第1話

文字数 1,451文字

「面接官がマジイケメンだった! 左手に指輪してたけど、新卒の女子にこうやって……されたら断りきれなくない? 男だったら絶対みんなそうなると思うんだよね!」
 って言ってたのは小林。イケメン面接官改め外面最高内面DV野郎な外科部長を見事に当時の奥さんから奪って、今は毎日殴られたり蹴られたりして生活してるらしい。SNSの愚痴垢しか見てないから詳しいことは知らないけど。

「開業医は二代目からって言うじゃん? 先輩が歓迎会ついでに二代目ばっかり集めた合コンしてくれるらしくて超楽しみ! え、病院はお見合い会場じゃない? 関係ないし〜。半年以内には寿退社するんだぁ」
 化粧を直しながら笑ってたのは奈帆。合コンにて父親が都内で開業医をしており、後継の座が約束されている男性と出会って半年で結婚、寿退社。しかし認知症を患っている義母の世話を全面的に押し付けられ、家から一歩も出ることができないでいると噂で聞いた。

「医療ミスは2回まで許されるって聞いたし。それぐらいのゆるい気持ちでいろってことっしょ。最悪メンタルやばいって退職すれば誰にも責められないって、だって患者様最優先だろ? メンタル病んだら俺が患者! 俺最優先!」
 煙草を吸い付けながら大見得を切っていた鎌田はサポートで入ったオペ室で見事に特大のミスを犯し、患者を植物状態にした。心に傷が残ったと言って逃げようとしたものの、現在も患者の家族と裁判で争っている。近いうちに負ける。

 全部去年の話だ。
 一年前。新卒の俺たちの心は夢と希望に溢れていたはずなのに。

「俺は何もしてない」
 そうだ。俺は何もしてない。不倫して他所の家庭を破壊していない。勤務先の病院をお見合い会場扱いして、ろくに仕事もせずに退職したりしてない。もちろん医療ミスだって犯してない。真面目に働いていた。研修医として、誰よりも、真面目に。
「俺は何もしてない」
 たった一年しか経っていないのに、俺の周りにはもう誰もいない。どいつもこいつも不真面目だったからあんなことになったんだ。俺は違う。俺はあいつらとは違う。だから。
「俺は何も……」
「好みのタイプの女性患者に必要以上の睡眠導入剤を飲ませて体を触るのは、キミの中ではどの程度の悪事になるのかなぁ?」
 知らなかったんだ。あの女性患者の後ろに怖い人たちがいるなんて。だってみんなやってるって言ってたんだ。先輩たちが。これぐらい役得だって。どうせ眠ってるんだから気付かないって。
 だから、俺は。
「20代半ば、そこそこ健康体、あ、でも煙草吸ってるのか。うーん。ま、でも全体的には健康体ってことで」
「全部まとめて幾らで売れる? 相場より安くなっちまうか」
「慰謝料には少し足りないかもしれないなぁ……はあ、交渉すんの面倒」
 口にガムテープを貼られ、足枷と手錠でもうまったく身動きが取れない俺に目隠しをしながら、スーツの男が薄っすら笑った。そして言った。
「俺ね、一年前、あのカフェにいたよ」
 一年前。新年度を迎えたらもうなかなか皆で会うことはできないだろうからと、大学近くのカフェに小林と、奈帆と、鎌田と、俺で。
「きみ言ってたよね、好みのタイプの女性患者口説いて結婚するって。金持ちの女が入院してくるの期待してるって。いやー。とんでもないこという子がいるなぁって思いながら聞いてたんだけど」
 知らない。覚えてない。俺はそんなこと言ってない。
 何も覚えてない。
「一年ってあっという間だねぇ」
 一年前、新卒の俺たちの心は夢と希望に溢れていたはずなのに。

 おしまい
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