。
 そんな「過去の裕福な自分」と比べての「現在の裕福ではない自分」。そして、「毎日裕福な子達に囲まれ、そんな子達と比べてしまっている今の自分」。そんな中で随分と〈劣等感や妬み〉の感情にやられ、大分精神的にも参ってしまっていた様だ。
 とまぁ、そんな訳だ。彼女が引き受けた悩みを彼女達3人が共有し始めるのも時間の問題だろう。悩みは一人で自分の中にだけ留めておくことも出来るが、一方で誰かを頼り、知ってもらい、皆でその苦しみや辛さを理解し、寄り添い合うことも出来る。そこから互いをより深く知っていく事も。まぁ、これからどういう選択をしていくかは勿論彼女たち次第だが」


 こういった老人の意図があっての采配だったのだ。本質的には同じ悩みを抱えている彼女達3人をぶつけ、「そんな悩みは何も恥じる事ではない」、「人と自分を比べる必要もない」、「そういった恐怖心は誰もが持っていて、それを良い物として捉えるか、悪い物として捉えるかは自分次第」、「その感情を自分だけの中に押し込めておくか、打ち明けて自分という人間を理解してもらおうとするのかも自分次第」、こういった間接的なメッセージを「タマキへのお礼」として送っていたのだった。この出来事がタマキ自身の成長と、貴重な学生生活という限られた時間を有意義なものに’’彼女なら出来る’’と信じて。


終わり。
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