第1話

文字数 1,050文字

 藪(やぶ)をつつけば蛇が出るって言葉を知っているかい?

 僕、その蛇なんだけどさ。

 いつも、いつも驚かせてくる人間に一矢報いたいの。
 やたらめったら好き勝手ガサガサと僕の寝床をつつきまわしといてさ?

 『ヘビー!!』

 だなんて叫んで走って逃げられる僕の気持ちわかる?
 気持ちよく眠っていたのにたたき起こされた被害蛇のはずだよ。こちとら。
 悪いのは寝床を襲撃してきた人間の方じゃないか。

 僕、なんにも悪くないよね?
 だけど人間は悪者みたいに言う。
 じゃあ、僕は本当に悪者になろうと思ったんだ。

 でも、蛇にできることってそう多くはなくて。
 僕の武器はこの歯としなやかに巻き付く力だけ。
 体の大きすぎる人間に対して使える武器が心許ない。

 だから僕は風に聞いたの。
 「どうすれば人間を傷つけられますか?」
 僕の耳を吹き抜けながら、
 『その牙で毒を盛ればいい』
 風は言う。
 『吹けば飛びそうなほど細い体。どうせできっこないけどな』
 と言葉を残してどこかに消えた。

 僕は悔しくて、悔しくて。
 小さい頃に絶対に食べちゃダメだと言われていた毒草を食んだ。
 この牙に塗りつけて人間をがぶりとやるんだ!

 気合いを入れた拍子にうっかり毒草を飲み込んでしまった。

 体の真ん中辺りが腫れて体のフォルムが崩れ、2つあった武器が1つに減った。強くなるどころか弱くなった。
 僕の目からポタリと滴が垂れる。

 落ち込んでいる僕のすぐそばでガサリガサリと藪をつつく音がする。

 いっそもう、やぶれかぶれになって飛び出した。
 僕はできる限り大きく口を開いて、噛みつく意思を見せた。

 そう、僕が攻撃するから人間は逃げるんだ。
 そう納得できたら、姿を見せるだけで否定される自分を肯定できる気がした。

 『ママー!変なのがいるー』
 藪をつついていたのは小さな女の子だった。
 僕の大きく開いた口がその子の腕に触れそうになった瞬間。
 僕は精一杯尻尾を動かして軌道を変え、口を閉じた。
 幸い、女の子の腕に僕の牙がささることはなかった。

 逃げていくと思っていたから、僕は困惑した。

 『ママー!この子飼って良い?』
 僕の姿を見て、女の子は手を差しのべる。
 胴が腫れてるせいで、うまく動けない僕を、小さな手が抱き寄せた。

 『私知ってるよ、お前ツチノコって言うんだよ』
 僕の背を撫でて女の子が言った。

 がぶりとやれなかった悔しさと、
 胸の底から湧いてくるような心地よさに涙があふれる。

 『いい子、いい子』
 頭を撫でられた僕はその手が欲しかったのだと気付いてしまった。
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