文字数 442文字

 はじめに愛を知ったのはわたしが小学校に上がる前だった。家の裏の物置の影に逃げ泣いていたわたしの頭を撫でたのだ。なに? と言うと声を出さずに何事かを言っていた。その手は震えもなくわたしの涙が次々落ちるほうが早かった。

 二度目に愛と触れたのはわたしが進学に悩むころだった。父には言えず、母には打ち明けられないことだった。赤い校門を出ると目が合った。わたしがうつむくと背に手のひらが当てられた。隣にいるのだと思うとなおさら顔を上げられなかった。玄関まで空も見えなかったが、わたしはそれでよかった。

 もう一度愛に出会えたのは結婚を決めた日だった。信号が切り替わるのを待つわたしの向こう側にいた。信号が変わったら、歩きだしたら、すれ違ったら、渡りきったら、振り返ったら、わたしは期待していた。向こう側で立ち尽くすわたしはビルの隙間を見ていた。

 最後に愛を知るのはこのコール音を止めたあとだろう。鳴り続けるうちは知らないままでいられる。表示された名前がわたしを責めていた。

終わり
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